第31話 青光



「なんのつもりだ、イシュトス導師」


クラクスが静かに言った。


「おまえこそ、どういうつもりだ? クラクス!」


レクセンの前に出て、身を挺したイシュトスが尋ね返した。

クラクスは首を少しかしげ、銃口をレクセンの頭の高さから、イシュトスの眉間の高さにあげた。


「自分なら撃たれないとでも?」

「・・・いいや、おまえは撃つだろう。だが、こうするしかあるまい。身内の暴挙を看過は――」

「暴挙はあんたの方だろうっ」


クラクスがいきなり声を荒げた。

イシュトスが撃たれる。そう思っても、レクセンは彼の背中から出られなかった。だが、聞こえてきたのは、銃声ではなく、ふるえた声だった。


「ク、クラクス導師・・・あ、あれを」


椅子を運んできた若者が手にした小型の連弩でクラクスの後ろをさした。

クラクスは怒りの表情のまま振り返った。

誰も見当たらない。いや、よそ者が長椅子の間に身をかがめ、連弩でこちらに狙いを定めていた。

クラクスは苛立ちと軽蔑で顔をゆがめた。

それは、よそ者にではなく、言ったことを何一つ遂行できない仲間に対してだった。



あの澄んだ音を耳にしたとき、ウォルフはケイと目配せだけで意思疎通をした。

一瞬で集中力を引き上げ、余計な力を抜いて、意識を一点ではなく空間全体に広げる。

誰かが行動を起こすその瞬間を見逃さないように。


最初に動いたのはクラクスだった。

懐から拳銃取り出して、音に驚いて固まっていたレクセンに狙いをつける。

すぐに阻止にいきたかったが、それはできない。

距離が遠く、そのうえ、クラクスに追従して周りのテーベン人も次々に懐に手を伸ばしていた。

だが、彼らは完全に反応が遅れていた。

クラクスに呼応して一斉に武器を出すつもりだったのだろうが、おそらく指示した頃合いではなかったのだろう。

くわえて、彼らは合図を待つ緊張と、しくじらない様にという重圧で、あきらかに動きが固く鈍かった。


ウォルフは、一番近くにいたテーベン人が武器を向けるより速く、頸動脈に手刀を打ちこみ、声を上げる間もあたえず倒して連弩を奪った。

もうひとりは、ほぼ同時にケイが片づけていた。

音に注意が逸れていたため、誰も気づいていない。

ウォルフはすばやく屈みこみ、手の仕草だけでケイに周囲を警戒するように伝えた。

ケイはうなずきながら、手の汗を裾で拭いて連弩を握り直した。扱い慣れていないのもあったが、さすがのケイも緊張に呼吸が早まっていた。

けれど、ケイは自分自身を冷静にさせる方法を知っている。余計な心配はしない。

ウォルフは、長椅子の背もたれから最小限に顔を出して照準をクラクスに固定させる。


武器を下ろせ、と声をかけようとしたところで、音を鳴らした若者が偶然こちらを向いた。自分が狙われていないにもかかわらず、彼はおののいて、クラクスに頼った。

反対に怖れを微塵も見せないクラクスは、空いた手を上げた。降参の動作ではない。

気配を感じたウォルフとケイが、同時にハッと顔を上に向けた。


上段の回廊や螺旋階段の手すりから、隠れていた仲間が一斉に身を出し、見たことのない物々しい大きな銃を構えた。

上から包囲されてしまえば、身を隠す場所は無いに等しい。

この第二陣がクラクスの本命に違いない。なにしろ、直前までウォルフにも気配を悟らせなかった。

構え方ひとつ見ても、村の人間とは明らかに違う。

周到な準備と計画。クラクスの本気がうかがえた。


ウォルフは連弩をゆっくり床に置いて、手を上げながら立ち上がった。ケイもそれに倣う。

潔い彼らに、クラクスは気を良くした。

わずらわしい押し問答をせずに済むし、銃を撃つ必要もなくなる。邪魔する相手にためらいはないが、万が一にも天守堂に弾痕を残すような行為はしたくない。

クラクスはイシュトスへ向き直り、空いた手を前に出した。

イシュトスは、固まったレクセンの指をはがして小物入れを取った。


「わしの暴挙とは、なんだ?」


小物入れをゆっくりとした動作で手渡しながら、イシュトスが疑問を口にした。


「そんなこともわからないのか? そいつらは何者だ? 《ガブリン》だ。貪欲で卑しい魔物だ。人の皮をかぶった災厄だ。そんなやつらにテーベンの伝承も秘密も語り、あまつさえ天守堂に入れた。これが暴挙以外のなんなのだ?」

「クラクス・・・彼女らのような人間が、すべて《ガブリン》だとは限らん」


クラクスは鼻で笑った。


「《ガブリン》とは限らん? なら腐肉を食い漁る《グル》だ。何故、我々テーベンは先人たちの知恵や知識を失ったか知らないわけではあるまい。そういうやつらに強奪されたからだっ!」


クラクスは唾をとばし、手にした小物入れをイシュトスの鼻先につきつけた。

過去、《嵐の目》まで奪われたかけた侵略行為があった。

なんとか防いだものの、代わりに奪われた命は少なくなかった。祖先たちはこれ以上防ぎきれないと判断し、自ら破壊した。

あの遺跡もその一つだった。

侵攻してきたのは北の粗野な蛮人たちで、価値などしらずに略奪にきただけだったが、キーダイの人間には、欲に目が眩んだ者に北も南もない。おかげでこの森に閉じ込められているのだから。

クラクスにとって、そしてイシュトスにとっても、《ガブリン》は蛮人と同種だ。


イシュトスは、強奪されたと断言するクラクスの気持ちが分からなくはない。

彼は、村の誰よりも強い意志を持っている。何か企んで、若い連中と事を起こそうとしているのを、うすうす感づいていた。しかし、未然に押さえつけようにも、誰がクラクスと通じているのかわからなかった。


そんな時、外の人間であるレクセンとの再会は偶然とは思えなかった。しかも、彼女と手帳からすると、調査団としての訪問ではない。まさに女神の計らいだと信じ、彼女たちを頼って、先に行動を起こそうとした。

だが、見誤った。まさかこんな大それた強硬手段を取るなんて。レクセンたちを巻き込んでしまった責任を感じた。身内に撃たれようが、引くわけにはいかない。


「こんなことをしてどうする? このままでは――」


結局森の片隅で朽ちていくだけ、と言いかけたが、クラクスだってそれは百も承知のはず。

クラクスらしくない。テーベンの将来を憂いている彼が、展望のない行動を起こすとは思えない。

なんとなく、上階を見上げると自分に向いた複数の銃口が、嫌でも目に入った。

イシュトスは大きな引っかかりを感じた。


銃を構えている者たちは、全員がキーダイの長衣を着て頭巾をかぶっているが、凶器を人に向けて、まったく微動だにせず、動揺のかけらもない。

機械的な恐ろしさに背筋が凍りついていくようだった。

なんという違和感だ。


「いったい・・・何者だ?」

「彼らは同志だ。この奈落の底に溜まった澱をすくう光明だ。彼らおかげで、我らはこうして立つことができた」

「同志? 立つ? 何をするつもりなんだ」


クラクスの意図も目的もわからないが、ひとつ言えることがある。


「こんな得体の知れない者たちを同志だと信用する方がどうかしているぞ」

「《ガブリン》どもと手を組んだあんたとは違う。俺はあきらめなかった。あきらめなかったからこそ、テーベンの未来をテーベンが取り戻せる機がやってきたんだ」

「馬鹿な・・・、彼らもテーベン、だと?」


クラクスは勝ち誇った笑みを見せつける。

イシュトスはますます不審に思えた。

同じテーベンとして信用するには、あまりに恐ろしい存在だ。これならば、長衣を脱いだルテラのテーベンの方がずっとましというものだ。


「それこそ、もっと得体が知れん連中だとは思わんか?」


クラクスとイシュトスは平行線のままだ。

ため息をついたクラクスが、中身を抜いて小物入れを投げ捨てた。


「これは神器などというおとぎ話の道具じゃない。見ていろ」


クラクスが椅子に乗って、遺物を女神の手に乗せた。

イシュトスも知っていることだが、女神の手には球体を乗せるのに丁度よい杯がある。むしろ、それを乗せるべき杯と言ってもいい。 

真下でない限り、遺物は手に隠れない。


イシュトスの背中に隠れて縮こまっていたレクセンも、彼の肩の後ろからそっと遺物を見上げる。

何も起こる様子がなくて、ふとイシュトスの後頭部を見ると、彼の顔の角度はもっと上を向いていた。

つられてレクセンも視線を上に移すと、《嵐の目》の動作がやけに遅くなっていることに気づいた。


やがて、完全に動作が止まり、球体と円盤が組み合ったものだと認識したとき、光線が真下にまっすぐ伸びて、遺物に刺さった。

レクセンは息をのんだ。実際に見るのは初めてだ。


(これは、青・・・っ!?)


鮮やかな青の光が、壁も階段も燭台の灯りも女神像もイシュトスも、中央の間すべてを青く染めた。

青の光が糸のように細くなると、遺物の表面が磁石にくっつく砂鉄のように逆立った。そしてパラパラと剥がれていき、光沢のある球面が見えてきた。


その時、またしても上から何かが降ってきた。

ちょうど中央あたりに落ちて、カンッという乾いた音をさせて跳ねた。

なんなのか確認する間もなく、炸裂した。


一瞬にして視界が砕けた。

二重三重の乱れた波形になった青い光線が、細かく千切れた。

レクセンは、自分の手足すら判別できなくなり、さらに青い霧がかかったように視界が曇り滲んでいった。

反射的に目をきつくつむった時、強い衝撃が全身に伝わった。平衡感覚までおかしくなっていなければ、床に倒れたんだ。

レクセンは両腕で自分の頭をかかえ、ひたすら縮こまるしかなかった。




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