第30話霧中の少年(ひつじ)は狭間を駆ける②

 (落ちる・・・!)


男性の突然の行動に、思わず目を見開いたまま息を呑む光流。


楓と華恵は、男性が無惨に地面に叩き付けられる様を幻視し、光流の腕にぎゅっとしがみつき、固く瞳を閉じた。


しかし、男性はその黒く長いコートの裾をまるで鴉の尾羽の如く靡かせながら難なくすたっと地面に着地をすると、そのまますたすたと光流達の方に向かって歩いて来る。


見た所、一切怪我や傷の類いも負ってはいない様だ。


(あの高さから飛び降りて無傷かよ・・・。)


有り得ないだろ、と内心で一人ごちる光流。


けれど、何せ、こんな異常事態だ。


頭の片隅で何処か予想はしていたが、それでもこうして目の前で改めて見せ付けられるとやはり有り得ないとしか思えない事態に光流の額をつぅっと冷や汗が伝う。


間違いない。


先程の発言といい、あの人間離れした動きといい、あの男性は光流達が知りうる『常識』等の範囲を超越した存在なのだろう。


雪女や殭屍キョンシーの様な妖怪の類いか、それとも口裂け女やメリーさんの様な怪人の仲間か。


どちらにしろ、所謂、光流や楓達の様にごくごく一般的且つ標準的な『人間』でないのは確かだろう。


もし、彼が光流達と同じ模範的一般人であるならば、あの高さからトランポリンやクッション等の緩衝材無しで飛び降りて無傷である等全く以て有り得ない話だ。


おまけに出会い頭に『正義の味方』を自称するとは怪しいことこの上ない。


だが、彼がどんなに胡散臭くとも、今の光流達にはこの空間から抜け出したければ彼にすがるしか選択肢が残されていないのだ。


光流は自分達の方へと歩いて来る男性に向かって、出来るだけ友好的に見える様笑みをその顔に張り付け、事態を悪化させない様言葉を選びながら話し掛ける。


「あ、あの?すいませんけど、さっきの俺が助けてあげたって如何いう意味か詳しくー」


しかし、光流の言葉が終わる前に


「ああ、それ?こういう意味」


男性がその腰に佩いていた剣を目にも止まらぬ速さで抜き去ると、光流に向け突き立てた。


「っ・・・・・?!」


「光流くんっ?!何するんですかっ!!」


剣を握る男性の腕を掴むと両手でぽかぽかぶち始める華恵。 


一方、華恵と同じく完全に気が動転した楓は


「人殺し!殺人犯!よくも私の家族をっ・・・!許さないんだから!!」


勇猛にそう叫ぶと、目の前の男性に向けて見事な位鮮やかな後ろ回し蹴りを放つ。


けれど、男性はまるでその蹴りが児戯であるかの如く剣を握っていない片手で軽く受け止めると、


「まぁまぁ、落ち着いて。可愛いお嬢さん達。言っただろう?俺は『セイギノミカタ』だって」


「だから何?!」


楓は尚も止められた脚に力を込め、隙在らば男性の頭を砕こうと腐心する。


それを察した男性はふっと苦笑を浮かべると、まるで幼子に言い聞かせる様に優しく告げた。


「だから、さ?セイギノミカタは、悪は倒すけど、無意味な人殺しなんてしないんだぜ?」


男性のその台詞に一瞬きょとんとした表情を浮かべる楓と華恵。


だが、直ぐに意味を理解するとはっとした顔で光流の方を振り返った。


其処にはーー男性が突き立てた曲剣ショーテルが掠めたらしく頬から血を流し青ざめている光流の姿と


「なに、あれ・・・!」


「・・・気持ち悪い!」


光流の頭のその直ぐ後ろ、男性の曲剣に見事にその胴体を貫かれ、大量にその口から血を吐きながら、此方を怨嗟の表情で睨み付ける、恐ろしい老人の姿があった。


「貴様っ・・・!」


剣で縫い止められながらも未だ殺意冷めやらぬ瞳で男性をぎらぎらと見つめながら多量の血液と共に呪詛の言葉を吐き出す老年の男性。


しかし、当の黒コートの青年はあくまで笑みを崩さず、その大きな手でぽんぽんと楓や華恵の頭を撫でながら


「うんうん、分かるよ。気持ち悪いよねぇ」


と、至って軽い調子で言ってのけた。


けれど、実際に剣を向けられた上、こんな恐ろしい存在が背後に憑いていたとは全く気付かなかった光流としては最早精神的にも肉体的にも立っているのがやっとな位で。


「嘘だろ、何だよ、これ・・・。ってか誰だよ、この爺さん」


恐怖とパニックで青を通り越して白くなった顔で、あくまで後ろは振り返らない様に、しかし接触はしない様、目の前にたつカーブミラーで老人の位置を確認しながら少しずつ蟹の様に横歩きで距離を取る。


他方、黒ずくめの青年はというと


「よし。じゃ、こんな気持ち悪くて危ない奴はさっさと退治しちゃおう」


やはりあくまで飄々とした軽い調子でそう言い放つと、剣を持っていない方の手で己の首・・・その喉に触れ、楽しそうに告げた。


「出番だよ。おいで、阿頼耶あらや」


すると、その瞬間、男性が触れているその喉を中心にその首を緑白色の光が覆い始めた。


やがて光は一筋の輪となり、チョーカーの様に男性の首に巻き付き始める。


そして、その光のチョーカーの首の後ろの襟首の部分から、今度は同じ様に緑白色の光で出来た鎖が伸び、その先には


「はいなーっ♪呼っばれって飛っび出ってうじゃじゃじゃじゃーん!スーパープリチーゴーストバスター阿頼耶あらやちゃん参っ上!」


青年と同じ光のチョーカーをつけ、そのチョーカー同士を鎖で繋がれたーー明るい金茶色の不揃いな長い髪を頭の天辺でツインテールに結った、如何にも自由闊達そうな中学生位の愛らしい少女がふわふわと空中に浮かんで立っていた。

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