第37話 解答



大窓の色彩模様は四大要素を象徴したものだった。

その下部に円枠があり、枠内は幾何学模様で、特に何かの形を模しているわけではなかった。

ただ、まるでガラス玉の気泡のように色のない部分が見られた。失敗というよりは、製造過程で生じたものをそのままにした芸術と言えなくもない。

だが、どの円枠にも必ず四か所ずつ気泡があった。


四枚すべて調べ終えたケイは、転がるような速さで階段を降りてきた。

そして、床に座り込んでいたレクセンを引っこ抜くように立たせて、手帳を鼻先に突きつける。ケイが描いた図は、線が歪んで、形が崩れて、なんとか判別できる出来だった。


大窓の色のない部分の位置は、四枚それぞれ違っており、星図をかざして光を透過させたとき、それぞれ季節に応じた星座が、四つ照らされる仕組みになっていた。


「なんと、そんな仕組みなぞ知る由もなかった。皆素晴らしい慧眼だ。調査団とはこうも優秀な人物が揃っているのだな」


イシュトスは掛け値なしの称賛を三人に送った。

レクセンは、謎を解いたのはケイとウォルフで、自分は何もしていない、と内心で異を唱えた。


「リックが、答えがある言うたから」

「この手帳があったからこそだ」


当の二人はレクセンのおかげだと、逆に答える。

たしかに答えがあると言ったが、それはこの天守堂と遺跡が姉妹建造物だと思っただけで、こんな展開はまったく想像していなかった。

たしかに大窓は模様がそれぞれ違っていたから並べて描いて見比べようとしていたが、まさかそんな手がかりがあるなんてまったく疑いを持たなかった。

明らかな過大評価と誤解を解くために言い訳したくなる。


しかし、イシュトスが法則に従って、早々に星座を選んでいた。言い訳をして、この順調な流れを途切らせたくなかった。


「分かり易いもので助かった」


浮かび上がったのは、ヘビ座、ワシ座、射手座、天秤座の四つ。

イシュトスはまず間違えようのない三冊を手に取った。


『鷲の生態』 『ヘビ毒の研究』 『裁きの秤』


三人に一冊ずつ手渡して、自分が取るべき本を選ぶ。

残るは射手座。星図の絵を見れば上半身は男性で、下半身は馬だ。

星座と本が一致していないのは、女性の姿の星座ばかりだったため、消去法で『馬と狩りと音楽と』が残った。

最後の一冊を手に取る瞬間、イシュトスはごくりとつばを飲み込んだ。

そして、四人はただうなずき合って、示し合わせたようにおのおの別々の棚に向かった。


レクセンは棚を前にして、ひとつ大きく深呼吸したが、胸の高鳴りは全然治まってくれなかった。

震える手で本をくぼみにそっと差し込んだ。

レクセンは無意識に、《嵐の目》を見上げていた。つられてケイが、イシュトスが顔を上げる。

先ほどの、回転が遅くなるというような目に見える変化は起こらない。

順番まで正確でないとダメなのかな、と思ったとき、ガコッ、と何かが外れるような小さな音を耳にした。

レクセンはどこから聞こえてきたかわからず、他の三人に順々に顔を向けていったが、首をかしげる仕草しか返ってこなかった。


変化に気づいたのはイシュトスだった。

女神像の台座の裏に、見たことのない継ぎ目を発見した。

わずかにへこんだ部分を押すと、ズズ、と奥にずれて、継ぎ目からほこりが漏れ出た。

思わず手をひっこめたイシュトスだったが、ウォルフが手をついたので協力して再度押した。そこまで重いものではなく、最後まで押し続けると、真下に穴が現れた。石を削ったはしごも見える。

しばらくの間、誰も一言も発さず、金縛りのように暗い穴を覗いていた。最初の一言はウォルフだった。


「天守堂に地下室は?」

「・・・いや、ないはずだ。ニクラウ導師、前導師から引き継いだ知識にも、なかった」

「これ、女神の棺なん?」


単純なケイの質問に、驚き固まっていたイシュトスがぎょっとした。

レクセンに偉そうな問いかけをしておきながら、特に何の疑問ももたず、好奇心の赴くままに開いてしまった。まさに神話物語の筋書き通りで、好奇心に負けた一人の人間が、まさか自分だとは夢にも思わなかった。

代わりにウォルフが答えた。


「降りてみないとわからん」



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