第29話 星嵐



「死ぬって・・・」

「比喩でもなんでもない。テーベンは、モヤに対してまったく耐性がないんだ」


女神の物語で例えるなら、テーベン人は災厄に一切立ち向かわずに逃げ続けた結果、免疫力を失った人種なのだ、とイシュトスは話した。

レクセンは昼間の会話を思い返し、気になっていた単語を口にした。


「天守堂って、もしかして」

「さすがだ。まさにそう、天から我らを守る高殿、で天守堂だ。そこに《嵐の目》というものがあるんだが、それがモヤを遮ってくれているのだよ」

「《嵐の目》? あの先端の光っている針?」

「いやいや、あれではないよ。あれはモヤの測定器だ。空を荒らすモヤの量を示すんだ」


そんなものまであるのか、とレクセンはますます驚いた。

だが、考えてみればモヤを利用した装置がイフリウスにもある。利用と遮断では正反対だが、技術や知識に共通点があるのかもしれない。


「モヤに関する記録や資料なんかはないんですか?」


イシュトスは、わずかながら、と前置きした。


「モヤは、かつて《星嵐》と呼ばれていた」

「ほし、あらし」

「うむ。昔はもっとモヤの状態がひどかったとある。モヤの届かない地下深くに逃げた人々もいた、というような断片的なことしか残っておらん。そんな中であの《目》の周りにいた人間だけが助かった。それが祖先だと考えられておる」


ならば、自分たちの祖先はその当時にモヤに耐えた人々なのだろうか、とレクセンは単純に考えた。


「祖先は解明せねばならん事象だと試行錯誤したことはあるようだが、代を重ねるうちに、疲れて果ててしまったようだ」

「疲れ果てた?」

「ああ。防ぐ手立てを試す、ということは、自分たちが《目》の外に出ねばならん。失敗の数は犠牲者の数でもある。そういった犠牲者たちの墓石が、《目》の届く範囲のぎりぎりの位置に立てられて、名を刻まれておる」


己の組んだ手を見つめるイシュトスは、先人たちに祈りをささげているようだった。出会った時の優しい表情はもう完全に消え失せていた。そして、顔を上げてひと呼吸おいて言った。


「その最後の例がイフリウスだ」


いきなり自分たちが住む都市の名が出てきたことで、四人とも驚いた。

イフリウスとは、響きからもわかるようにテーベン人の名前だ。旧市街を建造する際に、中心となったテーベン人の名が由来だから当然だ。

だが、《目》の外に出れないのが事実なら、本来ならあんな場所にいれるはずがない。


「壊れた《目》の破片をなんとか組み直したものを使ったらしい。彼は結局亡くなってしまうが、もっとも長く成功した例だった。つまりわしらから見ると、君らに対してこう言うのもあれだが、あの街は偉大なるイフリウスの墓石でもあるのだよ」

「あぁっ、そんでイシュトスとイフリウスが似とるんやね」


おとなしくしていたケイが、合点のいったように、何度もうなずいた。


「なぜそれを俺たちに?」


薪を一つ足しながら、ウォルフがたずねた。

レクセンとの約束もあるだろうが、ここまで打ち明けるのは他の理由もあるとウォルフは踏んでいた。

イシュトスは咳ばらいをして、ウォルフに向き合った。


「この真実を知った後でもう一度調査すれば、《目》のことが分かるか、もしくはそれに代わる何かを、遺跡だけでなくイフリウスでも発見できるやもしれん」

「だが、すべて調査団が押収するだけだ」

「その通りだ。だが、君らはいま調査団としてここにいるわけではないだろう。なればこそ、共有できることもあると思ったのだ」


イシュトスの口調に熱がこもった。


「君らに話そうと決心したのは、こんな機会は二度とないと思ったからこそだ。考えてみてくれ。知らぬ存ぜぬでよそ者を拒絶して、わしらは救われるだろうか。モヤに怯えて村に閉じこもったままで、わしらは生き残れるだろうか」


イシュトスの表情に焦りと必死さがよぎった。彼の問いかけに、ここにいる誰も答えられなかった。

事実を語ったところで、レクセンたちが解決法を見つける保証などない。

イシュトス自身、この可能性がいかにか細いものかは理解している。それでも、偶然垂れさがった念願の糸に、彼はすがりつくしかなかった。

希望の光に照らされたのは、実は自分の方かもしれない、とイシュトスは自覚した。

だが、その糸をすべて明かしておらず、最後の用心はまだ残してあった。


「話し込んでしまったな。聞きたいことはあるだろうが、あとは君らの返答次第だ」


立ち上がろうとしたイシュトスを、ケイがそばによって手を貸した。


「ありがとう。もし、わしの話に乗ってくれるなら、明日天守堂に来てくれ。乗らぬなら、今の話は忘れてこのまま村を去ってくれ」


イシュトスは一度全員を見回した。


「その際、君が見つけた遺物は置いて行ってほしい。もちろん、勝手な、一方的な申し出だということは重々承知している。それでも、だ。・・・では失礼する」


苦々しく、だが強く言ってイシュトスは小屋から出ていった。

手帳を手にしたままぼうっとしていたレクセンに、ウォルフが声をかけた。


「眠れないだろうが、横になっておけ」


レクセンは言われたとおりにしたが、やはり眠気はまったくこなかった。



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