第6話凶相の彼女と不幸な僕の狂躁曲(カプリッチォ)⑤

「は、ははっ!何言ってんだよ。彼ら?視える?訳わかんねー」


ーーーそうやって、僕は目の前の『現実』から目を逸らし、震える声で精一杯虚勢を張った。


「貴方は・・・・。ーーーそう。あくまでも、そうやって、『現実』を拒絶するのですね」


どんなに貴方が頑張って『現実』を拒み続けたとしても、今この目の前に在る『現実』は一切変わらないし、変えることは出来ないというのに。


彼女は、相も変わらず、天人が奏でる音楽の様な澄みきったーー綺麗な響きを伴った声で小さくそう呟くと、僅かに嘆息を漏らす。


そして、直ぐ隣に在った、背凭れ等ない簡素な造りの銀鼠ぎんねず色の石の椅子に腰を下ろすと、強いビル風に舞う漆黒の長い髪を押さえながら、僕を見上げ、こう告げた。


「貴方は、ご存知でしょうか・・・?世間で『霊感』と呼ばれている『能力』は、本来、人間ならば誰しもが産まれた時から持っているものなのだということを」


そこまで話すと、彼女は一旦言葉を止め、まるで反応を伺うかの様に、僕の瞳を深く見つめてきた。


その、まるで金箔を内包した蜻蛉玉の様に煌く瞳に宿る輝きはーーー先程までの愉悦に満ちたものとは違い、あくまで静謐。


打って変わった彼女の様子に虚を衝かれ、僕がその返答に戸惑っていると、彼女はその沈黙を勝手に是と受け取ったのか、続きを話し始めた。


「ただし、『霊感』が在るといっても、基本的に、殆どの人はその『能力』に目覚めることはなく、霊や妖あやかしの世界等知らず、ごくごく平凡に日常を過ごし、その生涯を終えていきます」


そこで、ですが、と再度一旦言葉を切ると、彼女はその晃々と輝く瞳で僕を見据えたまま、より一層静かなーーいっそ厳かとすら感じられる声音で続きを口にした。


「中には、ごく稀に、非常に例外として、『霊感』に目覚めてしまう方々がいます。彼らが目覚めるきっかけは様々で、未だしっかりとした原因等は解明されていませんが、例えば、交通事故や病気等死に瀕した体験をすることで、彼らと霊の間に存在していた壁の様なものが取り除かれ、病院等からの帰宅後、或いは手術直後等から、突如として霊が見える様になったというケースが世界各地で幾つも報告されています。・・・・・ですが、それらはあくまでマイナーな、ごくごく珍しいケースの一部であり、『霊感』に目覚めてしまった方々の大多数の要因は別に存在しています。ーーーそれは、その人に『死期』が迫っているということ」







ーーーー貴方が目覚めてしまった原因は、どうやら、この後者の様ですね。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 「なんだ、此処・・・・・。」


クリスマスムードに沸き立つ華やいだ街に背を向けて、真冬の空の下をひたすら歩くこと約5分ーー突如として、その場所は、光流の目の前に姿を表した。


濫立する都会のビル群の真ん中にぽつんと、まるで発展や、進んでいく時間から取り残された様に存在している其所はーーーー


「・・・・・・お墓?」


そう、其所は墓地ーーー誰かの墓所であった。


と言っても、お化け屋敷やホラー映画に出てくる様な荒れ果てたものではなく、誰かが管理をしているのか、墓石は遠目からでも分かる程綺麗に磨かれ、墓前にはちゃんと花も供えられていた。


防犯用の為か、明々と光る、墓所の中央に設置された街灯ーーその光に照らし出された墓石は一基のみ。


その墓石のもとに、彼女は吸い寄せられる様に近付いていく。


(まさか、あいつの目的地って此処なのか・・・・・?)


女子高生が夜に一人で墓場を訪れるなんて何ともホラー映画や怪談話に有りがちなシチュエーションだが、しかし、どうやら本当に彼女の目的地は此処だったらしく、彼女は持参してきた花束をまるで大切な人に贈り物を渡すかの様に恭しく墓前に供えると、その場に跪き、手袋を外すと、静かに手を合わせ、瞳を閉じた。


次第に、先程まで溢れんばかりの喜びを湛えていた彼女の端正な容貌が先刻とはまるで正反対のーー何とも言えない、悲しげで切なげな表情に変わり、いつの間にか彼女の固く閉ざされた瞼から溢れ出した透明な雫が、幾筋もその頬を流れていく。


そして、彼女は、まるで恋人の頬に触れるかの様にーーとても愛おしげに墓石に触れると、感極まった様子で呟いた。


「・・・・・遅くなってしまい、申し訳ありません。ずっと、お逢いしたかったです・・・・・。」


(もしかして此処って、あいつの家族とか、友達の墓なのか・・・・・?)


光流は、彼女の余りに真剣で、それでいて何処か切羽詰まった様な悲壮なその表情に、女性の泣き顔を盗み見てしまった罪悪感もあり、やや目線を下に落とすと暫し黙って後ろからその様子を見守っていた。


すると、不意に頭上から光が射した。

空を覆っていた雲が風に流され、月が顔を出したのだ。

今夜は見事な満月。

その光に照らされて仄かに輝く、金属で出来ているのであろう銀色の立て札が光流の目に入った。


(なんだろう・・・・・?)


思わず近寄ると、其処にはこの墓所についての起源や由縁が詳しく記載されていた。


光流は羽織っていたダッフルコートのポケットからスマートフォンを取り出すと、その明かりを近付け、読んでみる。




「平たいらの 将門まさかど公墓所・・・・・?」

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