第38話 地下



出来る限りの準備を整えて、長衣を脱いで動きやすい服装になったイシュトスが最初に降りた。

はしごは短く、下まで降りた彼の頭頂に手が届きそうな高さだった。

階段がある、とイシュトスがランタンを向けて言い、一段一段慎重に下に向かう。

次にケイがするっと穴に身体を滑りこませるように降り、レクセンがウォルフの手を借りて降りる。

最後のウォルフが押し込んだ台座を穴の下から戻した。閉じられる取っ手があることを考えると、身を隠すための地下のように思える。

これ以上キーダイの住人と揉めたくないので好都合だった。


階段はらせん状で、人ひとりの肩幅ほどしかなく、高さもぎりぎりだった。空気は冷たくよどみ、古びたほこりやカビの臭いがする。

レクセンは、監禁されたあの時の暗闇を思い出し、ぶるっと身体を震わせた。

前にケイがいて、背後にウォルフいるんだ、平気平気、と自分に言い聞かせる。


螺旋階段を降りきると、短い通路があり、扉があった。降りた段数からすると、地下三階ぐらいだ。

扉を開くと思ったより広い部屋があった。天守堂と似た円形の造りで、扉のない仕切りがいくつかある。

木箱、布やら麻袋にはほこりが厚く積もり、部屋のいたるところに蜘蛛の巣が幕やツタのように垂れていた。

放置されてから相当時間が経っているのは一目瞭然だが、先に降りたイシュトスが足跡を見つけていた。


「何度か往復しているが、一人分だ」


部屋に入って自分たちが床を荒らす前に、ウォルフが足跡を入念に調べる。

それから、地下の間取りの調査に入った。ぐるっと一周できる構造で、下への階段がひとつあった。今度は女性陣、男性陣の二手に分かれて、目ぼしいものを捜索することにした。


目ぼしいものと言われてもレクセンは困った。ここにある全て、この地下室そのものが価値あるもので、まるごと持って帰りたいくらいだったからだ。

腕を組んで、何を探すべきか考えていると、隣の部屋で、ぶう、ぶうとケイが息を吹く音が聞こえる。おそらく蜘蛛の巣が顔に引っかかったのだろう。

笑いそうになってうつむいたとき、靴に見たことのない虫が這っていたので、思わず足首を振って、虫を飛ばした。

極端に苦手ではないが、身体にくっつかれるとゾッとする。もし首筋に落ちてきたら、気絶する自分しか想像できない。


(光が苦手だといいんだけど)


レクセンは灯りを上に下に、忙しなく動かしていると、最初からあった足跡に光が当たった。

まずはこの足跡を追ってみることにした。

誰かが出入りしていたと分かったとき、レクセンは足跡の主をクラクスだと考えた。クラクスという人物をそこまで深くは知らないため、印象と勘に頼った考えであったが、間違っていない気がした。

足跡を追うと、別の部屋の背の高い棚にあたった。レクセンは下の引き出しから順に調べる。調べた後一つ一つ閉じてしまうのは几帳面さゆえだ。


取っ手が折れていたり、歪んで開かない引き出しを抜かして次の段を開けると、真新しい紙を数枚見つけた。テーベン語で書かれていて不明な単語が多いが、かなり気になる。

レクセンは紙を手帳にはさみ、残りの引き出しと他を簡単に探ったが、同じような紙は見当たらなかった。

とりあえず、これをイシュトスに見せてみようとケイと一緒に下に降りた。


下の階はもっと広い一室で、大きな円卓があった。奥にも部屋があり、簡素な二段寝台がぎりぎりの間隔で設置してあった。

物置のような上の階と違い、人が過ごした形跡に、レクセンは寒気が走った。


(もし干からびた死体とかあったらどうしよう。大量の虫がもぞもぞしてたら、もう駄目。さらにその死体が動き出しでもしたら、完全にお終い。発狂しちゃいそう)


ありがちな空想力を働かせながら、扉が開いていた隣の部屋にイシュトスたちがいた。今までのどの部屋よりも小さいが、一目で重要だとわかる部屋だった。

空想もどこへやら、レクセンは唖然とした。

まるで幾何学模様の巨大絵画のように、計器や調節つまみ、大量のねじと色とりどりの導線や金属箱が隙間なく列を成していた。


「《目》の状態を見張る制御盤に似ているから、関係あるものだと思うが・・・。そもそも電源が入らん。壊れていたとしたら、わしには直しようがない」


イシュトスはそう言ったものの、ひとつの希望を感じていた。

この地下を時間をかけて調べれば、何を制御するものなのか、そして操作や修理する方法もわかるかもしれない。

そうすれば、《目》の制御装置を修理できる技術を身につけられるし、代用できるものも色々ありそうだ。

劇的な解決策ではないが、イシュトスには大きな収穫に思えた。


「これ、少し気になったので見てもらえませんか?」


レクセンから紙を受け取ったイシュトスは、目を細めて肘を伸ばすが、それでも読みにくくて、顔ごと灯りに寄った。

文章に目を走らせたイシュトスの顔が強張った。そして、咳払いをひとつして文章を読み始めた。



奴らの言っていたことは本当だった。

まさかこんな地下が天主堂にあったとは。かなり古いが、見たところ、人が暮らせるようだ。もしかしたら避難場所なのかもしれない。

村長やイシュトス導師はここを知っているのだろうか?

知っていたら、私にも知らせているはずだ。だが、老人どもの考える事だ。いざという時、自分らだけが避難できるようにするためにも思える。

ここは村の人間全員が入れるほどの広さは無い。

確かめてやりたいが、それよりも、なぜ奴らがここへ入るための鍵を持っていたのか、そっちの方がよほど重要だ。

我らと同じテーベンだと言っていた。たしかに見た目も似ているが、得体がしれん。



一枚目を読み終えて、イシュトスは険しい顔を横に振った。地下室の存在は知らなかった、と訴えていた。

レクセンは信用した。避難所ならば、定期的に管理していたはず。

けれど、地下室の状態からすると、かなり長い間人の手が入った様子がない。


「それを書いたのは、やっぱり・・・」

「ああ、クラクスに違いない」


イシュトスが断定する。

レクセンは、他にも質問したいことがあったが、続きが気になる。それはイシュトスも同じ気持ちのようで、すぐに二枚目を読もうとした。


「待ってくれ。どうした、ケイ?」


制止したウォルフが急にケイに問いかけた。ケイ自身も、あまりに唐突に話を振られて面食らった。

何か言いたい事あると察する鋭さと、話の持っていき方の下手さは実にウォルフらしい。

注目されたケイは、おずおずと意見を出した。


「えと、ここ避難するとこてあったけど、でも、ややこうて狭ぁて暗ぁて、あかんのやない?」


まだケイ自身も整理しきれてなかったようだが、言いたいことは理解できる。

入口を開くのに何かと手間がかかり、急いで避難するには狭すぎると考えたらしい。レクセンも同意見だった。


「どうだろうな。もともとあの棚が本棚で、仕組みを理解していれば本を入れ換えるだけで済む。それに、モヤを浴びたとしてもすぐに異常を起こすわけじゃないからな。緊急というよりは、一時的な避難所というのが正しいかもしれん」


イシュトスの真っ当な見解に、レクセンは納得したが、ついでに思ったことを聞いてみた。


「そんな重要な場所のに、なぜイシュトスさんは知らなかったんですか?」

「・・・おそらくだが、クラクスの書いたことに真実があるのだと、ワシは思う。つまり、全員で避難できない場所のため、かつての長かそれに近い者が自分たちだけ避難できるように極秘にしたんじゃないかな。それが全てとは言えんが」


イシュトスは先祖を悪しげにしたつもりはない。テーベンが生き残るためにそういう判断をせざるを得ない状況が過去にあったからだ。

ともかく続きを読むぞ、とイシュトスは紙をめくった。



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