第9話現実(リアル)を侵食する虚構(フィグメント)②

葉麗の柔らかで凜とした、しかし明らかに強い敵意を含んだ声が響くと同時にーー闇より産まれし2体の人形は二方に分かれ、一体は警護役なのであろうか・・・護る様に葉麗の前に進み出、もう一体は光流の首を未だ強く締め付け離さない、彼の背後の少女に向かい、踊る様な驚異的な身軽さと素早さで飛び込んできた。


今や完全にただの人形等ではなく・・・目もあれば、鼻も口もある、立派な人間の姿となったそれの動きは正に『電光石火』という言葉そのもので。


人間に変幻した2体の内の一人ーー葉麗とよく似た、黒耀石を削り出して作りあげたかの様な艶のある漆黒の髪を両耳のあたりで紅紫こうしの組紐で纏め、下げ角髪みずらに結い上げた少年が強く地面を蹴り上げるや否や、まるで獲物を見つけた豹の如き跳躍力で、穂先が上がり片鎌となっている短槍を構えながら、目にも止まらぬ速さで少女に向かって頭上より突っ込んで来る。


少女は光流の首から手を離すと、勢いよく彼を突き飛ばすことで角髪の少年に対する囮にしつつ、鋭く光る穂先からの回避を図る、がーーー


「くっ・・・・・・!」


今一歩回避が間に合わなかったか、冷たいまでの白銀に光る刃は少女のーー光流を突き飛ばした際に伸ばされた右手の、肘の直ぐ下あたりから手の甲までを真っ直ぐに切り裂き、その先端からぽたぽたと紅の滴を滴らせる。


一方、光流はと言えば、圧迫されていた気道を急に解放されたことで、肺や喉に急激に大量の酸素が入り込み、上手く呼吸が出来ず、軽い呼吸困難に陥っていた。


激しく咳き込みながら、少女に突き飛ばされた衝撃でそのまま受け身すらとれずに地面に転がる光流。

その時、ふと、地面に触れた自分の右腕が妙に痛むことに気がついた。


何故だろうーーー。

一応、首を締められた以外には危害は加えられていない筈なのに、誰にも触れられていない右腕が、まるでナイフで切り裂かれたかの様に鋭く痛む。


光流がそんなことを考えあぐねていると、不意に頭上から場違いな程明るい声が響いた。


「あっれぇー?おっかしいなぁー。確かに心臓をぶっすりイッたと思ったのに!惜っしい!」


見上げると、何時の間に移動してきたのかーーあの角髪の少年が短槍を持った手を頭の後ろで組み、高下駄を履いた細い足を交差させ、光流の直ぐ隣に立っていた。


よく見ると光流や葉麗よりもかなり幼い少年ー恐らく小学6年生位であろうかーは、しかし、このピンと張り詰め、仮にも流血沙汰にまでなっているという緊迫した空気には余りに場違いなーー思春期前の男児特有の未だ声変わりのしていない高い声で、まるで遊戯ゲームでもしているかの様に明るく、楽しそうに言い放った。


「残っ念だなぁ~。意外とやるね、おねえちゃん!でも、次は逃げちゃ駄目だよ!僕がちゃーんと殺してあげっからさ!」


雲一つない青空の様に、無邪気で迷いのない少年の笑顔。


その表情と、放つ言葉の余りのアンバランスさに光流は眩暈と同時に、一種の恐怖すら覚える。


しかし、そんな光流の心の内を知ってか知らずかーーー少年は足下に力なくへたりこんだままでいる光流にも視線を落とすと、やはり、先程同様曇りのない笑顔で告げた。


「おにいちゃんは、あのおねえちゃんの次ね!順番だよ!あのおねえちゃんをぶち殺したら、次はおにいちゃんを八つ裂きにしてあげるからっ!」


約束!と己の小指をたて、その手を差し出して来る少年。


余りに無邪気に宣言された殺害予告にーーその、目の前の少年の異質さに、光流は、胸の内に込み上げてくる吐き気を感じた。


だが、少年はそんな光流の様子すら意に介さず、あろうことか勝手に光流の手を掴むと


「指切りげーんまーん♪」


そのまま己の小指と光流の小指を絡め、殺人の約束を交わしてしまうのだった。


(・・・・・マジかよ。美少女絞殺魔の次は、狂ったガキの殺人鬼か)


解放された自分の小指をまじまじと見つめ、途方に暮れる光流。


瞬間ーーーーー


「なっ・・・・・?!」


光流と少年の間を、何かが風の様な速さで通り過ぎた。


恐らく、とてつもない強い力と勢いで投げ飛ばされたであろうそれはーーこの墓所の起源等が克明に記されていた、あの銀の立て札で。


それは、目にも止まらぬ速さで光流の真横を掠めると、真後ろにあったコンクリートの・・・頑丈である筈の固い壁にいとも容易く、まるでコンクリートの壁が蒟蒻か豆腐ででも出来ているかの様に、深々と突き刺さった。


その立て札の通り過ぎ際のほんの一瞬、頬に小さな・・・しかし焼ける様な鋭い痛みを感じた光流が己の頬に手を当ててみると


「・・・・・嘘だろ・・・・・」


その手には、べったりと、頬から流れ出した赤い血が滲んでいて。





とてつもなく嫌な予感に胸の内を苛まれながら、光流が恐る恐る立て札が投げられたであろう方向を振り向いてみると、そこにはーー手傷を負わされた怒りに瞳を燃やし、憤怒の表情を浮かべたあの金の髪の少女が立っていた。

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