第10話現実(リアル)を侵食する虚構(フィグメント)③

「・・・・・よくも、やってくれたわね・・・。」


金髪の少女は心底忌々しげにそう呟くとーー不意に、ゆっくりとした動作で両の腕を体の真横に伸ばし始めた。


(一体、何が始まるんだ・・・?)


これから為さんとする技か何かの為の準備動作だろうか。


光流の胸の内を激しく嫌な予感が駆け抜け、額をつうっと冷や汗が流れ落ちていく。


光流の隣に立つ角髪の少年も、やはり、ただならぬ少女の気配に気付いたのであろうか。


至極愉快そうな表情はそのままに、先程まで頭の後ろで組んでいた腕を解き、油断なく短槍の穂先を少女に向けて構えている。


するとーーー少女は憤怒の業炎に焼かれたままの瞳で光流と少年を一瞥すると、静かに瞳を閉じ、強い決意を秘めた声で、呟いた。


「・・・どうか、お力をお貸しくださいませ、お兄様」


瞬間、まるでその言葉を聞き届けたかの様に、少女の胸にかけられている螺鈿細工で出来た瀟洒なロザリオが強い光を放つ。


「っ?!なんだ?!」


カメラのフラッシュを目の前で炊いたかの様な、視界を奪うには充分過ぎる程強い白い光に思わず光流と少年は一瞬、反射的に目を瞑る。


しかし、直ぐに此所は生きるか死ぬかー相手はどうやらもう既に死んでいる幽霊の類いのように見えるがー命のやり取りが行われている戦場であることを思い出し、光流と少年が目をあけたその瞬間ーーー


「ーーーーー!!!!!」


先程と同じくあの少女に投げられたのであろう、墓所の入り口に植えられていた巨木が、根から引き抜かれた状態で二人の直ぐ目の前まで迫っていた。


しかも、今回は先程とは違いーーー


「燃えっ・・・?!は?!どうなってんだ?!」


巨木が、その全身に余すところなく蒼白い炎を纏い、燃え盛りながら二人に向かい、一直線に飛んできているのだ。


(・・・死んだ・・・・・!)


咄嗟に死を覚悟し、次に来るであろう痛みと衝撃に備え、ぎゅっと瞳を閉じる光流。


だか、その時ーー


「本当に、仕方のない人達ですねぇ。ーーもう一度言います。此所は敬愛するお父様の眠る安住の地。蜘蛛丸?貴方にも、遊べとは言っていません。」


その言葉に蜘蛛丸は若干ぶすくれながら、「ちょっとくらいいいじゃーん。姫様のケチー」と呟くが、葉麗はそんな言葉気にも止めず、更に言葉を続ける。


「そして、そこの貴女。貴女も、これ以上の狼藉は赦しませんよ」


夜叉丸ーーーーー!


この殺伐とした場には余りに不釣り合いな程、凛と澄み渡った葉麗の声が響いた。


すると、


「・・・・・はっ。」


葉麗の言葉に応える様に、此方もやはり、戦場には似つかわしくない甘いテノールが響き、次の瞬間ーーー


キンっという甲高い金属音が辺りに響くと同時、光流と少年の目の前まで迫っていた巨木がパラパラと・・・小さな木片になって、落ちていった。


それだけではない。


「・・・っ・・!!!」


前方に立つ、憎々しげにその真紅の唇を噛む金髪の少女のーーその目線の先。


其処には、恐らく巨木の追撃として・・・光流と少年に完全にトドメをさす為に、再度投げられたのであろう、あの金属製の立て札が、何個もの細かい金属の欠片となって、光流達の直ぐ近くの地面に落ちていたのだ。


一体、誰がーーー?


誰が助けてくれたのか。

光流が、取り敢えずは命拾いをした安堵からか、やや緩慢な動作で辺りを見回そうとすると


「ちぇっ、良いとこばっか持ってくなよー!」


今のは僕だってどうにか出来たぞー!と光流の隣にいた少年が拗ねた様に口を尖らせ、『その人物』に話し掛けた。


其処に居たのはーーーまるで春の陽射しをそのまま集めたかの様な、柔らかな光を放つ亜麻色の髪を白い組紐で高元結に結い上げ、口許に浮かべた優しげな微笑みがとても印象深い、柔和な雰囲気の美しい青年だった。


少年は、青年につかつか近寄ると精一杯背伸びをして見上げ、詰め寄る。


「僕の遊びの邪魔すんなよな!夜叉丸!」


そうーーーこの青年こそ、先刻少年と同じく影より産まれ出でし、人形の一体。夜叉丸。


「それはそれは・・・余計なお世話をしてしまった様ですね。すみません、蜘蛛丸」


夜叉丸は、未だ口を尖らせ文句を言い募る角髪の少年ーー蜘蛛丸をまるで父親の様に優しく撫でると、ふと光流の方を振り返り、穏やかに告げた。


「お怪我はありませんか?」


苛烈な蜘蛛丸とは正反対に、あくまでも、何処までも穏やかな姿勢を崩さない夜叉丸。


「あ、ああ。ありがとう。あんたのお陰で助かったよ」


夜叉丸に礼を返す光流。

すると、夜叉丸は柔和な微笑みを浮かべたまま、言った。



「どういたしまして。大事に至らず良かったです」


穏やかに告げられた、その微笑にそぐわぬ優しい言葉に光流は思わず安堵の息をつく。

しかし


「これに懲りたら、2度と、人の秘密を探る等という下賤な真似はされませぬ様」



好奇心は、猫を殺すといいますから。

貴方も・・・二度目は、ないですよ・・・・・?



穏やかな微笑みとは正反対の、絶対零度の様な、ひやりとした冷たい声。


夜叉丸の言葉にーー笑顔の奥に隠された強い毒気と静かな怒りに、光流は背筋を冷たい滴が伝い落ちていくのを感じた。




ーーーーーいつの間にか、氷雨は既に上がっていた。

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