第30話 天守堂
二度あることは三度ある。
まさにいま、銃口と見つめ合っているレクセンにあつらえたような格言だ。
青ざめた表情のレクセンは、心の中で己の置かれた状況に嘆きたてた。
また? わたしはまたこんな目に?
立て続けに三回なんて、もう一生分襲われてるんじゃないかしら。
女神さま、何か怒らせるようなことをしたのですか?
それとも、いわゆる試練というものなのですか?
わたしはこんな試練を越えられるような強い人間じゃない。
もし無事だったとしても、女神さまに感謝するほど信心深くもないんです。
そっか、わかった。
実は女神さまはもう降臨されているのですね。
わたしは、ただ災いに翻弄される無力な人間。
ああっ、女神ケイさま。前と同じようにわたしを救って、お願い。
レクセンの情緒は不安定を飛び越えて、余裕があるような、だが現実逃避しているような、わけのわからない境地に達していた。
イシュトスと話した翌日。
レクセンは、天守堂に行くことに決めた。行かないという選択肢はなかったかもしれない。
三人とも反対はしなかった。
イシュトスへの用心は怠るな、とウォルフ。
手の内のすべてを明かしていないだろうしな、とショーン。そのショーンは、別行動を取った。
三人で天守堂の前に行くと、イシュトスが固い表情で迎えた。
彼が正面の大扉をゆっくりと開ける。
正面に壁画があり、通路が弧を描いて左右に延びていた。外観から想像すれば、おそらく円状になっている外廊だ。
時間に余裕があるならば、レクセンは正面の壁画だけで一日は費していただろう。
目に入るすべての物に気が散りつつも、イシュトスに続いて暗めの外廊を進んでいき、階段を下り、内側の内廊へ移った。
靴音と歩く衣擦れ音だけしか聞こえないくらい閑寂だった。
中央の間へ入ると、窓や照明が多く、通路よりも明るく、美しさがより輝いていた。
ひと際光が注ぐ中心の台座に、等身大で乳白色の女性像が立っている。台座の一段下に、跪いた像が両側にあった。
像の正面には、長椅子が扇状に並べられており、祈りを捧げる場だ。
そして背後側の半円状に、柱と梁、そのひとつ外側に壁をくりぬいた棚が、等間隔にあった。
見上げると、高い屋根までふきぬけとなっていて、壁に沿った螺旋階段が、まるで天に昇る大蛇のようだった。
その頂点に、回転している何かが見える。ちらちらと光を反射していて、正確な形や動作はつかめなかった。
おそらく、あれがモヤを打ち消している《嵐の目》なのだろう。
何を目にしても興味があふれてくる。
手すりや燭台の細かいものから、窓や柱の大きなものまで、ほぼすべてに芸術的な趣向が成されていた。
レクセンは、ここへ入れただけでも、今回の旅は有意義だと思えた。むしろ、休暇の残りすべてをここで過ごしたい気分だった。
中央の間には、キーダイの人が何人かいた。天守堂の中にいると、彼らの長衣姿がますます厳かに見えてくる。
おのおの、迷いなく黙々と行動しているところを見ると、日々の仕事をしているようだ。
イシュトスが、ここにいてくれと片手で合図し、女性像の足もとで跪いて祈りを捧げている一人に近寄った。
小声で話し合っていて内容は分からないが、ときたま、イシュトスの話し相手がレクセンたちに目を向けてくる。
その間、レクセンは周囲を見回していた。ふと、ケイたちはどうしているのかな、と振り返った。
ウォルフはイシュトスとその話し相手を凝視していた。ケイも似たようなもので、天守堂内の人の行動をじっと観察している。
二人とも落ち着き払っていて、自分だけそわそわしていることが、どうにも恥ずかしかった。
イシュトスが話を終えて、話していた男とともに近づいてきた。
「彼は、クラクス導師だ」
「導師、ですか?」
「ああ、導師というのは常に二人いてね。彼はそのもう一人だ」
クラクスは、イシュトスと同じ導師の長衣を身にまとっていた。
イシュトスとは親子と言えるほどの年齢に見えるが、堂々とした佇まいと威圧感は彼より上回っていた。
「本来、外の人間をこの天守堂に入れるべきではない。ましてや御聖像に近づけさせるなど、もってのほか。それはご理解いただこう」
クラクスは、話し方にも低い声にも、圧がある。
レクセンがひとりで訪れていたなら、すぐにこの場を後にしていたかもしれない。
「だが、ほかならぬイシュトス導師の頼みでもある。ひとり一度だけ御聖像を拝むことを許そう」
クラクス導師がそう告げた。
天守堂に行くと決断した時点で、彼らの決まりには従うつもりだった。
ひとりだけ、というなら班長である自分の任だと、レクセンが一歩前に出る。イシュトスがそのまま進むようにうながした。
レクセンが進むと、村人が残ったケイとウォルフを挟むように左右に立った。
女性像は、両手を水をすくうような形にして、胸の前に出していた。
羽織った布の、風にたゆたう柔らかさが素晴らしく、なおかつ布の下に隠れているにもかかわらず、女性の肢体の美しさが想像できる表現力は、実に見事だった。
レクセンの鑑定眼は未熟だが、それでもこの像は相当な価値がつくことはわかる。
その両側で跪いている像も、どちらとも女性だった。
遠目では、口もとで手を組んで祈りを捧げているような体勢に見えたが、よく見ると、手にした珠かなにかに口づけしているようだった。
「これは、昨日話をしてくれた女神さまの?」
「そう、御聖像だ。どうだ、立派だろう」
「はい。でも、御聖像だけでなく、この建物自体も立派で素晴らしくて、ここに入れてもらえただけでも、とても価値のあることだと思っています」
「そう言ってもらえると、悪い気はせんな」
イシュトスはいつもの笑顔になったが、すぐにひっこめて、真顔で言った。
「君を連れてきたのは、ただこれを見せるためではない。右の像の持っている珠を見てくれ」
「珠・・・あっ!」
レクセンは像には触れないよう首を伸ばして観察し、声をあげてしまった。なぜなら、珠の模様が、埋まっていた遺物の石の模様と合致していた。
「この遺物は、テーベン人の宝物だと?」
「テーベンの宝、などという安っぽいものではないかもしれん。お嬢さん、わしが語った女神の物語の、最後の部分をもう一度思い出しみてくれんか」
「最後の、部分」
たしか、女神をよみがえすために、神器を集めて棺にたどり着いた。女神はよみがえらなかったが、災いに耐えうる力を身につけた、という内容だった。
レクセンの切れ長の目が大きく見開いた。
「まさか・・・神器?」
イシュトスは深く、深くうなずいた。
そして、災いに耐える力はモヤを克服する方法だとイシュトスは考えた。
レクセンには、イシュトスの考えに賛同できるほど、判断材料はない。けれど、彼が秘密を打ち明けて、一方的な申し出までしたのも納得がいく。
レクセンは、今までのことを整理して、じっくり考える時間が欲しかった。たまった情報量が、自分の許容量を超えていた。
決断力も思考力も体力も人並みでしかない自分には、一旦落ち着く時間が必要だった。
しかし、現状はそんな暇を許してくれそうにない。
レクセンは振り返って、ケイたちを見た。
不安を見せたつもりはなかったが、ケイは握りこぶしをつくって見せた。ウォルフもうなずいて応えた。
彼らは精神的にも支えてくれて、すこし気が楽になる。
「わたしは御聖像に触れない方がいいと思うので、イシュトスさんお願いします」
レクセンは、腰の後ろの小さいカバンから小物入れを取り出した。
「誰か、踏み台をここへ」
クラクスが声を張った。女神の手の位置は、長身のウォルフが手を伸ばしても届かない高さだ。
若いテーベン人がすぐに椅子を抱えてやってきた。
キーン キーン
唐突に、澄んだ音が椅子を運んできた彼から鳴った。以前よりも大きな音で、鼓膜を刺す。
イシュトスに小物入れを渡しかけていたレクセンの手が止まった。驚きの硬直が解ける前に、こめかみに銃口を向けられていた。
手の次に息が止まった。
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