第40話 作動
隠し部屋には、冒険家が歓喜するような宝物もなければ、残念がるようなガラクタもなかった。要するに何もなかった。
ただ地下室と違って、部屋全体が石ではない材質で覆われていた。
「あやつが言っておった、彼らの貸してほしい何かがあったのではないか?」
「いや、何か持ち出した形跡すらない」
イシュトスの疑問を、中を調べて出てきたウォルフは否定した。そして、入っても良いぞ、と親指で示す。罠のたぐいもなかった。
何もないというのに、レクセンは遠くから覗いているままだった。
母娘なのにこの正反対の性格は不思議なものだ、と思わずにはいられない。
(それに、いい潮時かもしれん)
大胆というより猪突だったロクシアには行き止まりなどないに等しかったが、引き際を誤ったことは何度もあった。
ならば、間に合ううちにケイとレクセンを帰し、自分はショーンの無事を確かめにいくことも可能だ。
そう考えていると、レクセンが恐る恐る歩を進めて中に入った。続いてイシュトスとケイも入った。
「特に何もな――っ!!」
突然、隠し部屋の光がすっと緑色に変わり、いきなり扉が閉まりだした。
ウォルフは胸と背をこすらせながら、ぎりぎり身体を滑りこませた。反応していたケイが腕をひっぱってくれなければ、脚を挟んでいたかもしれない。
扉は指先も引っかからないぐらいぴったりと密閉して、光が元に戻ると同時に、密室がかすかに振動した。
「う、動いてる?」
妙な自重のかかり方にレクセンは咄嗟に口に出た。ケイが真下でも真横でもなく、斜め下に指を向けた。
自分の方向感覚が間違ってないとホッとしたのもつかの間、摩擦音やぶつかる音がして、速度と振動が一定でなくなり、不安の方がどんどん膨らんでいく。
隠し部屋ではなく昇降機のようだ。
発掘部にある、大陸屛風の高い崖の上や、深い谷の下に行くためのものと一緒だ。あのルテラの主塔にもとても巨大な昇降機があると耳にしたこともあった。
だが、どっちも乗ったことのないレクセンには、身体が傾いていくような感覚がして、かどに背中をピタリとくっつけて柱みたいに固まった。
イシュトスも顔を引きつらせて、腰のひけた体勢で固まっている。
「な、なんでそんな平気なの?」
ウォルフが平気なのはわかるが、ケイも平然としていた。
ケイが平気なら自分も平気だと思い込んで、背中と壁を離そうとしたとき、ガタンと昇降機が傾いて、急停止した。
レクセンは膝から崩れて座り込み、目をつむった。
だが予想と違って、昇降機ごと転がることもなく、カン、カン、と天井に何かが落ちる音だけが聞こえた。振動も一切止まっていた。
「これは見抜けなかった、すまない」
さすがにウォルフを責めれはしない。罠というよりは自動的に動いたようだった。
何故作動したのか、という疑問もレクセンの中ではあまり重要にはならなかった。イシュトスが入ると動いたように見えたから、テーベン人に反応する仕組みに違いないと予測を立てた。それが可能な技術という方が注目すべき所だった。
閉じ込められたことも心配だったが、ウォルフがすでに床面の非常用の出口を見つけていた。
昇降機の外は思った以上に急な角度の穴だった。光はあるものの、最低限の明るさしかなく、突き当りが見えない。
昇降機が止まった原因は、穴全体を輪切りしたような亀裂が走っていて、劣化していた線路が割れていて、車輪が脱線。していた。
最悪なのは、崩れかけた穴を傾いた昇降機で蓋をしてしまい、上に戻る道がなくなった。隙間はあるものの、人の力ではどうしようもなかった。
「おそらく断層みたいだけど、割れ目は相当古いみたい。広がってる様子もないと思う。・・・たぶん」
レクセンは、腕が入りそうな幅の裂け目に顔とランタンをうんと近づけて観察した。他に上へ抜けられる方法を探していたのに、ついついこっちに気が向いていた。
「さすが発掘部」
ウォルフが言う。こんな事態なら嫌味や皮肉にも聞こえそうだが、そうじゃないと分かるのは彼の一言だからだ。
ショーンやロクシアだったら、こうして素直に受け取れないだろうな、とレクセンは肩をすくめてウォルフを見ると、彼の肩の上にケイが直立していた。
ケイが不意に飛び降りても、ウォルフがしっかりと抱きとめる。ケイもお尻から落ちるような抱きとめやすい体勢を作っていた。
二人はあまりに当たり前の様子だったが、レクセンにはお互いの信頼感の大きさを感じ、少しうらやましかった。
ちょうど、昇降機内を調べていたイシュトスも出てきて、全員が顔を見合わせ、同じように首を横に振る。やはり上に戻る道はなさそうだ。
「ウンともスンとも言わん」
「仕方ない。下に降りよう。まず何よりも探すのは――」
「出口ね」
「ああ。単独行動は――」
「しやん」
息の合った確認をして、一同は慎重に下に向かった。
壁と天井は一定幅の凹凸が交互にあり、巨大な蛇の化石のあばら骨を内側から見上げているようだった。滑車の太い線路が脊椎だ。
一見頑丈そうだが、細かいひびが広がっていて、カビがほぼ全体を覆っているようだった。
昇降機から出てすぐは感じなかったが、空気がかなり冷たい。端にある狭い階段を降りていても身体が全然温まらなかった。
ただ、階段には足もとに明かりがあって、踏み外す心配がないのは、非常にありがたかった。
時間にして、昇降機と徒歩が半々くらいにさしかかったとき、行き止まりが見えた。停止する昇降機の分だけ平坦になっている。
正面の両開きの扉は開かなかったが、すぐ横の窪んだ箇所の扉は開きそうだ。
力仕事はウォルフが常なのだが、今は警戒役のため、ケイが開ける役を担う。
扉の錆びついた取っ手はとても固いようで、ケイは壁に足をつけて、全身を使って引っ張った。
イシュトスとレクセンが手伝って、三人がかりでようやく開けた先は、通路とも言えない短い空間をはさんで、また扉があった。
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