第20話夢見る生贄(ひつじ)の視る現実(ゆめ)は③

「うわっ?!楓?!」


行きなりの予想外の人物の登場に、光流は思わず素っ頓狂な声を挙げる。


其処には、子栗鼠の様に大きな琥珀色の瞳を吊り上げ、光流の部屋の入り口で、腰に両手を当てながら彼を全力で睨む少女が立っていた。


「ちょっと、折角の清々しい朝なのに見苦しいものを見せないでくれる?!」


甘やかで愛くるしい声とは正反対に繰り出されるのは切れ味鋭い舌峰。


それを放った少女の名前は、中飾里なかざと 楓かえで。


肩より少しだけ長めのミディアムボブの髪を明るいアプリコットブラウンに染めているのが特徴の彼女は、光流が暮らすこの総煉瓦造りのアパートーー『富士見坂ふじみざか 青楓館せいほうかん』の管理人夫婦の娘であり、光流の一歳年下で、同じ高校・同じクラスに通うクラスメートでもある。


本来年齢が違う二人がクラスメートになる事など有り得ないのだが、光流は故あって、1年留年中の身なのだ。


ちなみに、彼女には光流と同い年の兄がおり、両親がビジネスや旅行でアパートに不在の時は二人で管理人代理もこなしている、実にしっかりした少女なのだ。


そんな彼女を、光流は未だ焦点の定まりきらないぼんやりとした瞳で見詰めると、ふと口を開いた。


「え、っと・・・此所、僕の走馬灯なんだけど、お前どうして此所に居るの?え、もしかしてお前も死んだの?」


「はぁぁぁ~?!」


楓の表情が先程までの怒りから呆れへとシフトチェンジしていく。


「あのねぇ。私は、ただ、毎朝の日課だから君を起こしに来ようとしてたの。そうしたら、君のとんでもない悲鳴が聞こえてきて。だから、飛んできたんだよ?」


貴重な収入源に何か遇ったら堪らないからね、と彼女は事も無げに言い放つ。


そう、そうだった。


光流は、やっと正常に動き始めた頭で思い出す。


彼は酷い低血圧である為、此所、青楓館で独り暮らしをしている間は、平日だけで良いので如何にか朝起こして欲しいと楓とその兄に自分から頼み込んだのだ。


しかし、ではーーーこれは現実で、昨夜のあの出来事は夢だという事なのか。


いや、それにしては、胴を真っ直ぐに斬られた感覚、血液を大量に失い冷たくなっていく身体の感覚、その全てが夢だとは思えない程リアルだった。


やはり、これは、妙に現実感はあるが自分の走馬灯なのではないか。


叩き起こしにきた楓を前に再び悶々と考え込む光流。


楓は、そんな光流を相変わらず足ったまま、若干面倒臭そうに見下ろすと、やはり何処か突っ慳貪な調子で告げた。


「何?もしかして、君・・・昨日、バイトをクビになったショックでおかしくなっちゃった?」


ぶすり、と光流の胸に言葉のナイフが深々と突き刺さる。


「ま、君、冴えないし鈍臭いもんね」


光流、言葉のナイフで滅多刺しである。


これがゲームの世界であったなら、光流はもうとっくにHP0で死亡していただろう。


しかし、哀しいかな、彼女の言動や調子、それにキッチンの方から漂う朝食の良いで分かる、これは紛れもなく『現実』である、と。


であれば、と光流は思う。


昨夜の出来事、否、光流が起きたと思っていたあの出来事が夢だったのだろう。


思わずほっとし唇に笑みを浮かべた光流の背中を楓がやや強めに、威勢よくばしっと叩く。


「何一人でにやにやしてんの。気持ちわっるーい」


だが、光流からしてみれば、この背中の痛みすらこれは現実であり、昨夜の出来事は夢である、自分は生きているのだと強く確証を抱かせる証拠となるもので。


故に、心から安堵した光流は、更に笑みを大きくしてしまう。


一方、そんな光流を見た楓はというと、光流が何故そんなに嬉しそうなのか、全く見当もつかず、より一層胡乱げな眼差しを彼に向けている。


と、その時、


「おーい、お二人さん。早く食わねぇと遅刻しちまうぞー?」


キッチンの方から、低く深みのあるバリトンの声が聞こえてきた。

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