ブルース・リー再生計画

@prisoner

ブルース・リー再生計画

 え、あなた、コンテストに応募してるんですか。

 もちろん似てますよ。似ているけれど、このあたりいる人たち全員似ているでしょう。誰も彼もおかっぱ頭にして上半身裸かトラックスーツ着ているかとしていて、あたしたちから見ると、東洋人の顔はただでさえ見分けにくいから、みんな似たりよったりに見えるし。みんなヌンチャク持ってるしで。

 なんですね、プレスリーのそっくりさん大会っていうのもアメリカで毎年やってるんだそうで。

 そんなおっかない顔しないで下さいよ。そっくりさんとか物まねをやっているのではない、と。

 ただ似せているという段ではない、俺は違うと。そうですか。

 みんなそう言うんだと言いたいんだろうって? そんなこと言いませんよ。ほんとほんと。あなたは特別。はい、特別です。

 でも、似せるというのだったら、いっそ全部思い切って作り物にした方がよくありませんか。それぞれ結局は違う人なんだから。何、それが間違っていると。

 よくわからないけれど、このコンテスト、別に生きている人間でなくてもいいわけでしょう。

 とにかくリーさんをどれだけ再現できるかを競うってことで、手段は問わない、というか新しい手段とかコンセプトとかを見せてほしいってことだそうですね。CGであろうが、ロボットであろうが構わないはずで。ずいぶん色々な方法で競っていますよね。

 何、ロボットではない、アンドロイドですって。レプリカントと言うんじゃありませんでしたっけ。

 レプリカントは合成人間だからまた別だ、と。え、あれは映画の中だけの言い方ですって。よくわからないな。あたしは別にオタクでもマニアでもありませんから。こうして人が集まってくるからそれを目当てに店を出しにくるだけで。

 それは、集まってくる人が何が好きかくらいは、いくらか知っていないといけませんよ。知らないと文字通り話になりませんから。いわゆる世間話なんて、このあたりでは全然できませんからね。

 どんな話だったらできるって? 

 ああ、聞いたことはありますね。彼が亡くなってしばらくの間、ブルース・リ、とかブルース・ライ、とかドラゴン・リーとかいったパチモンがずいぶん現れて主演映画が作られたんだそうで。それくらいのパチモンだったら可愛げあるんですけどね。ニセモノとかパチモンとか海賊版を何億っていう単位で作って売りさばくとなると、シャレになりませんよねえ。

 話がそれました。

 そうですね。亡くなったのが32歳ですか。

 それだけ短いと、資料の類はそれほど残っていないんじゃないですか。そんなことはない。ずいぶん研究が進んで、映像資料も生い立ちも根掘り葉掘りほじくり出されていると。生まれたときから、どころか生まれる前の何代も前から調べられていると。有名人親戚に持つと、おちおち死んでもいられませんね。

 そうですねえ。そういえば、パチモンの一つで愛人のところで死んだっていうのを愛人を主人公にして作った映画なんてのもありましたものねえ。え、そんなフィクションを相手にしているのではない。まあ下世話というか、週刊誌的な興味で作られたには違いありませんが。だけど、人気者に下世話な興味はついてまわるものでしょう。そういう興味があるから人も大勢ついてくるので、ひいてはこういうイベントも開かれるわけで。

 すみません、余計なことを言いました。そんなおっかない顔しないで下さいよ。ちょっと、ヌンチャクを振り回しちゃいけません。いや、見事な振り回し方ですよ、だけど、こう人が大勢いるところで。ちょっと、ちょっと。危ないですよ。

 いけねえ、追っかけてきた。すみません、どいて下さい、どいたどいた。

 しょうがねえな、会場に入っちまった。商売あがったりだ。まあ、仕入れ値なんてタダ同然だからな。この際、話のタネに見ていくか、と。

 おお、にぎやかですな。ふうん、コンテストというから、舞台か何かの上に一組づつ現れて見せるのかと思ったけれど、ずらっとあちこちに並んだブースでそれぞれのパフォーマンスを見せるという趣向ですね。それで見て回って体験して、後で人気投票をすると。なるほど、みんなが審査員というわけだ。

 では手始めに、と。これはCG製のリーさんですか。まあ、よくできてるね。モニターとかスクリーンに映すという段ではないんだね。どうやってるのか知らないが、何もないところにCGが投射されていると。スモークでも炊いてるんですか。違う? 空気そのものを発光させるのに成功しているんですって? へえ。そんなことができるんですかね。できるからやってるんだって。あ、すみません。

 これは「燃えよドラゴン」ですね。地下の麻薬工場みたいなところで戦う場面のコピーですか。あれ、動きも声も何も、まるっきりそっくりそのままだな。元の映画を3D化しただけじゃないんですか。違う? ちょい役でジャッキー・チェンが出ているはずだけれど、よく見ておけって。あ、ジャッキーじゃない、サモ・ハンになってる。これはおかしい。サモが出ていたのは最初の方だ。なるほど、違うっていえば違いますね。だけどね、そこだけ合成し直したんじゃないんですか。そっちの方が簡単だし。

 どれだけ手をかけて再現したかわかっているのかって、あ、あのチームのお一人ですか。これは失礼しました。いえ、わからないくらいそっくりだったということで。

 また怒られちゃった。気が短いのが多いね、どうも。

 えらい手間暇かけて作ってるんだから、もうちょっと気が長くていいのに。

 あ、次のエントリーだ。ほう、アンドロイドですか。これも似ているね。動きもしなやかだ。ずいぶん発達したものだな。アンドロイドっていうのは、ずいぶん前にカクンカクンと操り人形みたいに動くあたりのを見たっきりだからな。あれはヘタに似ている分、不気味だった。

 お、上段蹴りを出した。筋肉の動きなんかもしっかり再現されている。すごいね、どうも。

 お、バック転ですね。これまた「燃えよドラゴン」の最初の方のだ。え、あそこでバック転やっていたのはリーじゃなくて吹き替えだって? もちろんリーはバック転くらいできるけれど、香港映画はことバック転やらせたらもっと上手い人がいたらそっちにやらせて、編集でうまくつなぐんですって? それは知らなかったな。

 ついに本物のリーのバック転を再現できたって、感激して泣いてる人いるよ。よくわからないことに感激しているね。

 それにしても、機械仕掛けといってもオリンピック選手並みの運動能力あるね。何、オリンピック選手どころではない。作ろうと思えば、100メートル1秒で走るアンドロイドだってできる、と。まあそうなのかもしれませんね。しかしそうなると、人間の恰好させる意味あるのかと思うけれど。機械をそのまま使った方がよっぽど早いし正確でしょうに。

 科学を語る場で有益無益を語るなあって、あ、すみません。また怒らせちゃった。しょうがねえな。

 あれ、ヴァーチャル・リアリティでリーを再現しているって、さっきCGチームがやっていませんでしたっけ。いや、これは自分がリーの身体感覚を直接経験できるものですって。

 へええ。ちょっとこのヘルメットをかぶれっ、と。あれヘルメットだけではないのね。全身スーツをつけるんだな。ずいぶん大げさな。

 えーと、と。お、なんだなんだ。急に体が軽くなった。わ、動体視力というのか、速い動きがよく見える。あそこでやっている演武のバランスの乱れがわかる。すごいな、全身のばねも違う。高く飛び上がれるし、速く回転できる。

 ちょっと組手してみてって。あたしは格闘技なんてひとっつもやったことない人間ですよ。あれれ。体が動く。動きが見える、というより見えて考えるより早くもう動いてる。すごいね。あれ、負けちゃった。そこまでの性能はまだ行っていないんだ。

 しかしあたしみたいに全然修行も何もしてない人間がこんなことできていいのかな。

 元は体の障害を持った人のサポート用の技術ですって。いかに自由に、強く、速く動けるか、制限なしに開発していったらこうなったと。ここまでいっぺんに運動能力高めなくてもいいと思うけれどな。これじゃ、パラリンピックの選手がまんまオリンピックに参加してメダル獲れるかもよ。

 しかし、話を元に戻すけれど、これがリーさんの身体能力だっていう証明はどうするの。まあ、残されているあらゆる映像から割り出した数値を正確に再現していますって。

 うーん、どれもこれもすごいね。あたしみたいな年寄りにはいつの間にかあれよあれよと追い抜かれてついていけないね。とっかえひっかえ色んなもの出してくるものだ。

 これが、きわめつけ、リーのクローン? ぞっとしないね。しかし、リーのDNAなんて残っていたっけ。「死亡遊戯」のジャンプ・スーツに残っていた痕跡をできうる限り完璧に採取したと。だけど、時間がたちすぎているでしょう。確かに経年による劣化は避けられない、と。あとはどうしたんです。

 親族を回った? だけど、息子は父親同様、早く亡くなっているでしょう。もう一人、娘がいると。なるほど。しかし半分しか同じじゃないでしょう。性別が違えばずいぶん違うだろうし。

 そこで考え方を変えたと、遺伝子治療を応用したんだと。なんですか、それ。つまり、元からある遺伝子をコピーして再現するところから発想を変えて、どういう人間をデザインするかという目標を設定して、そこから逆算してその目標にふさわしい遺伝子を変更していくという方法ですって。


 ああ、これは私から詳しく説明しましょう。

 もとはこれもスポーツ医学の産物なのだすけれどね。たとえば長距離走なら長距離走にふさわしい遺伝子をドーピングして身体を改造するといった具合にね。

 ここの一人の男性を用意しまして、何をそんなにぎょっとしているのですか、彼はリーその人になれるという目的のためには文字通りすべてを捧げることを誓ってくれました。それは彼にとって最大のカリスマ、いや神に等しい存在と合一できるという体験なのですから、彼にとっては至高の名誉であり、宗教的体験といっていいものでした。

 法的問題はどうかですかって、それは弁護士に聞いてください。

 ドーピングというか、各パーツにそれぞれ微調整を施して筋肉のひとつひとつに至るまで想定されるリーの身体を再現したわけです。すでに出来上がっているパーツの細胞をさらに誘導して整形しました。どんな形にできる、というほどではありませんけれど、ふつうの整形手術で形を変える以上に変えられますよ。組織をいわば初期化して、細かい血管や筋肉組織のつながりはそのままに形だけ変えるわけです。

 まあ、生きている組織を粘土みたいに自由に成型できるようにして細かい仕上げをしていきました。


 で、身体は完璧に再現できました。さらにそこに魂を吹き込む必要がある、といいたいのですが、実は身体を形成するといわゆる精神も伴ってくるのですね。

 性格、思考法、感情表現、哲学に至るまで、身体を通して、いいですか、ここが重要なところです、身体を通して再現することで寸分違わずデザインしていくわけです。そんなことができるんですかって、それをやったのです。

 それら主に脳の発達に従って決まってきた性格を逆に体をトレースして再現することにかなりの程度成功したのです。

 人間の脳は確かに宇宙で最も複雑で膨大で玄妙なシステムです。しかし、だからこそそれを再生するシステムも考え出せたのです。

 もともとリーは身体と精神の合致をみていた存在だから、この研究の目標としてはふさわしいものだったと。心身一致を体現しているのだから、体を再現すればおのずと心も再現されるのです。もとより体を通して心を鍛錬するというのはごく当たり前のことではないでしょうか。というより、心が体と離れて別々に存在しているという考えは否定されなくてはいけないと、我々は考えています。これ以上哲学的な話に踏み込むわけにはいきませんので、質問をどうぞ。

 リーを選んだのはもうひとつの理由として、何と言っても有名ですからね。研究費集めやすいってこともありました。世界中から集まりましたよ、もちろん。額は秘密ですが。

 考えてもみてください。同じ川に入ることはできるか、という命題がありますよね。川の水は流れているから、入るたびに、また入っていても、常に違う水にさらされているわけです。しかし、水は違っても、存在としての川は同一とも考えられるわけです。行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず、ですが、川としては水が絶えなければ元の川です。

 我々はクローンを作って事足れりとしているのではないのです。

 そう、仮にクローンを育てたところで、育てている間に違う人間になっていくからです。一卵性双生児は遺伝子が元は同じだけれど育っていくうちに別々の人間になるようなものですね。あるいはクローンの猫を作っても、発現する毛皮の柄はばらつきが出るようなものです。

 我々はあくまで我々が知っているブルース・リーその人のモデルを再生するのが目的なので、遺伝子から発生させるのと環境由来のと、成型自体に手を加えるのと、すべての手法を駆使しました。整形手術から、臓器の再生から、身体トレーニングから、すべてです。

 そしてそれは、入れ物だけ作って中身を入れない、仏作って魂入れずといった状態とはまったく違うことを強調したい。形こそが中身であり、仏像は仏なのです。

 仮に精神とか魂とか内面とかいったものがあるとして、というか、私とてそれらの存在を否定はしませんが、それらは他者がこれこれこういう魂だと指定して注入できる性格のものでしょうか。

 それらの精神、魂、内面を「作って」はめ込むというのは、むしろひとつの個体が身体として、モノとして持っている唯一性を否定するのではないでしょうか。見えない内面を尊重しているようで、実は見えないことを盾にとって好きなように物神化しているのではないでしょうか。


 で、ここにブルース・リーその人を紹介します。

 そっくりさん、というのは見慣れているでしょうけれど、ここまでまったく同じというのは見たことないのではないでしょうか。

 しかも、この後ヴァージョン・アップもできるのです。心身ともにです。

 もっとも無限に手を入れるというつもりはありません。

 リーがリーである最大の所以とは何でしょうか。死後も多くの観客を動員するスターであり、偶像でありカリスマであり続けている理由。それは、32歳という若さで謎の死を遂げたことです。

  早逝によって永遠のアイドルになった人は他にもいます。映画でいうとジェームス・ディーン、マリリン・モンロー、革命家のチェ・ゲバラ。しかし、その中でもリーの死は謎が多く、それがまた無数の推測を生み、彼の神話化に貢献しました。

 世界の多くの地域で、彼の出演作は死後に見られることになった。死んだ後だから、映像に焼き付けられたイメージが永遠の生命を持つことになった。早逝によって決して裏切ることはなくなり、 彼がもっと生きていたら、どんな映画に出たか、どれだけ世界で活躍したかと膨らまされた無数のファンの想像の上に、彼の不滅性はある。

 彼に生きていて欲しかったと願い、生きていたらどうなっていたろうと想像する、その一方で死による絶対化、偶像化にも寄りかかっている。

 今、みなさんの目の前にいて生きているブルース・リーは誰でしょう。単なるコピーではない。彼と話してみてください。彼が残したインタビュー、著作で語られている思想を、さらに深めた言葉を聞くことができるでしょう。

 話がそれました。リーは早逝したことによって決定的にリーになった。

 だから、このリーも同じ32歳で亡くならなくてはいけない。実はそうなるよう、プログラムされています。

 プログラム?

 そうですよ。生物は死ぬものだとは決まっていません。死ぬようプログラムされているから死ぬのです。

 初めから寿命を決めておいて作ったと?

 そうです。映画「ブレードランナー」のレプリカントみたいなものですね。非人道的なんて言わないでくださいよ。前にも言いましたが、法的問題はクリアしてあるのですから。

 しかし、本当に死んでしまったら、どうするですって。「本物」のリーが複数いることになってしまう? あるいはせっかく大変な費用をかけて作ったリーを死なせてしまったら大変な損失ではないか、と。

 なるほど、その心配はもっともです。というか、もちろんそれを考えてプログラムしました。32歳で亡くなるというプログラムを。彼の死因である脳内出血で、ですね。いや違う、あれは謀殺だ、ですって? それは噂に過ぎないでしょう? いつもそういうこと言う人いるんですよ。謀殺のプログラミングはできませんしねえ。脳内出血の原因になったような無理な運動とか、あるいはこれも噂に過ぎないのか知らないが薬物による影響というのはどうなっているのか、ですって? それらの不確定要素をすべて組み込むことはできません。だから、これも結果から逆算してプログラムしたのです。

 さて、ここから後がミソです。

 このモデルの基礎になってくれた人は、このプロジェクトへの全面協力を承諾したとき、33歳だったんですよ。

 どういうことかって? つまり、彼はまぎれもなくリーと同じように32歳で死ぬように運命づけられているけれども、決してその通り死ぬことはないということです。

 生きている状態と死ぬ時期を過ぎた状態という本来ありえない2つの状態が同じ同居しているわけです。

 シュレティンガーの猫ならぬ、シュレティンガーのリーですね。

 どうです、この伝説を壊さず、しかも現実にリーを再現してみせた技は。

 なんで、そんなことをしたのかですって。それはもう、リーの伝説という最大の財産を守りつつ、しかも生身のリーを自在に使えるようにするためです。

 キャッシュとフローをともに自在にコントロールできるようにしたわけですな。これでビジネス上、画期的な飛躍が期待できます。


 しかし、力作が並びましたなあ。

 どうやって、勝ち負けを決めるんですか。え、直接戦わせる? 直接って、CG製のもあるわけでしょ。関係ない? 

 技は完全にデータ化されて、計算上でも、実体化させたモデルケースでもどちらでも比較できます。どれがもっとも適切な比較になるか比重を決める計算方法も確立しています。ヴァーチャルと現実って区別、もうないんですよ。

  リーA、リーB リーC リーDと、まあいっぱい並びましたね。

 あともう一つ、大事な要素が加わってくる。言うまでもない、世界の大衆の人気投票です。これは根拠を問いません。好き嫌いですべて決まります。

 さあ、勝者はひとりです。投票、スタート。


 大会の主催者たちが死んだって? 殺された? どうやって。

 蹴り殺されていた、だと。鈍器で頭をかち割られていたのもいたらしい。

 犯人は誰だい。なんでまた。

  

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