第27話夢見る生贄(ひつじ)の視る現実(ゆめ)は⑩

「きゃあああっ!!!」


華恵が悲鳴をあげ、頭を抱えてその場に蹲る。


「華恵ちゃんっ!!」


それに気付いた楓が抜群の反射神経を生かし、一足飛びに華恵に駆け寄ると、せめて人的急所である頭への致命傷だけは避ける様にスクールバッグを自分と華恵を護る様頭上に被る様に掲げると、もう片方の手で華恵の頭が完全にバッグの下に入る様、引き寄せた。


身を寄せ合い、次に襲い来るであろう衝撃に備え、ぎゅっと目を瞑る二人。


そんな二人の姿を見た瞬間ーー光流の体は自然に動き出していた。


「くそっ・・・!」


(間に合え!!!)


目の前で忍び寄る死の恐怖に身を固くする二人の姿が、一年前、共に車に跳ねられ、何も為す事が出来ぬまま・・・微笑みだけを遺して冷たくなって逝った両親の姿と重なる。


そう、その事故こそが光流が留年している理由であり、今も光流の心に深い影を落としている『心的外傷トラウマ』なのだ。


幸い、奇跡的にもその事故で光流自身の体には目立った外傷や将来的に後遺症等になりそうな怪我や症状は無かった。


しかし、それは本当の奇跡等ではなく、実際は彼の両親が彼を抱き締め、車に跳ねられる強い衝撃から大切な息子を護ったからなのである。


まさに両親の命を犠牲にしての、生還だったのだ。


その後の日々は光流にとって、まさに『地獄』そのものだった。


祖父母は既に他界しており、頼れる親い親戚のいなかった光流は、親類の間を散々盥回しにされることになったのである。


洗濯や料理等をする度に代金と称して光流から両親の遺産をむしり取ろうとする者、唯一生き残った光流を悪魔と呼び蔑む者、或いはわざと食事すら与えぬ者に、光流にアレルギーがあると分かるとそのアレルゲンである動物を飼育し触らせようとする者。


そういう者達の間を転々とすること8回。



そして、最終的に海外での商談から帰国したばかりでその話を聞き付けた、光流の母親とはかなり遠縁の達郎と楓の両親である中飾里夫妻の元に引き取られることになったのだ。


故に、そんな複雑な事情を抱える光流にとって、本当の家族同様に温かく、分け隔てなく接してくれる楓達中飾里家の人間は、気恥ずかしくて顔や態度には出さないものの、喪った両親と変わらない位大切に思っている、かけがえのない存在なのである。


そんな大切な、やっと手に入れた新しい家族が今、命の危機に瀕している。


実の両親と同じ様に、また光流の目の前でその命が潰えようとしているのだ。


それを理解した時、


(今度こそ、喪って堪るかっ・・・!!)


全力で、まるで跳ねる様に二人に駆け寄ると光流は己の命の危険すら省みず、二人を抱き締めると護る様にその上に覆い被さった。


光流に気付いた楓が目を開け、その瞳を大きく見開く。


如何やら光流が何をしようとしているのかが伝わったのだろう。


光流はそんな楓を見つめ、ただ口の端に笑みを浮かべた。


何時もの何処か小馬鹿にした様な笑みとは違う、優しく、慈愛に満ちた微笑みを。


そう、それはまるで、死に逝く者が遺される者に見せる、一瞬の命の輝きの様で。


「いやあああああ!!!!!」


その微笑みに気付いた楓が更に瞳を見開き、その瞳から大粒の涙を大量に、ぼろぼろと溢しながら咆哮の様な叫びを挙げる。


しかし、その叫びは崩れ落ちる大量の木の板の音と、周りの通行人達が挙げた悲鳴によってただ虚しくかき消されていくのであった。



(ああ・・・今までありがとうな、楓・・・・・・)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る