第26話夢見る生贄(ひつじ)の視る現実(ゆめ)は⑨
「っ?!」
まるで頭の中にスピーカーでも埋め込まれたかの様に、脳裏に直接がんがんと響く甲高い女性の声に光流は思わずカードから手を離し、両手で頭を押さえる。
すると、光流の手から離れたカードは風もないのにはらりと空中を舞い、狙い済ましたかの様に華恵が片手に持つ、開けてあるままの化粧箱の中にするりと入り込んだ。
同時に
「光流くん!もう、またぁ?何ぼんやりしてんの!」
そう言うが早いか楓がばしっと、光流がスクールバッグを担いでいない方の肩を叩いてくる。
「いってぇ・・・」
彼女の手加減が下手なのか、或いはそもそも手加減等していないのか。
叩かれた箇所が割と本気で痛い。
光流が肩に手をやり、其所を擦っていると
『逃げて!』
再度、頭の中に声が響いてきた。
「っ?!また・・・?!」
しかも、今度は先程とは違うーーかなり若い、いや、これはまるで幼い、年端もいかない少女の声だ。
『お願い!其処から逃げて!』
その声は光流の頭の中でまるで切羽詰まった様に、必死に光流に逃げる様に訴えかけてくる。
「っ・・・?!何だ?!一体如何なってー」
『そんな事はいいから!早くお友達を連れて逃げて!!』
より一層、音量をかなり増して頭の中で響き渡る声に光流はまるで頭の中が掻き回された様な眩暈を覚えると、再度頭を押さえ、思わず膝をつきそうになる。
すると
『だから逃げなきゃ駄目なんだってばぁ!!早く!立って!!立って!!』
耳から音が漏れてしまうのではないかという位大きな、まるで叫び声の様な声で、頭の中の声が逃げる様またも急き立てて来た。
(一体さっきから何だって言うんだ・・・?)
この毎日通い慣れた通学路で、こんなに晴れ渡って空気も澄んだ朝に一体何が起こるというのか。
如何見ても、如何考えても何時もと変わらない。
擦れ違う登校中の小学生達の明るいはしゃぎ声が響き、近隣の何処かレトロな雰囲気のモダンな木造のカフェの小さく開けられた窓からはモーニングセットのであろうか、焼き立てのトーストや溶けたバターの良い香りが漂ってくる。
そう、何一つ変わりやしない、平凡で平坦な何時もの朝だ。
それを、この声は何処の何から逃げろというのか。
全く意味が分からない。
いや、そもそも、この声は何なんだーー?
もしや、バイトをクビになったストレスで昨夜おかしな夢を見た様に、これもストレスで聞こえている幻聴なんじゃないのか。
光流がそう考え始めた次の瞬間ーー
ガラガラガラガラッという激しい音と同時に、光流達が立ち止まっていた場所の直ぐ隣にある工事中であった木造の商店の二階から、外壁用であろう木の板が大量に光流達に向けて崩れ落ちてきた。
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