第33話 大事件




ショーンと入れ替わるように、異変を感じたキーダイの住人が中央の間に入ってきた。白煙はすでに消えたていたが、誰もが煙たさと不審に満ちた表情だ。

非常にまずい。

イシュトスや倒れているテーベン人らを拘束して、ウォルフは武器を持っている。

この状況を彼らが見れば、暴力的手段もいとわない悪党が天守堂を占拠したようにしか見えない。

ウォルフがイシュトスを見ると、彼は何を言わんとするか察知して、うなずいた。


「わしがなんとかしよう」


ウォルフは手早くイシュトスの拘束をほどいた。

イシュトスはケイの手を借りて立ち上がり、手首をさすりながら住人の方へ向かう。

そこへ、ずっと一言も発しなかったレクセンが、突然呼び止めた。


「あの! キーダイにも、イフリウスのような双子とか兄弟とかを特別にまつるようなことはありますか?」


質問の内容もえらく場違いなものだった。


「イフリウスの方は詳しく知らないが、かつてはあったようだ。導師が二人いるのも、その名残なのだと思う」


律儀に答えたイシュトスに謝意もなく、レクセンは女神像をただ眺めやった。

戸惑うイシュトスに、ウォルフが行ってくれ、と促した。

レクセンの様子が随分おかしい。

口は半開きで、焦点もどこか遠くにいって放心状態に近い。たまにきょろきょろと周りを見回して、またある一点で視線を止める。

レクセンが顔を向ける方を見ても、奥の棚があるだけだ。特別なものは見当たらない。


「レクス?」

「リック?」


呼びかけにも反応しなかった。

ケイとウォルフは顔を見合わせて、危険にさらされ続けて、精神的にまいってしまったのかと疑った。


「わかった、見つけたわ、ケイっ!」


突如、ケイの両肩を掴み、レクセンは声を裏返した。

普段動じないウォルフが、面食らって眉尻をあげた。ケイも、のどに心臓をつまらせたような不細工な顔でかたまった。

自分が驚かせた自覚がないレクセンは、不思議そうな顔をする。


「ど、どうしたの二人とも」

「それはこっちが言いたい」

「め、めんっと怖か」


レクセンが理由を話そうとしたとき、甲高い怒鳴り声に遮られた。

声の主は村長補佐のヤアニスだった。こちらを指さして、イシュトスにつめ寄っている。

ヤアニスは初対面からよそ者を毛嫌いしている態度だった。レクセンたちを一刻もはやく天守堂から追い出したい意思がここまで伝わってくる。

ヤアニスの後ろには、彼に賛同した住人たちは、数の勢いに任せて物騒なほどいきり立っていた。導師といえど、イシュトス一人では分が悪い。


「止められないかもしれない。まずはここを」


出よう、とウォルフがレクセンを立たせようとわきの下に腕をまわす。


「で、でも、わたしが見つけたかもしれない答えは、ここにっ」


思わず抗ってしまった。こんな状況だと、自分だけでなく二人まで危険にさらしてしまう、と言ってから気がつく。

その時、イシュトスの制止を力づくで退けた住人が、手にした武器を振りあげて一直線に迫ってきた。

ウォルフがすばやく連弩を構えると同時に、ケイが進み出た。


ケイは、正面から突きこまれた木槍を紙一重で左にかわすと同時につかみ、一瞬綱引きのように引っ張り合った。木槍を取られまいと抵抗した手ごたえを感じた瞬間、逆に突き返した。

相手の手が槍からすっぽ抜けると、ケイは槍をひねって腕をからめて押さえこむ。

そして、槍の下をくぐるように体の位置を入れ換えて、左の攻撃を躱し、右の攻撃に蹴りを合わせる。その足を地につけず、腕をからめた男のみぞおちを蹴って槍を引き抜いた。さらに踏み込んできた左の男のすねを打ち込み、あごをはねあげる。


ケイは、戦い慣れていない住人たちの勢いだけの動きとは真逆だった。槍をあやつる動作は細かく滑らかで、そして鋭かった。

鉈のような武器まで持った者まで続けて襲いかかってきた。

ケイは、振りかぶる男の手首を正確に払い、切り返しで鼻っ面をはたき、最後はすくいあげて股間を打った。一呼吸の間もない三連撃。

残った後続は、ケイに槍を向けられると急停止した。

そして、ことごとくやられた仲間とケイの威圧に怖気づいて、敵意はありません、と言うように武器を捨てて、這う這うの体で逃げていった。

唖然としていたヤアニスも、逃げた住人たちの後を慌てて追った。


しずかになっても構えを解かないケイが、ゆっくりとこちらに振り返った。ついつい身体が先に動いてしまった、という苦い表情をつくっていた。

レクセンも、自分があんなこと言わなければ、とケイの表情を写し取った。

ウォルフは特に深刻だと思わなかった。最悪な事態には至っておらず、もし調査団に抗議があったとしても、責任を取って自分が辞職する程度で済む話だ。


「ご、ごめんなさい。わたしがあんなこと言ったせいだ」

「かまわん。どうあっても巻き込まれていた」


そう言われても、レクセンの表情は晴れなかった。そこに、イシュトスも加わった。


「お嬢さんのせいではないよ。どうもな、ヤアニスとこの面子をみると、クラクスの後詰めのようだ。有無を言わさず攻撃を仕掛けたのも説明がつく」


仮に天主堂の包囲網を突破できたとしても、外の包囲網に捕まっていたわけだ。

こうも用意周到だったとは、とウォルフは感心した。同時に、あの遺物はそこまでする価値があるのか、と驚きを隠せなかった。

イシュトスは、ウォルフの驚きを勘違いして、クラクスのことを語った。


「昔から、人の心をつかむのが上手かったよ。学ぶことも誰より熱心でな。わしらには見えていない先をみているようだった。あの若さで導師になったときも、誰も反対せなんだ。わしも含めてな」


白いひげをいじりながら、ひとつ考えを述べた。


「もしかしたら、森の遺跡の場所を君らに漏らしたのも、あやつの計画かもしれんな」

「なぜ自ら調べずわざわざ知らせて襲った? いなくなったということは、村から出られるんだろう?」

「わからん。近寄れないなにかがあるのか、あるいは・・・、時間が足りなかったとか」


レクセンがどういうことか尋ねようとする前に、イシュトスは答えた。


「これ以上は聞かんでくれ。長年ともにいて、あやつのことを何ひとつ見抜けなかったんだ。まるで予測がつかん」


そして、中央の間を見回した。

倒れている者、うずくまっている者、みんなクラクスより若い男たちだ。

村の若者のほぼ全員を掌握しているような気がして少し怖くなるが、顔に出たのは笑みだった。なぜか抑えきれなくなって、声が出る。

イシュトスはひとしきり笑った後、不可解な目で自分を見る彼女たちに言った。


「この惨状は、ここ数十年のキーダイで、とんでもない大事件だ。クラクスのことは衝撃的だが、こっちはこのケイ嬢ちゃんが原因だと考えると、可笑しく思えてきてな」


どんな顔をしていいか分からないケイは、ほほをひきつらせる。


「まさに《カラカル》だと思うと、ますます笑えてしまった」

「こっちでも《カラカル》の話が?」

「知らなかったのかい? もともとは村の外に出ようとしたり、悪さしたりするテーベンの子どもを言い聞かせるための怖い童話でもあってな。ほら、《カラカル》にふさわしいと思わんか?」


と両手を軽く広げて、悪さをして倒れている者たちをさした。

イシュトスはキーダイの人間として、身内意識は当然ある。あるからこそ彼らを許せない気持ちが強かった。

彼らを教え導いてきたことのある身として、こんな行為を取った事の不甲斐なさや情けなさがぬぐえなかった。


しかし、同情の余地もあった。

クラクスは、おそらく村の外に出れる手段を持っている。

彼らの目の前で自ら先人たちの墓石を踏み越えてみせたのだろう。それを見せられて、若者たちが希望を抱かないはずがない。

自分がレクセンの手帳を読んだ時とは違い、はっきりと目撃できる奇跡だ。


「すまん、余計な話だったな。それより、何かあるとか言っておらなんだか?」


そう言われて、レクセンは慌てて手帳を取り出した。



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