第39話 接触



奴らは地下にある機械の一部を貸してほしいと頼んできた。

自分たちが探している物を見つけるための装置に用いるとか説明したが、私は奴らを天守堂に入れることすら毛頭なかったので断った。

すると、奴らは機械の部品のようなものを差し出してきた。

そして言った。これは《目》と同じ役割をもち、簡単に身につけられるものだ、と。

私の人生において、この時ほど衝撃が走ったことはなかった。本当かどうか疑うよりも先に、気持ちが大きく傾いていた。

だが、三十日という使用期限があり、使用した後は《目》による再充填が五日ほど必要ということだった。

それでも、それでもだ。ここからルテラはおろか、イフリウスまでも行くことが可能となるわけだ。雲泥の差でもまだ言い足りないほど世界が広がる。

いまもまだ手の震えが止まらない。これを手にするだけで呼吸が早まる。



紙をめくるイシュトスの手も心なしか震えているように見えた。



部品は、眼鏡のツルの先のように両耳にかける二つ一組のもので、耳に穴をあけて固定するという。

金属のようだが軽く、細いわりに弾力もあり、力を込めない限り折れそうにはない。耳に当ててみても、特に違和感なども感じない。

私は迷いはあるが、これを試すことにした。奴らを信用してのことではない。

断り続ければ、奴らが力ずくでキーダイを従わせる手段に出るだろう。その懸念から信用するのではなく、単に己の運命を賭けてみたくなった。私はこの濁りきった澱の中で終わりたくない。

もし先人たちのように廃人になることなく、この運命を乗り越えられたなら、キーダイだけでなく、テーベンの未来すら変えられる。

私にとって、明日はとてつもなく長い一日になるだろう。



素晴らしい。言葉にならない。思い出す度に昂って仕方がない。なんでもできそうな全能感まで満ちていくようだ。

私は内の森でなく、外の森でまる二日過ごした。得意な狩りで、何の成果も獲られなかったのは初めてだったが、そんなことは問題じゃない。

いまのところなんの異常もない。制限つきだとしても、とてつもなく世界が広がった瞬間だ。

遠い地で果てた祖先も無念を、私が晴らす時がきた。



私は彼らを受け入れると決めたが、キーダイの決断はまた別だ。

おそらく、いや、確実に彼らを許すことはないだろう。

そこで、まずは行商だけの関係という形にして、私が動くことにした。賛同者を増やすことも私なら簡単だ。

そうする間に、彼らは自分たち扱える機械の説明や、失った機械技術を探していることなどを教えてくれた。

失ったと言っても、彼らは私たちよりも多く知識を伝え残しており、同じテーベンとして情けなく思う。



イシュトスがまた一枚めくったとき、随分日付が空いたな、と一言挟んだ。



ここにきて、計画にかなりのズレが生じている。

彼らには、私たち以外にも協力者は多いようで、特にルテラとも深い関係にあるという。そのうえ、イフリウスの調査団と交渉していると聞いたときは、さすがに驚いた。

しかしそもそも、遺跡で盗掘者どもに調査隊を襲わせたときに同行すればよかったのだ。

たしかに調査団の素早い反撃は想定外だったが、彼らの装備なら蹴散らせただろうに。

ボタンの掛け違いのようなズレはそこからだ。

調査団にあったであろう鍵は、どういうわけか、ルテラで見つかった挙句、ルテラの協力者の下っ端が勝手に強奪に動いたという報せを受ける羽目になった。

まったく、ルテラの連中の身勝手さには反吐が出るが、それでも彼らは表立って行動したくないようで、後手に回らざるを得なかった。

この数か月、彼らを見てきたが、機械の扱いと装備は優れているが、人の行動に予測を立てるのはいまいちのようだ。

彼らが目的を達したあと、自ら立って歩く方法も探しておかねば、ルテラのようにただ言いなりになってしまうかもしれない。



最後の一枚は、一文だけで終わっていた。



なんてことだ。きっと運命と女神が私に味方しているに違いない。



クラクスの手記を読み終え、四人とも言葉が出てこなかった。

襲撃事件に始まったこの一連の事件の真相だった。まだ目的や詳細は不明だったが、大筋は理解できた。


レクセンは複雑な気分だった。

真実が分かってすっきりしたことと、彼らに翻弄された挙句、目的の物を手元に届けにきてしまったという憤りとが、ない交ぜになっていた。

けれど、どうしようもない混乱には陥らなかった。ここ数日、突拍子もないことがありすぎたせいで麻痺しているに違いない。


「あやつ、同志と呼んではいたが、そこまで盲目に信用しているわけではない、ということか」

「最後の、ルテラのように、とは?」

「わからん。この一件と同じようにモヤへの対抗手段を餌にされて取引しているのかもしれん」


ロクシアやショーンなら何かしら知っていたか、断片的な手がかりを上手くつなぎ合わせて、的確な推察をしていただろう。

レクセンが途中でエブラーグに戻らなかったのは正解だったが、同行者が自分とケイなのは不十分だった、とウォルフはほぞをかんだ。


「ふー、しかし真実というのは、思いのほか老体に堪えるものよ」


イシュトスはすぐそばの台に腰かけ、汗で湿ったひげを袖でぬぐった。

その時、高い電子音が鳴った。

むおっ、と声を上げながら跳び上がってよろめくイシュトスを、ケイが支える。


制御盤の装置が一斉に赤く点灯し、機器全体が唸るように鳴り始めた。

しばらくして、赤い光が、順々に暗い緑の光へと切り替わっていく。所々壊れているのか点灯しない部位を除いて、すべて緑になると駆動音が低く小さくなった。

すると、古くなってガタついていた部分が振動でカタカタ鳴る音の方が聞こえてくる。


ひょい、とケイが入口から頭を出して小部屋を覗いた。

その頭が鷲づかみされて引っ込むと、代わりにウォルフが半身を出した。

爆発の予感がしたウォルフが、即座に皆を部屋の外に引っ張り出したのだ。予感がはずれたことに一旦胸をなでおろし、小部屋に戻った。


「あ、あの、ウォルフ?」

「む、すまん」


下ろされたレクセンは、めくれ上がった裾を直しながら、まだ警戒心を解かないウォルフを見あげた。

ウォルフは冷静のように見えて、自分を脇に抱えているのも忘れるほど慌てていたようだ。胸を押しつぶすように抱えていたなんて、全く気づいていないだろう。

潰れるほど立派なものじゃないけどね、と余計な自嘲は忘れない。


「一体なぜ、起動したんだ?」


イシュトスがふらふらと制御盤に近づいた。緑の光のせいで、奇妙に青ざめた顔色に見えた。


「合言葉?」


ケイの思いつきを、いや、とイシュトスはさらりと否定した。シュンとする彼女も目に入っていない。

レクセンも、イシュトスの疑問の答えを探すように制御盤をじっと見つめていたところ、何気ない違和感を覚えて、自信なげに指差した。


「その・・・真ん中のたいまつ、おかしくないですか? 金属みたい」


近くによって調べたイシュトスとウォルフは、ひとつ顔を見合わせると、ウォルフは離れながらケイとレクセンの前に立ち、肩にかけていた連弩を手にした。

イシュトスが一つうなずいて、たいまつを下に引っ張ると、ガコンと作動した。女神像の台座が動いた時とは違い、重たい機械音がして、壁が左右に割れた。



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