*業務委託 その1
冬場になると、お役所からの依頼が特に多い。
古い機械を使い続けている為だろう。節約、節約、とお達しが出されているのが透けて見える。しかし、こうして修理を繰り返す方が、高く付くのではないか。そう首を傾げていた。
都心の会社から高速に乗り、マンション郡の立ち並ぶベッドタウンに到着する。その自治体で、我々はやはり、端末の画面と向き合う。
案内されると、物理モニターが付いた古典的コンピューターがあった。子どもの頃、祖父の家で見たののが最後だった私は、久々に興奮した。
「これ、もしかしてテレビとか見れます?」
「まさか、見れませんよ。」
そんな世間話を私が始めると、先輩はろくに挨拶もせず、デスクの床下を覗いた。お茶をご用意しますね、と職員さんが離れようとすると、先輩はすぐに顔を上げ、『直りました。』と呼び止めるのだった。
職員の方の、きょとんとした顔。それに釣られて、私も相当間抜けな顔をしていたのだろう。先輩は鼻で笑いながら、『どうします? 帰ります?』と聞いてきた。私はムキになり答えた。
「お茶を頂きましょう。それと、他に何かお困りがあったら、一緒にどうぞ!」
職員さんは戸惑いながら、上司に指示を仰ぐと、地下へお願いできますかと私たちに尋ねてきた。
そう、地下と言えば、ウルトラコンピューターが眠っている場所。
お役所は、ビッグデータの宝庫である。街中に設置された受信機を通じて、市民の行動データは全て、常にウルコンに格納されていた。公共交通機関や、利用した店舗。また健康状態、趣味嗜好、どんな人と人が出会ったか、までもだ。それらデータは、肉体的、精神的、社会的な健康度合いを維持するため、はたまた地域貢献度への役立てと、詳細な評価がAIの中で処理されている。地域一帯の隆盛の、鍵となるデータが、日がな送信されてきている。
これらビッグデータの処理は、近年、ウルコンと呼ばれる巨大な脳にしまわれていた。
「はー、これがウルコン」
かつてのスパコンからは想像できない、はるかに小さなコンピューターである。自治体に必ず一機は鎮座し、地下深くに匿われている。先輩は違うようだが、私は見るのは初めてだった。
それはまさしく、『人』のカタチをしている。
ウルコンとは、過去のスーパーコンピューター、通称スパコンと呼ばれる超高速処理が可能なコンピューターの後継機を指す。かつてスパコンは専門の企業が開発を進めていたが、その開発自体を、スパコンに乗ったAIが担当したのだ。
人間は、もはや指示を待つ側であった。そうして、指示のままに完成したウルコンこそが、この『人』のカタチのウルコンである。スパコンから産まれたスパコン、スーパーを超えたウルトラ。
「えと、定期点検すれば良い?」
先輩はそんな私の感慨など知る由もなく、スタスタとウルコンに近づいていく。
ウルコンはゆったりとした衣服のようなものをまとい、その姿は好青年と言った姿だ。大きな椅子に座っている。と、どうやらそちらの椅子こそが本体のように見えた。指先は静かに光っており、人間の脈が打つように、その大きな椅子自体が青白い筋が走って、明滅している。
ウルコンはにこやかに、先輩を笑顔で迎えていた。
喋る機能はないのだろう。確かに必要ないものな。などと思っている私。先輩は手を差し出すと、ウルコンも手を差し出した。握手をしている。その内、ウルコンからほとばしる青白い光は、先輩の身体にも流れ込むように明滅していた。
先輩はふむと頷くと、ぶつぶつと何かを呟く。これほど、ぶつくさ呟く様子が様になる男もいないだろう。
「確かに、これは厄介だ。」
そして、ウルコンにお辞儀をすると、握手を終える。ウルコンは再び大きな椅子に鎮座して、静かに目を閉じ、光に包まれていた。
「どうでしょうか?」
職員さんが先輩に尋ねる。
「簡単なことです。代替の時期です。」
先輩は当たり前のように答えた。職員さんは歓声をあげ、
「私、初めてです!」
と、声をあげた。
さきほどスパコンの指示から始まったと説明した通り、ウルコンの代替は、ウルコン自身からの指示によって為されるのだ。そこに立ち会うことは、よっぽど珍しいこととまでは言わないものの、なかなか貴重な体験だと言われている。
ヒトのカタチ 一塚 保 @itituka_tamotu
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