第7話凶相の彼女と不幸な僕の狂躁曲(カプリッチォ)⑥
ーーー再びの死刑宣告。
その内容とは余りに似つかわしくない、流麗な響きを伴い告げられたそれに、しかし、僕は反論はおろか動くことすら出来なかった。
何故ならーーその言葉を放った彼女の声音、表情、身に纏う雰囲気・・・それら全てが、全身で、それは思い付きの出任せや軽々しい気持ちで吐かれた嘘等ではないと示していたから。
だからこそ、僕は、あんなに抗おうと決めたばかりであるにも関わらずーーー反論の一つも言えず、無様に、言葉も無く、ただその場に立ち尽くしていた。
一体どれ程の時をそうしていただろうーーーー。
ふと・・・ぽつり、と頬に一滴の雫が触れた。
その冷たさに、僕ははっと我に返り、思わず空を見上げる。
すると、暗く冷たい、しかし何処と無く凛とした空気の、冴え返った真冬の夜空から小さな氷の粒の混じった雨、『氷雨ひさめ』が降り始めていた。
氷雨が降り始めたことで、辺りを吹くビル風はまるで氷で出来たナイフの様な鋭い冷たさを纏い、周りの気温もどんどんと下がっていく。
しかし、それとは正反対にーーまるで砂漠にでもいるかの様に僕の喉はカラカラに渇き、握り締めた掌は自分の汗でびっしょりと濡れていた。
早鐘を打つ様に鳴り響く自分の心臓の音が、自分の頭の中でも激しく鳴り響いて、とても五月蝿い。
(ーーー駄目だ、思考に集中しろ。考えるんだ。如何考えたって、こんなのおかしいだろ。そう、これは悪いジョークだ)
そこまで考え、改めて目の前の彼女を見てみるとーー彼女は、降り注ぐ玉霰たまあられにも一向に気にする素振りすら見せず、ただ、先刻と全く変わらない、静穏な海の様な穏やかさを宿した鮮黄色せんおうしょくの瞳でじっと僕を見つめていた。
互いに言葉も交わさず、視線だけを交わすこと数分。
必死に駆け巡らせた思考の中、ふと沸いてうまれた疑問を彼女に尋ねてみる。
「なぁ、結城さん。さっきから、僕が死ぬって、あんたは言ってるけど・・・なら、じゃぁ、僕は何で死ぬんだ?」
すると、彼女は、まるでそんな事を聞かれるとは全く思いもしなかったという様に、その切れ長の大きなーー猫の様な瞳を一瞬見開き、しかし、直ぐに何やら考え込む様に秀麗な目許に皺を寄せると、困惑した様な声音で告げた。
「・・・・・知ったら、後悔すると思いますよ?」
それは、先程から僕に一切の迷いや澱み等無く様々なことを告げて来た彼女が初めて見せた、『迷い』の表情だった。
今まで迷い無く凜然としていた彼女が見せた初めての迷いの感情に、一瞬、僕も戸惑い、後込みする。
しかし、同時に、胸や腹の奥から散々『死ぬ』やら『死期が近い』やら言い散らかしておいて、今更なんなんだーやはり、死ぬなんて冗談なんじゃないか。
そんな、理由のない強気な感情が沸き上がってきて・・・気付いたら、僕はそれをそのまま口にしていた。
「なんだ、言えないってことはやっぱり嘘なんだろ」
「・・・・・いえ、嘘ではないですよ。ただ・・・・・」
「ただ、何だよ?」
「・・・・・いいえ」
やはり知らない方が良いのでは。
先程までとは打って変わって、手の平を返す様に煮え切らない返事ばかりを繰り返す彼女の様子にーーそして、その、金の瞳に、『死』を目前にした可哀想な僕に対する憐れみのいろが見えてしまい、尚更、僕は声を荒げた。
「ほら、言えないってことはやっぱり嘘なんだろ。いい加減認めろよ」
いつの間にか、強い口調で彼女を突き詰めていた。
すると、僕の剣幕に圧倒されたのか、或いは根負けしたのか、彼女がやっと、徐に重い口を開いた。
「・・・・・分かりました。本当に後悔しないんですね?」
悪い冗談で人をからかう同僚を言い負かせたーーそんな気分で豪気になっていた僕は二つ返事で頷いた。
「ああ、勿論だ。当然だろ?」
どうせ全部あんたの出任せで、今見えているものもきっと新手のプロジェクションマッピングみたいなものなんだ。
そんな思いを口の端に乗せ、笑みを浮かべながら僕は彼女の言葉の続きを待った。
するとーーーー
「・・・・・貴方は、霊ーーしかも、性質たちの悪い悪霊に、とり殺されるんですよ」
ーーーー誰よりも残酷に、誰よりも苦しんで。惨たらしく、無惨に。
嗚呼・・・ほら、其処にいるじゃないですかーーーー。
彼女がそう告げた瞬間、氷雨より冷たいーー体の芯まで凍らせる様な冷たい何かが、僕の首筋に触れた。
ーーーー私を尾行つけようなんて思わなければ、こんな恐怖、知ることも、気付くこともなく・・・・・苦しみはするけれど、それでも、ただただ何も知らない内に死ねたのに。
「嗚呼・・・・・・・・お可哀想に」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーー『平たいらの 将門まさかど』。
聞いたことがある。
昔、学校の社会の授業で習った筈だ。
確か、何やら大きな反乱だか戦争だかの首謀者で、最後には打ち首にされたんじゃなかろうか。
そんな風に光流が昔の記憶を頭の奥底から引っ張り出しながら考えているとーー
「・・・・・お父様・・・・・」
まるで宝物の様に、墓石をさも大切そうに撫でていた彼女が、口を開いた。
(は・・・・・?あいつ、今何て言った・・・・・?)
必死に授業の内容を思い出そうとしていた光流は、思わず思考を中断し、彼女の様子を伺う。
(もしかして、此処って、この平将門って人以外にも、あいつの家族とかが埋葬されてるとか?)
そんな事を考えながら、彼女を見つめているとーーー彼女は徐に、肩にかけていたやや大きめなショルダーバッグの中からカップの酒ー焼酎だろうかーを取り出し、墓前に供えると、カップの蓋を開けながら、再び墓石に話し掛け始めた。
「どうぞ、お召し上がり下さいね、将門お父様・・・・・」
(将門、お父様・・・・・?!いやいやいやいや、ない!ないだろ!将門お父様ってお父様どれだけ前に産まれた人なの?!というかあいつそんな前に産まれてたの?!どんだけ婆ちゃんなんだよ!ってか有り得ないだろ!普通に考えて!何、あいつ。平将門の大ファン?それにしたって、『お父様』は危ないだろ。あいつ、あんなに危ないやつだったのか?とんだサイコじゃないか)
そう葛藤しながら、しかし、彼女の前述の発言から関わり合いになるのは危険と判断した光流は、彼女に気付かれない様そっとーー物音を立てずにその場を立ち去ろうとする。
しかしーーーー
「あら。随分と不躾ですね?折角墓所まで来たというのに・・・手も合わせていってくれないのですか?」
行きなり、背後から声を掛けられた。
思わず、つい反射的に振り返ると、そこには・・・・・
「ーーーっ??!」
夜空に煌々と輝く真冬の白く冴え渡る満月を背にーー悠然と腕を組みながら此方を見ている彼女と目が合った。
吹き荒ぶビル風が、彼女の髪を結んでいた唐紅からくれないのリボンを奪い去り、その夜の闇よりも尚黒いーー漆黒の長い髪を夜空に踊らせる。
その隙間から覗く瞳の色はーーーー金。
あの空に輝く星よりも鮮やかに、目映く煌めく金の双眸がーーまるで獲物を見つけた猫の様に、愉悦に満ちた輝きを宿しながら此方を見詰めていたのだ。
ーーーーー血よりも紅く、咲き誇る大輪の薔薇より鮮やかな、その紅緋べにひ色の唇に、真夜中に中天に浮かぶ三日月の様な笑みを浮かべながら。
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