第34話 発見
レクセンが手帳を開いて見せたのは、森の遺跡の全体図の部分だった。
「遺跡のことで思い出したんだけど、見て。あの遺跡と、天守堂の設計というか、柱や物の配置が、一致してると思わない?」
レクセンは、発見したことを興奮気味に言うと、皆が額を寄せ合って、手帳をのぞきこむ。
レクセンは、あのとき、ただ放心していたわけではなかった。
煙幕と痛みとケイの助け。
この三つが、最初の襲撃事件と酷似していたことで、あのときの記憶が呼び起された。すると、あのときの景色と、この中央の間が重なって見えた。
遺跡と天守堂が双子の塔ではないか、という予感があって、イシュトスに場違いな質問をした。
「けど、リックがいたような部屋無かよ?」
「うん、そうなんだけど見て。この主塔が女神像だとして――」
レクセンはまず手帳を指さした。
「柱、石室、柱、石室ってあるよね」
次に中央の間の柱を指を向けて、
「柱、棚、柱、棚。ね?」
と順々に指していった。
これらは女神像や主塔を中心に半円状におさまっている。石室と棚は四つ、柱は五本ずつ。数も合う。
「そして、この石室であの遺物を見つけたの」
同じ位置の棚には何かある。
一番右の棚に集まって、棚にあった銀杯や燭台など全部取り出した。そして、棚の奥や裏を手探りで調べていると、小さくへこんだ何かが指先に触れた。
レクセンはパッと顔を輝かし、形をなぞると、あの印に違いなかった。
しかし、その部分が動いたり、外れたりすることはなかった。ケイも一緒に叩いたりしたが、まったく変化はなかった。
当てが外れて、何か見落としていると考えるレクセンにイシュトスが指摘した。
「どちらかというと、こっちが手がかりなんじゃないのかね?」
「手がかり?」
「うむ。君は奇しくも、答えの方を先に見つけてしまった、ということだ」
天守堂と遺跡の共通点は、偶然も重なったけれど、自分を褒めたいくらいの発見だった。だが、宝箱はすでに発見していて、中身も判明していた。
他に何かないかと、一人ずつ分かれて全ての棚を隈なく調べてみたが、特に印などなく、一番上の段の真ん中に、仕切りのための縦のくぼみがあるだけだった。
答えを見つけた、なんて偉そうに言った割に、何一つ見つけられず、レクセンはいたたまれない気分になった。
落胆したレクセンに、ウォルフが言った。
「必ずしも答えが片方だけとは限るまい」
ウォルフらしからぬ言葉に、レクセンは聞き直した。
「限らない? それってどういう?」
「遺跡の主塔と女神像に関連性は?」
「あー、えっと、主塔の方がちょっと・・・」
レクセンは、歯切れが悪かった。というのも、主塔の中に関しては、素描すらできていなかった。
調査隊に入れたものの、ほとんどおまけみたいなもので、調査の中心である主塔内に入れてもらえなかった。
なおかつ、人質になったときも、他の隊員は主塔内にまとめて放り込まれて監禁されていたが、レクセンだけ別にされていた。
ウォルフは一度入ったことがあるが、救出のためだったので、じっくり観察している余裕なんてまったくなかったし、余裕があっても、まったく記憶に残っていないだろう。
無いものはしかたない、とウォルフはすぐに切り替える。
「なら、方角はどうだ」
「遺跡はわかるけど、ここの方角が分からないから・・・」
イシュトスが指差しながら答えた。
「女神が向いている方が真南だ」
レクセンたちの装備に方位磁石はない。靄空の下では、正確に機能しないからだ。
それでも、いまの人間が方角を見失っていないのは、過去の人々が方位を示す図や盤をあらゆる場所に残していたからだった。
街や遺跡だけでなく、変わった形の目印になるような大岩などにも刻まれている。
彼らは、方位が狂うことの危険さを明確に理解していた。
おかげでイフリウスやルテラ、キーダイも正確な方位盤が残っていた。どの街も例外なく、至るところに方位を示す装飾や置物が施されている。
レクセンが手帳を回して、方角を合わせた。
丁度、東西の線を対称に南の半円が遺跡、北の半円が天守堂となっていた。
規模は違うが、石室と棚で正八角形。柱も西と東の重なった部分を一本とすれば正八角形となる。
「八という数字に心当たりは?」
ウォルフの質問に、レクセンが胸元の刺繍を触りながら、自信なさげに言った。
「エブラーグの印が八芒星なのも、なにか関係ある、かな」
「あれは建物の形に由来したものらしいから違うかもしれん。だが、それでいい。なにが関係しているかわからないんだ、思い当たることを挙げていけ」
三者三様に、考える仕草をとった。
誰もウォルフの口数が急に増えたことを気にしていなかった。
これは、ウォルフ自身の言葉ではなく、ロクシアの言葉だった。間近で見てきた彼女の思考の運び方を真似たのだ。
しかし、所詮は真似事。ロクシアのように柔軟な発想は到底できない。ヒューデイツのように様々な可能性を思索することもできない。
「女神の神器の破片が散った方向、というのはだめだな」
イシュトスは言いかけてすぐに首を振った。
「あれは、伝承を元にした作り話だったし、破片は三つあった。・・・いかんな、どうしても遺物が神器だという最初の思い込みが離れん」
他に何か思いつくことがなく、沈黙した。
ウォルフは、ロクシアが言っていたことを思い出す。
無言が続けば、発想はしぼんでいくだけ。ぐるぐると同じ答えに戻ることになっても、考えを発言して発想を転がすことが大事だ、と。
「レクセン、石室にあったものは?」
「あったもの。えっと、壊れているものばっかりで、目ぼしいものは何も・・・」
「イシュトス、棚の物と一致するようなものはないか?」
レクセンの描写力は高く、どういうものがあったかイシュトスが見ても、かなり判別がつきやすい。
一度手帳を読んだイシュトスだったが、そういう意識で見ていなかったので、再度見返した。
「うーむ、似たようなものがあるんだが、この棚の物は、元から置いてあったものではないからな」
「最初は何が置いてあった?」
「それはさすがにわからん。本棚として使っていたこともあったようだが――」
手帳をのぞきながら話していたイシュトスが、ふと目に留まったものに指を置いた。
「この記号はなんだったかな?」
「これは、石室の壁の上に彫られた紋章です。四部屋とも同じ印で同じ位置にありました」
記号は、正八角形の四本の対角線に丸が重なっているものだった。いま見れば、遺跡と天守堂を重ねる手がかりの印にも思える。
イシュトスがこの印をどこかで見たことがあったような、と呟いた。
すると、期待に大きく開いた瞳でレクセンはイシュトスを凝視し、ケイも好奇心のこもった目を向け、さらにウォルフも睨むような目で、それぞれ見つめる。
「ま、待たんか。年寄りにそんな圧力をかけんでくれ。思い出せるもんも思い出せなくなるぞ」
イシュトスはそう断って思い出しにかかるが、期待するなという方が無理である。
ずっと視線が集まっていては気が散るので、印を探す振りをして、イシュトスは中央の間を歩きだした。
女神像を中心に、ぐるっと一回りして戻ってきたイシュトスの顔は晴れないままだった。
レクセンが問いかける。
「普段の生活で目にしました?」
「いいや、そう頻繁に目にするものなら、もっと簡単に思い出せておるはず」
「《嵐の目》に関係します?」
「それもないな。あれに関することなら忘れているはずがない、と思うんだが」
「昔読んだ本の内容とか?」
「本、か。紙面に書かれていたような記憶は――」
イシュトスの顔が急にこわばった。そして、何かに引き寄せられるように、早足で中央の間から出ていった。
少しして、両脇に書物を抱えたイシュトスが走って戻ってきた。
「ここを見てくれ」
書物の背表紙の上部に、同じ印があった。
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