第5話凶相の彼女と不幸な僕の狂躁曲(カプリッチォ)④

『現実』の『定義』とはーーー即ち、『己が目で見、それらが実際に其処に存在していると認識したもの』か、或いは『己が耳で聞き、それが周囲に確実に実在していると理解したもの』か、はたまた或いは『その手で触れ、存在や温もりが確かに実感できるもの』なのかーーそれとも或いは、これらとは全く違う、誰もが思いもつかない様な新しい手法なのか。


この様に、『現実』の認識に対する『定義』というものは、千差万別、人それぞれーー人の数程存在している。


では、僕の『現実』の認識に対する『定義』というものは一体何なのかーーーー。


それは、『自分の目で見』『この耳でしっかりと聞いたもの』であると言えるだろう。


つまり、幾ら目の前に『非現実的で全く以て日常的には有り得ない信じ難い光景』が広がっていたとしても、それが何の音や声も伴っていなければーー僕にとっては、それは『現実』ではないと言い切ることがーーーーそれを言い訳にして逃げ切ることが、出来るのだ。


それは、今、僕の眼前に広がる非科学的な光景に対しても有効な訳でーーー。




「もしかして、今、こんなこと有り得ない、とか思ってます?」




彼女の華やかで、それでいて、まるで銀の鈴を掌でふるわせたかの様に透き通った声が降り、再度、僕の思考は中断される。


その声に、ふと目線を上げるとーーー彼女の、夜空を照らす月の光を全て集めたかの様な、赫耀かくようと輝く金色の眸と視線が交差した。


清逸な眼差しは、しかし、未だ愉たのしげに細められたままでーーーー。


そのまま、彼女は僕から視線を外すことなく、歌う様に軽やかに言葉の続きを口にする。



「例え、貴方がどんなに現実を拒否し、目を背けたとしても・・・・この現実は、変わらないのですよ?」



高く清々しい声が突き付ける、容赦ない現実ーーーー。


「貴方には、『彼ら』が視えている・・・・・。そうでしょうーーーーー?」


そうーー本当は、理解わかっている。

否、先程から理解わかっていたのだ。


信じられないが、目の前で繰り広げられている『この光景』が、『現実』であるということがーーー。


しかし、もし、『この光景』を認めてしまったら、僕はーーーー僕の今までの日常は、きっと、まるで砂上の楼閣の様に脆くも崩れ去ってしまうと思うから。


ーーーー今までの僕が知っていた、あのありふれた、何の変哲もない、平凡で人並みで、しかし、愛しくもある日常に、帰れなくなってしまうと思うから。






だからーーー僕は、まだ、抗うことを決めたんだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 地下のエントランスからオフィスビルに入り、エントランスホールの正面にあった地上と直結している長いエスカレーターに乗って、そのまま外へ。


するとーーーー。


「凄いな・・・・・」


光流は、思わず息を呑んだ。

何故ならばそこにはーーーー130万球以上もの目映いシャンパンゴールドの電球が、通りの両脇に並ぶ背の高い街路樹達を飾り、煌々と輝いていたのだ。


「そっか。もう、そんな季節だっけ・・・・・」


そう、折しも今は12月ーーーー近付くクリスマスに供え、街全体が華やかで美しいイルミネーションで彩られる、そんな季節だ。


そう言えば、高閣の建ち並ぶオフィス街としてのイメージが強いこの大手町も、数年前から街路樹や大通りのイルミネーションの飾り付けを始めたとテレビのニュースで話していた覚えがある。


(まさか、このイルミネーションが目的、とか・・・?)


ニュースでは、確か、この近くにある丸ノ内ビルディングではイルミネーションだけではなく、今流行りのプロジェクションマッピングで『クルミ割り人形』のショーや、そのショーを基にした7メートル以上のきらびやかなクリスマスツリーを見ることが出来るとも話していたっけ。


煌くイルミネーションに目を奪われつつ、そんなことをぼんやりと思い出しながら、光流は彼女の後を追う。


しかし、目の前を行く当の彼女はーーー燦爛さんらんと輝くイルミネーションには一切目もくれず、寧ろ、イルミネーションで彩られた華やぐ道とは正反対の、ひんやりとした夜の暗がりが広がる方向へ歩を進めて行くのだった。


職場の同僚として一年近く彼女と時間を共にし、表面上ではあるかもしれないが、それでも、少なからず彼女の人となりを知っている光流にとっては、彼女のこの行動は予想の範囲内というもので。


(まぁ、やっぱりな・・・・・)


こいつ、こういうのに興味を持つ様なやつじゃないもんな。


光流は口許に苦笑を浮かべつつ、ならばーーやはり、彼女の心をこんなにも高揚させる事象とは、一体何なのだろうか、と思いを巡らせるのだったーーーー。

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