第27話 機会
戻ってきたウォルフとショーンに、レクセンは若者の言葉をそのまま伝えると、悪びれた様子のないショーンが返答した。
「なあに、目的があって動いてるなら当てはまらんね。いまは都合よくとらえといて、ダメだって言われたらあやまりゃいい。悪さするわけじゃないんだ」
「おまえのは悪さのように思えるが」
「きわめて健全だろ。なあ、レクス、屁理屈に聞こえるかもしれんが、絶好の機会なんだ。慎むばかりで行動を起こせなきゃ、損だぜ」
ショーンの言うことも一理あるが、レクセンはどうしても踏ん切りがつかない。
「すこしずつ話を進めてっていうのは、いけませんか?」
「いや、いいと思うぜ。郷に入りては、って言うしな。だが、そういう交渉が通じそうな相手だったか?」
そこはまだ何とも言えなかったが、一筋縄ではいかないのはわかる。
「相手の都合に合わせてばかりじゃ、開けない扉もあるんだぜ。それに、正攻法で挑む時間が、残っているのかい?」
ショーンの言葉にレクセンは決意を固めて、荷物を二人に任せて小走りに村の奥へ行った。
レクセンの背を見つめ、ウォルフが口を開いた。
「随分と無茶な理屈だな」
「へっ、行儀の良いてめえにゃ無理だったろ。時には力技も必要なのさ」
「力技ばかりでは困る」
「それを止めるのはお前の役目だろ。さて、俺はさきに一休みさせてもらうぜ」
もしかしたら、ロクシアがショーンに頼ったのは、こういうときのためだったのかもしれない、とウォルフは思った。
レクセンは村の北側にある建物へまっすぐに向かった。
途中、子どもの高い笑い声が聞こえた。子どもの手を握ったケイが、ぐるぐると回転していた。回転の勢いと遠心力で足が地面から浮いて、子どもは愉快そうに足をばたつかせる。
ケイが腕を交差すると、身体が上下ひっくりかえり、ますますはしゃいだ。周りの子が輪を作って、うらやましそうにながめていた。
遊び方も男の子向けね、と思わず微笑んだ。
目的の建物は、そこから近かった。
レクセンは建物の前で立ち止まり、見上げた。
深さの違う受け皿を何枚も重ねたような先端が、きらきらと光を反射していた。
(以前気になった光はきっとこれだ)
改めて建物の全体を見ても、他の家屋とは異質だった。
円筒状の塔と、それを囲うような建造物は、太い芯の独楽をひっくり返したような形だった。
そして、正面を除いた屋根の一部が放射状に伸び、建物の外にある柱につながっていて、建物を外側から支える構造のようだった。すべてが石造りで、重々しい凝った造形をしていた。
(霊堂みたい)
レクセンは木陰に屈んで、手帳を開き、空白に建物を描いていった。
全体の形がとれて、細かい模様にさしかかったところで、とんとん、と肩をたたかれ、レクセンは勢いよく跳び上がるように立って、勢いよく頭をさげた。
「決してうろついていたわけではっ! どうしても気になって、すみません!」
レクセンが顔を上げると、肩をたたいた人物が頭巾をおろした。
白いひげをたくわえた白髪の、老人というにはまだ幾分早い男性がにっこり微笑んでいた。
「こんなに早く再会できるとは思わなかったな、お嬢さん」
「あっ、あ、あの時の」
前回もこの笑顔で声をかけられた。
レクセンが挨拶をしようとしたとき、ふたたび背後から肩をたたかれた。
ビクッとして振り返ると、今度はケイだった。すこし汗ばんでいて、帽子を頭に軽く置いていた。
「遊びはもういいの?」
「目、まおうたんで、すこし休け~」
と言いながら、ケイは目の前のおじいさんに会釈した。
「ケイ、この人はイシュトスさん。ほら、わたしの手帳にあったでしょ」
「こんにちは、ケイと申すます。えと、リックがお世話になっておりまする」
どういう言葉遣いなの、とレクセンは眉根をよせたが、先ほどの村長との面会での話し方をケイなりにまねしたらしい。
イシュトスは気にせずに、よろしく、とにこやかに挨拶を返した。
紹介し合ったところで、休憩を待てなくなった子どもが、レクセンの脚や背中に抱きついてきた。
ショーンなら、子どもに本気でうらやましがっているだろう。
背中にしがみついた子どもが、ケイの帽子を取って、自分がかぶって逃げ出した。
「あ、こらぁ」
ケイは、両脚に子どもをへばりつけたまま、のっしのっしと追いかける。つかまった子どもがはしゃいだ声をあげる。
レクセンなら、あんな状態では一歩も動けないだろう。
「なんとなんと。娘さんに対して失礼だが、力強くて面白いご友人だ」
「ええ、ちょっと特殊な女の子です」
「特殊、というのは、《青威》かい?」
その呼称にはっとして、レクセンはイシュトスを見た。
彼は微笑みを崩さずに、子どもと追いかけっこをするケイをながめて言った。
「実際に見たのは初めてだが、想像以上になんというか、衝撃というか」
「あの、か、怪力は、《青威》だからじゃなく、ケイの鍛錬と努力の結果ですから」
イシュトスは言葉を選んでいたのに、レクセンは、うっかり怪力なんて失言してしまった。本人が聞いたら怒るかな、と思ったが、ふと別の考えが浮かんだ。
《青威》はかつて、特異な力を発現させていたという。
ならば、ケイの力は一体何なのだろうか。
レクセンからすると、ケイそのものが特異な力の塊にも見えてしまって、推し測れそうにないが、あながち間違いではないように思えてくる。
知識欲の対象が、キーダイから《青威》に移りかけた。
ダメダメ、と手帳を開き直し、イシュトスに書き写す許可をもらい、この建物がどういうものか尋ねようとした。
「何をなさっているんですか、導師?」
村の男がイシュトスに声をかけた。頭巾で顔も年齢もわからない。
「このお嬢さんとの再会を喜んでいたところだ。そうだ、天守堂の見回りを頼んでもよいか?」
「承知しました」
短いやりとりの中で、レクセンは最初に気になったことを聞き返した。
「導師?」
「ああ、以前は名乗っただけだったか。知らぬことの多い身で恥ずかしい限りなのだが、わしはこの村で教えを説いておる立場での。学問を主に、あとは祖先のことなどを少々」
よく見ると、村長ほどではないが、たしかに他の人よりも長衣が立派だった。
絶交の機会。
ショーンの言葉が、レクセンの頭にはっきりと浮かんだ。
「あの! それ、わたしにも教えてもらえないでしょうか? ただとは言いません、わたしにできることがあれば、お手伝いしますから」
小鼻を膨らまして鼻息荒く、目を輝かせて迫ってきたレクセンに、イシュトスは気圧されて、あごを引いて上半身をそらした。
「ずいぶん熱心だ。教えを乞う人間をむげには出来ないが、できることといっても・・・」
「お願いします!」
「ふぅむ。あぁ、ならばひとつお願いしようか」
人差し指を立てたイシュトスは、それを傾けていき、手帳を差す角度で止めた。
「その手帳を見せてもらっても?」
「っ!! これをですかっ!?」
レクセンは一拍息をつまらせて、声を裏返えらせた。手帳を胸もとに引き寄せて、一歩、二歩、と後退した。
ここまで衝撃を受けると思っていなかったイシュトスは、思わず指を引いてしまった。
レクセンは究極の選択を迫られた。知識か命か、どちらかを捧げねばならない。
笑顔が素敵な優しいおじいさんだと思っていたら、なんと残酷なことを思いつくのだろう。遺物のことを知られてしまうという心配は、この際、無い。
レクセンは天を仰いで逡巡していたが、やがてふるえる手で手帳を差し出した。
「約束ですから・・・絶対っ」
とだけ言い、走り去った。
イシュトスは己の出した条件の重さに気づかず、困惑した顔で立ち尽くしていた。
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