第31話霧中の少年(ひつじ)は狭間を駆ける③

(人が、浮いてる・・・)


足場や踏み台等を一切使用せず、目の前にふわふわと浮かんでいる少女に思わず釘付けになる光流達。


しかし当の少女は、驚きに目を見開いて見上げている光流達の様子等一切意に介することなく先程と同様に明るく、霊の類いとは言え流血沙汰が起きているこの場に余りにそぐわない程ハイテンションな様子で三人に告げてきた。


「其処の迷える一般人さん!!」


少女はやはり無駄に元気に、かなり大袈裟な仕草で三人をびしっと指差すと、言葉を続ける。


「この超絶かわゆくてハイパー有能なゴーストバスター阿頼耶ちゃんが来たからにはもう大丈夫ですよっ!!エブリシング イズ 無問題です!!」


少女はそこでびしっと決めポーズ。


某有名児童文学の主人公の少女が迷い込んだ奇天烈な国の様な、一切の常識の通用しないこの空間でーー女児向けのアニメに出てくる戦う魔法少女の様なポーズを決める少女の姿は何とも滑稽で、平時であれば面白おかしく、三人の頬も緩んだかもしれないが。


「おのれ、邪魔をするな・・・その肉体を渡せぇぇぇ!!!」


目の前に腹と背後の壁を曲剣で縫い止められ、まるで地の底を這うかの様な低い怨嗟の声を漏らす血塗れの老人が居ては、少女のテンションの高さや大仰な仕草すら、今の三人にとっては恐怖を感じるものにしか成り得ないというものだ。


(何で、あんなに血だらけな爺さんを目の前にして、平然としていられるんだよ・・・・)


止めどなく口や腹から血を溢れさせる老人の姿に光流は思わず目を伏せる。


すると、


「ふぅーん?あいつは貴方を殺そうとしたんですよ?それなのに、苦しむ姿は見たくないんですか?随分とお優しいんですねぇ」


阿頼耶と呼ばれていた少女の声が、やけに近くーかなりの至近距離から聞こえて来た。


光流がはっと顔を上げると


「・・・・・っ??!」


直ぐ目の前に逆さまになった少女の顔があった。


最早驚きに言葉すら出ない光流。


その心臓はまるで、江戸時代に火災を知らせた鐘楼の様に早鐘を打っている。


一方、少女ーー阿頼耶は、まるで吐息すらかかりそうな程近い距離でまじまじと光流を見詰め、呟いた。


「そんなんじゃ、貴方ーーーー近い内に死にますよ」


オパールか月長石の如く、僅かな光や角度によってくるくると色が変わる、人間には有り得ない遊色効果を持った阿頼耶の金色がかった碧の瞳が真っ直ぐ光流を捉える。


その瞳の奥に、光流は『彼女』を見た様な気がして、思わず腹を押さえる。


馬鹿な・・・・・あれは夢だというのに。


頭ではそう理解しているが、しかし、夢の中で一度殺された、そのリアルな感触を思い出し、光流の足は無意識に竦む。


と、不意にぴちゃり、と光流の顔に何かの液体がかかってきた。


「ん・・?何だ・・?」


ふと、頭上に視線をやる光流。


瞬間、己の腸はらわたの一部等を犠牲に、曲剣の拘束から抜け出した老人が、血や臓物を撒き散らしながら光流の頭上から襲い掛かってきた。


「ひっ・・・!!」


最早悲鳴を上げることすら出来ず、喉の奥から引き攣る声を漏らす光流。


降り注ぐ鮮血と肉片で頭から真っ赤に染め上げられた光流は、目に入った血に視界を奪われ、思わず瞳を閉じる。


目蓋を降ろす瞬間に見えたのはーー今まさに光流を喰らわんと大口を開ける老人の、元は人間だったであろうとは全く思えぬ程鋭く尖った牙の様な犬歯が並んだ、赤い口で。


喰われる・・・!!


光流は、絶望の叫びをあげながら無惨に頭から貪り喰われ、脳漿を垂れ流す己の姿を脳内で幻視した。


しかし、


「あがぁぁぁぁっ!!!!」


断末魔の絶叫をあげたのは、老人の方であった。


身の毛もよだつ程の叫び声に、しかし、光流はーー見たら絶対に後悔すると頭では分かっているのに、思わず、反射的に目を開ける。


其処には、光流を庇う様に目の前に体を滑り込ませた阿頼耶の・・・その白く細い腕に口から後頭部までを真っ直ぐに貫かれ、顔面を真っ赤に染めながら、体をびくんびくんと小さく痙攣させる老人の姿があった。


「う、うわぁぁぁぁっ!!!」


眼前に広がる酸鼻極まりない光景に、堪らず尻餅をつき、絶叫する光流。


すると、行きなり両腕を強く掴まれた。

見ると、今来たのであろう楓と華恵の二人もぺたんと地面に座り込み、両側から光流の腕にすがり付きながら震えている。


二人の瞳にはうっすら涙も滲んでいる様だ。


「ひ、ひと、ひとごろし・・・!」


恐怖に歯の根をかちかちと鳴らしそうになりつつ、気丈にもスマホを制服の胸ポケットから取り出すと通報しようとする楓。


阿頼耶はそんな楓や光流達をちらりと横目で横目で一瞥すると、先程とは打って変わって冷たさ漂う冷淡な声音で呟いた。


「人殺しぃ?ちょっと、それ本気で言ってます?」


だとしたら超笑うんですけどーー。


そう告げると、阿頼耶は一気に老人の顔面から腕を引き抜いた。


そして、腕にべったりと付着した血糊を落とす様に払いつつ、嘲笑わらいながら指を指す。


「貴方達、あれだけ襲われておいて、今更コレが本当に人間だとでも言うんですか?」


「えっ・・・?」


驚きに目を見張る光流達が見詰めるその先ーー阿頼耶が指差す其処には、先刻彼女に脳天を貫かれ、絶命した老人の躯が地面を深紅に染め、無惨な姿で転がっていた。


が、その生命の灯火が消えた筈の躯が、今、光流達の目の前で再び動き始めたではないか。


しかも


「か、怪物!!!!」


「いやああああああ!!!」


阿頼耶により一度は崩壊した老人のその顔面は、まるで花が開くかの様にぱかっと開き、その奥から、側面に無数の尖った棘を生やした大量の触手が溢れ出して来たのだ。


「な、んだ?!あれ!!」


楓と華恵を背後に護りつつ、生まれたての子馬の様に震える足に渇を入れ、なんとか立ち上がる光流。


すると、いつの間にか隣に来ていた黒コートの青年が震える光流の肩にぽんと手を置きつつ、安心させるかの様な柔らかい口調で三人に語りかける。


「あれは、『偽神ぎしん』って言うんだよ。」


「偽神・・・?」


聞き慣れないその言葉に光流は思わず聞き返す。


そんな光流に男性は「ああ」と頷くと、話を続ける。


「恐怖や、ときには超常的な力を分け与えることで人間を支配し、最終的には人を殺して、その体に入り込み、偽りの二度目の生を歩もうとする、強力な力を持った悪しき霊達のことさ」

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