第35話 覚悟



レクセンとケイは、イシュトスを手伝って、同じ印がある本をかき集めた。

その間、ウォルフは寝転がっている住人たちを小部屋にまとめて放り込んだ。そして、扉の取っ手に槍をくくりつけ、椅子を挟み込み、ちょっとやそっとでは開かないようにした。

モヤの煙幕を受けた連中はおおかた立ち直っていて、扉の向こうから口々にののしってきた。


「お前たちは、己がしでかした事の重大さと、今後どういう処分が下るかわかっているんだろうな」


イシュトスが一言告げると、途端にしずかになった。


「まったく、情けないやつらめ」


重たいため息をついて、持ってきた書物のほこりを丁寧に払って、書物と一緒に持ってきた簡素な木の台に並べた。


「天守堂の物を外に持ち出すことを禁止しておるから、これで全部なはずだ」


並べられた書物はすべて大きさも厚さも同じだった。

固い表紙の縁や角はほころび、装飾や文字の金属箔ははがれていた。

だが、持って開いてみると、古い本にもかかわらず、落丁の心配はなさそうなほど頑丈な装丁だった。

紙も、どれだけ古いものなのか測りかねるほどなめらかで、紙独特な匂いがうすい。


これだけでも不思議だったが、さらに、仕切りのくぼみだと思っていた箇所に、一冊分がぴったり当てはまった。

これはきっと、正解があるに違いない、と期待できた。

しかしながら、棚が四つに対して、書物は全部で十六冊あった。組み合わせの数はおそらく万単位で、手あたり次第で正解を見いだせるほど甘くない。

レクセンはまず、題名を書き出した。


『ヘビ毒の研究』

『少年とこぐまの森あそび』

『馬と狩りと音楽と』

『鷲の生態』

『島くじらの伝説』

『妃たちの法螺くらべ』

『七つ目の種族』

『喋る船の航海録』

『大獅子狩りの巨人』

『双生崇拝の起源』

『生け贄の美姫』

『裁きの秤の秘法』


童話から研学まで部類が幅広く、題名だけでは共通点はわからなかった。内容まで知りたいところだが、本の厚さからすると、一冊でもかなり時間がかかりそうだった。


「イシュトスさんは、これ全部読んだのですか?」


試しに聞いてみると、イシュトスは一応肯定した。


「一通りはな。だが、内容のすべてを覚えているわけでもないし、特別だったという記憶もない」


それはそうだ。

レクセンも、いままで読んだ本の中で数冊を適当に選んで、内容を完全に話せと言われても、一冊すら怪しい。

だが、何かを探し出すという今の意識で読めば、また違ってくるはずだ。一日二冊だとして、四人で手分けすれば二日。たった二日だ。

レクセンは、けっこう現実的な時間に感じられた。ケイを見て、イシュトスを見て、最後にウォルフを見る。この面子ならやれる気がしてくる。

すると、ウォルフが困った顔で首を振った。


「そんな時間はない」


考えを完全に読まれたレクセンは、赤らむ顔をひっこめた。

ウォルフにしてみれば、洞察するのはたやすい。

レクセンは、とにかく真っ直ぐで読みやすい性格だ。自分ではひねくれてると思い込んでいるところもまた、分かり易い。


そして、レクセンは方法が浮かばないと、良くも悪くも正攻法を選びがちだ。

労力と時間をかける事をいとわないひたむきさは立派だが、いまは適切ではない。

ここは、ショーンの力技でもロクシアの発想でもなく、ヒューデイツの効率的な思索だ。

あいつならなんと言うかな、とウォルフがじっと考えていると、イシュトスが案を出した。


「単なる推測だが、手がかりは遠くにあるとは思えんのだ。わしらはこの村を出られん。まずはこの天守堂内を探してみてはどうだろう?」

「良い案だ。ケイ、イシュトスと行け。俺はレクスと、二手だ」


ウォルフが手ぶりで指示すると、イシュトスは承諾した。


「わしらは外廊と内廊の方を回ってみる。ここは君らにお願いしよう」

「わたしたち、よそ者ですよ?」

「いいさ。そういう心配をするなら、どこを探すのも同じだ。君らの節度を信用しておる。だが、上階に行くときは注意してくれ。《目》もあるんでな」

「わかりました」


レクセンの良い返事に満足して、イシュトスはケイを連れて中央の間から出ていった。

レクセンは、まず上階へあがることにした。上から見下ろしてみれば、何か新しいものが見えるかもしれない。

周囲を見回しながら、螺旋階段をゆっくりのぼった。視点が高くなっていき、女神の手のひらが見える位置で一旦足を止めた。

遺物がなくなっているのはわかっていたが、どうしても目がいってしまった。

あの煌々とした鮮やかな青い光は、恐怖も忘れるほど美しかった。かつて海がまだ青かった頃の海中は、きっとあんな感じだったのかも、と想像を膨らませた。

ショーンのかく乱は、たしかに一番効果的な瞬間だったが、もっとあの青の世界に浸りたかった、という気持ちもあった。


「そういえば、ショーンはどこへ?」


レクセンは、ショーンがいないことに今さら気づいた。


「やつらを追った」

「えぇっ! ならわたしたちもそうした方が良いんじゃ」

「いや、どうも別の役目があるようだ」


ウォルフの答えに、レクセンは納得した。

隠し事が多そうというのがショーンの印象だったので、単純な協力関係じゃないことが逆にしっくりくる。

ショーンに関して、いくつかの仮定や疑問が小さな泡のように浮かびはしたが、いまはこっちに集中すべきだ、と泡が大きくなる前に振り払った。


レクセンはふたたび階段をあがり、窓や床、置物や壁の模様を重点的に観察していった。

あとでイシュトスにみせることも考えて、おおざっぱに書き写して一言添える。

黙々と調査するレクセンの作業はかなり早く、的確だ。誰も気に留めない地味な部分だが、これはレクセンの秀でた能力だ。


(ロクシアとは違う理由だが、探査部向きだ)


今回と前回で護衛として付き添い、ウォルフはそう感じた。

肉体的にも精神的にも、意外に頑丈なところがある。

これからケイと切磋琢磨していけばロクシアだって越えられる、と思うのは妹のように見守ってきたウォルフの過大評価だろうか。


「レクス・・・・、レクス」


一度の呼びかけでは、彼女は気づかず、もう一度呼びかける。


「何?」

「もし、またクラクスらとまみえることになったら、やつらは容赦ないぞ」


これ以上は生死にかかわるから、帰るならぎりぎり間に合う、とウォルフは暗に言う。

危険な目に会い、一度は帰ろうと判断したことはあったレクセンだったが、いまはそんな気持ちがひとつもなかった。


謎を解き明かしたいという探求心。

己が想い描く《バード》を目指すための挑戦。

何もできずに遺物を奪われてしまった無念。

いろいろ理由は浮かんだが、どれも決定的ではない。

テーベン人の隠された秘密を知り、何かしたいという意欲でもなければ、何とかしなきゃという使命感でもない。

できることがまだ残っているなら、目を背けたくないという意地が一番近いかもしれない。


「・・・ずっとね、考えてた」


レクセンは、女神像よりも近くなった《嵐の目》を見上げた。

《嵐の目》は人の頭ほどある半透明の球体の周りを、大中小の三つの輪が回転していた。それぞれまばらに回っているように見えるが、定期的に回転の方向が重なる瞬間があった。


「この調査に出る前は、常に足を引っ張らないようにって。でも、それも違うって気づいた」

「違う?」

「そう、対等じゃなきゃだめだって。ウォルフもケイも、わたしを助けるのに誰かを害する必要があるなら、ためらわないと感じたの」


レクセンは自分の握りこぶしを見つめた。ケイの拳の感触を思い出す。


「立場が絶対に逆にならない、なんてことはありえないでしょ? だったらそのとき、わたしも迷ってなんて、ためらってなんていられない。どうやっても後悔するなら、ケイを助けてから・・・後悔する」


その決意が固まったことが一番の理由かもしれない。それは、まさしくケイと同じ覚悟だった。

口で言うほど簡単ではない。それは本人もわかっているはず。


「もし、いまイシュトスがケイを人質にして現れたら、迷わず撃てるか?」


レクセンは、ビクッと震えた。

例えだと判っていても、たやすく想像できる可能性に、怯えや葛藤は出てしまう。


「仮定の話に答えなくていい。全ては結果のみ。そして――」


ウォルフはレクセンの傍まで近寄って、明確に言った。


「その決断は苦しい道だ。だが、決して独りじゃないことも、覚えておけ」

「――はい」


ウォルフの掌が、レクセン握りこぶしを包んだ。

以前の時とは違い、強く固い意思のこもった触れ方だった。



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