第32話霧中の少年(ひつじ)は狭間を駆ける④
「悪しき、霊・・・?それって、テレビや漫画とかの心霊特集でやってる『悪霊』みたいなやつか・・・?」
恐る恐る、男性の様子を窺いながらそう聞き返してみる光流。
すると、男性は口許に穏やかな微笑みを浮かべたまま
「うーん、ちょっと違うかなぁ。」
と、答える。
「違う・・・?」
「うん。普通の・・って言い方は変だけど、通常の『悪霊』って呼ばれる奴等は、人に取り憑いて災禍を招いたり、取り殺して仲間を増やしたりするのが目的だけど、偽神達は違う」
其処まで話すと、男性は一旦言葉を区切り、反対側の腰に佩いていたもう一振りの曲剣を抜き放つと、目にも止まらぬ速さで投げ放った。
びゅんっと風を切り放たれたそれは、光流に向けて今まさに襲い掛からんとしていた棘を持つ触手の内一本を誤たず貫き、背後の壁に縫い止める。
「ぐぁっ・・・!」
己の肉体の一部を刺し貫かれた痛みに、堪らず苦悶の悲鳴を上げる老人。
その壮絶な老人の表情と・・・それを目にしても尚、微笑みを浮かべたままの男性に、光流は内心恐怖すら覚える。
しかし青年はそんな老人や光流の様子等一切意に介する風は無く、かつかつと黒い革靴の踵を鳴らして老人の目の前まで近付くと、曲剣の柄を掴み、一気に引き抜いた。
老人の喉の奥から筆舌に尽くし難い絶叫が迸り、溢れ出した鮮血がまるでシャワーの様に男性の端正な容貌を真紅に染めていく。
そして、その血を拭うことなく光流の方を振り返ると、やはり、置かれている状況さえ違えば人懐こさすら感じさせる様な微笑みを浮かべ、先程の言葉の続きを告げる。
「偽神も、確かに悪霊と同じ様に人間を襲う。こういう感じでね?でも、目的が違うんだ。さっきも言ったけどね?人間を殺して肉体を奪い、そして、その肉体を使ってその人間に成り代わる。つまり、再びの歪んだ生を手に入れること。それが偽神達の唯一の目的なんだよ」
そう言い終わるか終わらないかの内に男性に向かって無数の触手が襲い掛かる。
先程の男性の言葉ではないが、今の、完全に異形と化して襲い来る老人と、昨夜の夢に現れたあの悪霊とおぼしき美しい少女を比べると、確かに悪霊の方が幾分マシかもしれない。
顔面から無数の触手を生やし、獣の様な唸り声をあげる老人を見て、一瞬そんな考えが光流の頭を過る。
そんな光流の目の前で、まるで牙の様な鋭い棘を光らせ、男性に向け全方向から襲い来る触手の群れ。
如何見ても男性に逃げ場はない。
しかしーー男性は依然、飄々とした相好を全く崩すことはなく、寧ろ余裕すら感じさせる仕草で老人の血に紅く染まった二振りの曲剣を顔の前で交差させ、呟いた。
「阿頼耶・・・宿れ」
瞬間、
「はいはいはーいっ♪やーっとですね!もう待ちくたびれましたよーっ!」
そう、賑やかに軽い調子で答えた阿頼耶の体が緑白色の光に包まれ、細かい光の粒子となると男性の体に吸い込まれて消える。
するとーー光の粒子が全て男性の体に消えると同時、つい先刻まで漆黒であった男性の瞳が、まるで阿頼耶のそれと同じ様な、遊色効果のある金色がかった碧色に変わっているではないか。
しかも、よく見ると髪の色まで、いつの間にか金色がかった明るい茶色に変わっている様だ。
(ど、如何いうことだ・・・?一体、何が如何なって・・・?)
目の前で何が起きたのか理解出来ず、思考に混乱を来す光流。
その眼前で、男性は曲剣の剣身同士を擦り合わせながら、その交差を解いていく。
剣身同士が擦り合わされる度、剣身から火の粉の様に舞い散る蒼銀色の細かな粒子。
それはまるで蒼い炎の様に広がると、いつの間にか曲剣全体を包み込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます