ヒトのカタチ
一塚 保
*通常業務
新型AIの対話画面に、異常が見られたそうだ。
業務上禁止とされている選択肢が、許可されるようになっているらしい。
「おい君、正規取り扱いを厳守と言っているだろう。なぜ、この操作を許可したんだ。」
その会社の部長が、さも当たり前のように当該の操作を行った若い男性――契約社員を問責している。耳をつんざく、なのにねっとりとした声が、他人事ながら不快だった。出向先で、こういった場に居合わすほど嫌なことはない。そもそも、業務上禁止の項目が、選択肢に存在しているのがおかしいのではないだろうか。
私は先輩に席を外すと告げると、缶コーヒーを二つ買って、勝手に休憩室でプルタブを開けた。
更新プログラムを考える先輩を置いて、温かい冬の日差しで日向ぼっこをする。彼はこの後、会社をクビになるのだろうか。なんの保証もないままに。一体いま、どんな気持ちでいるのだろうな。
民間の事務補助AIの、内部業務向けインターフェースのプログラム構築を請け負う会社で、私は事務員として勤務している。新型では、予期せぬ状況に対応できるよう、素人から言えば賢いAIが搭載されているものの、だからこそ予期せぬバグが頻繁に発生する。その対応の日取りを管理し、伝えながら、社員にお茶を汲んだり資料を整理したり、掃除したり、小間使いのようなことをするのが私の仕事だ。
拘束時間は短く、わりと自由になる時間で、流行りの小説や映画を見ながら、ちょっと美味しい物を食べて暮らせばそれで十分だと思っている程度の小心者だ。来年で契約が切れるのに、何ら準備をしないまま日々を過ごしている。
「ダメだ。また明日来よう。」
先輩の声で、私は起きた。寝落ちていたらしい。だらしない涎を拭いて、慌てて先輩の背中を追いかける。
先輩と私は、あまり無駄話をしない。休憩室で寝ていた私を見ても、特に何も言わなかった。そして、帰りの車内でも無言で助手席に座った。
システムエンジニア、と言う仕事も2050年代から大分様変わりし、最近は自動的に内部で再調整されるようになっているそうだ。基本的な操作を指定すれば、AIが日常操作から学習し、自動的に最適化していくらしい。
無論、それは実際の業務に携わる人間の側に、ミスや思い違いが頻発しても、学習されていく。そんな折、本来のシステムエンジニアである先輩のような人が出向き、一度AIを凍結させた状態で、ログと、その中身の改正にあたるのである。
「あ、先輩これ忘れてた。飲みます?」
私は、すっかりぬるくなった缶コーヒーを一つ差し出す。先輩は目線で受け取ると、車のドリンクホルダーを目で示した。視線はその二度だけ動き、それ以外はずっと手元のノートパソコンに注がれていた。
「さっきの会社も、よくあんな古い機械を使っていますよね。」
クビになる彼に、どこか肩をもちたかった私は、思わずそんなところにケチをつけていた。先輩は表情を変えることなく。しかし珍しくノートパソコンから視線を外し、私をちらりと見た。その様子から、何か言葉を探すようにして、空を見上げてこう言った。
「全部思い通りになる。そんな幻想を抱いているんだろう。」
それだけ言うと、ノートパソコンに意識を戻す。私はその言葉だけを受けて、納得するしかない。なにせこの人は補足などしないのだから。自分の会社へと、安全に車を走らせるのみだ。
たまに喋ると大抵こんな内容で、解釈を付け加えられることはない。私が独自で解釈するのを待っているのか、それとも伝える気がないのか。はたまたそのどちらでもないのか。……それ自体、教えられたことは無い。静かに反芻しながら、いずれ自分で解釈をする。或いは大抵の場合、忘れてしまう。
翌日、再び件の会社へと向かうと、不思議なことにプログラムの修正が完了していた、との話を受けた。先輩は軽く確認だけして、確かに解決されていることを確認すると、不承不承、仕事の完了を受けた。
「業務が完了したと、認めざるを得ない。」
帰社の途中、先輩が始めて自分から口を開いた。
「そこ、止まって。」
そこは教会の前だった。
「あら、先輩って信仰持ってたんですね。」
私の問いに答えることもなく、スタスタと入っていく。この様子だと、すぐに終わるのだろうと思っていたら、案の定、像の前で3秒も見上げたら、首を横に振って車へ戻ってきた。
「先輩、何をしてきたんですか?」
「……神に記述を求めたんだ。」
ぽつりともらして、先輩はまた自分の端末に意識を落とした。
帰り道、先輩は様々な端末を作っては戻し、プログラムを組み、会話を続けた。傍らには、確かに信仰徒である証を持っていた。
「……神に作られた僕達も、同じようなものなんだ。」
そう言いながら、端末に向かっていた。
業務報告を済ませばAIの自動処理が進む。
私は全く触らずに、彼らは今回の業務の契約締結と請求を終えた。
「この子は、操作をしない方が正しいことをするのに。なんで、わざわざ、私たちが決定を押さなくてはいけないのかしら。」
完了のボタンを押して、上司に報告する。
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