第26話 キーダイ
ルテラから湖に沿って東に進み、古い街道跡の分岐路をまた東へ向かい、突き当たった森にキーダイの村がある。
ここから東は樹海が広がっているため、訪れる人間といえば調査団か行商人くらいだった。
キーダイは、森に囲まれ、さらに丸太の塀で囲んだ村だったが、正門をくぐると、思った以上に奥行きがあった。
まず目を引くのは、長く大きな木造家屋だ。
独特な丸みを帯びた屋根は壁と一体で、木板をずらして交互に張り合わせており、まるでうろこのように見える。丸いうろこ屋根、角ばったうろこ屋根もあれば、植物におおわれた緑のうろこ屋根もあり、巨大な生物の胴体のようだ。
さらに、村の全員が、頭巾付きの全身を覆う長衣に身を包み、どこか粛々とした雰囲気が特徴的だった。
レクセンたちは、門番に案内され、村の長のいる六角形のうろこ屋根の建物のまえにいた。
屋内は、まるまるひとつの大広間で、柱と梁がしっかり組まれ屋根を支えていた。
左右の壁際には、狭い上階が設置され、はしごがかかっていた。
レクセンは、ルテラで宿泊した家を思い出した。あの室内を広く大きくした感じだった。外観や空間の取り方が違っていても、こうした類似があると、起源は同じなんだ、とレクセンはひとり感動をおぼえていた。
中央の大きな長方形の炉を挟んだ上座に、四人のテーベン人がいた。
室内のため頭巾を下ろしている。
座っている二人は年配の男性で、顔の造形が似ていた。両端で立っている二人は若い男女で、背丈と同じ長さの刃のない三又の木槍を携えていた。
座っている片方が、先に渡っていたホッジスの手紙から、目の前に立っているレクセンらに視線をあげた。
長衣の装飾が一番見事である彼が、おそらくキーダイ村の長であろう。
ホッジスが懇意にしている人物は彼ではないのだが、異例のことなので、こういう形になった。
彼は難しい顔をしたまま、手紙を持っていない方の手で、座りなさい、という仕草をした。
レクセンとケイが座り、ウォルフは立ったままだ。
ショーンは荷物番のため、ホッジスに借りた馬とともに外で待機していた。
「わしはこの村のまとめ役のヨルゴスと申す。となりは補佐のヤアニスだ。まずは、これだけの品を運んできてくれたことに、礼を言おう」
村長は手紙を折りたたみながら、その内容に感謝を述べた。
レクセンたちが運んできた品物は、ホッジスのテーベ酒以外にも、日用品や嗜好品のほか、子どもが遊ぶ玩具まであった。
どうせ運ぶなら色々あった方が良い、とショーンが言い張って、ホッジスも巻き込んだ五人で、一日費やしてルテラで集めてきたものだった。
レクセンとケイには、実に良い気分転換にもなった。
「代わりに、あなたがたは何をお望みか?」
「森の奥の遺跡に関する知識を、お教え願えませんか?」
お互い率直に聞き合った。
レクセンの申し出に、ヨルゴス村長はヤアニスと、やはり、という顔を合わせた。
「以前尋ねられた時と同じ返答になりますが、我々には教えるほどの知識がありませぬゆえ、まことに申し訳ないがご期待には応えられませぬ」
前回訪れた時も聞き出そうとしていたことを、レクセンは初めて知った。だが、調査隊として来ている以上、聞いていないはずがなかった。
前回は拒否して、今回は承諾する、となるはずもなく、引き下がるしかなかった。
「今日明日ぐらいはゆっくりしていかれるとよろしかろう。すぐに村から放り出すほど、我々は恩知らずではありませんので。しかし、調査とは常々急がれるものでしょうから、よろしければですが」
補佐のヤアニスの言葉はありがたいものだったが、態度は固く、言い方も素っ気ない。言い換えれば、品物運搬の恩はこれでチャラ、ということだ。
そして、自分たちの恩返しを受けない場合は、そちらの都合だということも、ご丁寧に付け足していた。
立っていた若い男の方が、レクセンのそばまで進み出て、退出をうながした。
一礼して外に出ると、ちらほら集まっていた村の人々が、好奇なまなざしで遠巻きに見つめてくる。よそ者が珍しいのだろうか。
待っていたショーンは、人当たりと口の良さですでにいくつかの品を交換したり売ったりしていた。
レクセンたちが出てくると、くわえていた煙草を捨て、馬に荷を乗せ直した。レクセンの表情を見て、結果は察したようだった。
「ついてきてください」
レクセンとともに長の建屋から出てきた若者が、それだけ言って歩き出した。
「普段は行商の方が使っている場所なので、特に不自由はないと思います。水が必要なら、あそこの井戸からどうぞ」
先導しながら、コーダートのような口調で最低限の案内をする。
若者はぽつんと離れた塀のそばの小屋の前で止まった。ルテラで止まった家の半分ほどの大きさだった。
「それから――」
若者が振り返って、なぜか言葉を詰まらせ、不快そうな顔で告げた。
「・・・あまりこうして、村の中を勝手にうろつかないでほしいのですが」
「こうして?」
レクセンが振り返ると、ホッジスの馬以外誰もいなかった。
ショーンは、一番遠いところで村の若い女性に声をかけていた。
ケイは、いつのまにか子どもに混じって、追いかけっこして遊んでいた。
ウォルフは、作物を両肩に担ぎ、運ぶ手助けをしていた。
「す、すみません。わたしから言っておきます」
若者はあからさまなため息をして、去っていった。
遠くの三人の様子をながめながら、レクセンはひとりごちた。
「いままた誰か襲ってきたら、遺物とられるよ? いいの?」
彼ら特有の洞察力かなにかで、襲われない確信があるのだろうか。
出発前はこれ以上の護衛はない、と信じきっていたが、どうもそうじゃないような気がしてくる。
不安に思っていると、ホッジスの馬が大きな鼻面を寄せてきた。
「ありがと。あなたがわたしの護衛ってことなのね」
レクセンがあごを撫でてあげると、ブルル、と嬉しそうに鳴いた。
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