第25話 カラカル



「いくつか質問があるんですけど、いいです?」


会話が途切れたところで、レクセンがホッジスに問いかけると、彼は座り直してレクセンに向き合った。


「右のそでをまくってくれませんか、できれば弟さんも」

「あ、ああ、いいぜ」


ホッジスは戸惑いながらも、そでをめくり、弟にもするようにうながした。彼らの腕に目立った傷はなかった。

あの時、レクセンは犯人の腕に掴みかかり、思い切り爪をたてていた。

その傷の有無を確かめたかった。


「なるほど。簡単なようで、意外と思いつかないもんだ。やるな」


ショーンがしきりに感心する。すると、ホッジスが疑問をはさんだ。


「傷のことと言えば、こいつの怪我は、・・・あんた?」


弟に親指を向けてから、人差し指に切り替えて、ウォルフをさした。

ウォルフはホッジスの弟をじっと見つめた。外で見張りをしていたのはテーベン人ではなかったから、彼は家に侵入したに違いない。

ウォルフは腕を組んだまま、指を別の方向に向ける。

ホッジスがそれをなぞった先には、ケイがいた。


「き、君が!?」


ホッジスはおおきく目をみはった。

ケイが、怒られる子どものように、うなだれてシュンとする。

ホッジスはとっさに顔の前で手をあおいだ。


「いやいやいや、悪いのは弟だ、自業自得だ。君を責めているわけじゃない。ただ、誰にやられたか聞いても、あれは《カラカル》だなんだってわけのわからんこと言ってたから、聞いてみたかったんだ」

「あぁ、《カラカル》! そうか、ここだったかぁ」


ショーンはいきなり声高にさけび、ひとつひざを打った。

ホッジスが疑問顔のケイとレクセンにわざわざ説明してくれた。


「テーベンにある、昔からの言い伝えでね。《灰の目のカラカル》っていうんだ。夜に徘徊し、人を襲う化け物で、だが決して姿をとらえることができず、灰色に光る両眼だけが闇夜に浮かび上がる。そういうちょっと怖い話なんだが、まあ、想像つかないよな、彼女みたいな姿からじゃあ」


ははは、と笑い飛ばしたホッジスだが、レクセンは遺跡から救出されたときのあのケイの姿が浮かんだ。

ホッジスの弟は、暗闇で暴れまわるアレに襲われたのだ。彼が怯えている理由もわかる。


化け物の姿にピンとこずに首をかしげるケイが可笑しかった。

そりゃ酔ってて覚えてないもんね、とレクセンは心の中でつっこんだ。


「ははっ、話をそらしてすまんな、他に聞きたいことは?」


レクセンは座り直して気持ちを切り替えた。上体をわずかに前に倒し、一番聞きたかったことを質問した。


「最初の、あの遺跡での襲撃は、あなた方がやったことなんですか?」

「あれは違う。間接的に関わっているかどうかは、確信できないが、直接は絶対やってないと言える」


ホッジスが険しい顔で答えた。


「なぜです?」

「それは、言えない」


ホッジスは、急に口を堅く閉ざした。

絶対とまで言い切ったわりに、理由は言えないらしい。

レクセンの中で消えかかっていた疑いが、ふたたび膨らんだ。

ショーンをチラッとみるが、言いつぐむホッジスをじっと見つめているだけだ。彼が知っているかどうか判断できなかった。

このまま口を開くことを待っていても、埒が明かなさそうだった。

ウォルフが、今一度聞いた。


「どうあっても答えるつもりは?」

「ない。これは俺だけの問題じゃない、とだけしか」


ホッジスは首を横に振るばかりだった。

どうやら、個人的なものではない大きな秘密をかかえているらしい。

レクセンはしかたなく納得して、最後の質問をすることにした。


「わたしが持っている遺物か、あの遺跡に関する史料は見られますか?」

「うーん、それはちょっと俺にはわからんなあ。そういう古い書物がある場所は知っているが、俺も入れないところだ。君にも許可はでないと思う」


レクセンは落胆した。

エブラーグ調査隊として来ているなら、まだなんとかなったかもしれないが、今回はそうではないため、期待できそうになかった。


「悪いな、役に立てなくて」

「いえ、しかたないです。質問も、もうないです」


ホッジスは、最後にもう一度頭を下げ、部屋を去ろうと立ち上がりかけたとき、ふと思い至ることがあった。


「あー、森の遺跡にいったことあるなら、途中にあるキーダイは分かるか?」

「キーダイ?」

「あれ、知らないか。森にある村なんだけど」


そう言われて、初めて村の名前を知った。


「あそこも一応テーベンの村でな。あっちの方が遺跡も近いし、あいつらの方が知っていることはあるかもよ?」


しかし、キーダイの村はよそ者をいれることを拒んでいた。前回は、村の手前にある開いた場所を借りて野営しただけだ。


「でも、村には入れてもらえないから」

「そこで、だ。あっちには、俺の酒を毎回買ってくれる懇意な人がいるんだ。俺の手紙をもっていけば、もしかしたら入れてもらえる、・・・かも」


言いよどむホッジスを、ショーンが茶化した。


「なんだぁ、お前にしてはめったにない良い案だと思ったが、入れてもらえるだけじゃ駄目なんだぞ」

「ちっ、うるさいよ! 同じテーベンと言っても考え方が違うんだ、あいつら。変に固いっつうか。たぶん、俺にできるのはそんなところだ」


ホッジスの提案は、渡りに舟、になりそうだった。

向こう岸がなくて引き返すだけになるかもしれないが、駄目でもともとだ、とレクセンは思った。

そこへ、ウォルフが口をはさんだ。


「レクス、本部へ戻るつもりじゃなかったか?」


レクセンは、はっとした。話に夢中で、自分の決意も忘れてしまっていた。

ショーンが今度はレクセンにくってかかった。


「ちょっと待て、戻るのか? なら話は変わってくるぞ」

「話?」

「本部の事情は耳にしてるんだ。帰ったら、遺物は取られて、はいおしまい、だぞ。で、卑しい《ガブリン》どもが遺物を取り合って最後は――」


ぷぅ、と息をふきかけた手を広げて下ろし、手元から消えるような仕草をした。

確かにその通りだ。こうした連中は遺物の重要性など深く考えず、とにかく奪い合う。競争相手に渡らなければ壊れてもいい、というような不様な争いに発展する。

調査団員に《ガブリン》という不名誉な名称をつけられた理由のひとつだった。

レクセンが答えに詰まっていると、ショーンも提案を出した。


「よし。帰るつもりなら、昨日遺物を取られたことにして、俺にあずけろ。信用しろとか言うつもりはない。が、レクスが帰るのを黙って見てただけなんてロクシアに知られてみろ、罵倒じゃすまんぞ。絶縁を言い渡されてしまう」

「あり得る」


ショーンの言葉に、ウォルフが同意した。二人の意見がめずらしく合う。


「さ、どうする、班長さん?」


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