第23話 疑惑
「レクス」
いきなり声をかけられて、レクセンは背筋が冷えた。が、すぐに胸をなでおろした。
声の主はウォルフだった。
さすがのウォルフも室内の惨状に目をみはり、レクセンの傍にひざをついた。
「大丈夫か?」
「大丈夫、だと思う。たぶん」
ウォルフはランタンを近づけ、レクセンのあごに手をやり、レクセンの顔の角度をかえて、前髪に隠れた額の擦り傷の具合を確認する。
「狙いは、やはり?」
「う、うん。下で大きな音が聞こえて。目を覚ましたらケイがいなくて、誰かがわたしの荷をばらまいてて。それから、あの箱を取っていくのが見えたから、咄嗟にしがみついちゃったけど・・・」
結局あっさり振り払われて、みすみす盗まれてしまった。
「あの小物入れは?」
「あ、そ、そうだ。わたし、あっちに――」
「すぐに確かめてくれ。やつら、もう来ないとは」
限らない。それはレクセンも同感だ。
よたよたと立ち上がるレクセンを、ウォルフは軽々と持ち上げて立たせた。
「ケイの荷物もたのむ。すぐにここを出る」
そう言って、ウォルフは上着を脱いで、寝間着のケイに着させた。
レクセンは自分も薄手の寝間着だったことに気づき、あわてて寝室にあがっていった。
レクセンは、散らばっていた私物の中から、小物入れを見つけて真っ先にそれを拾い、あとは手に取ったものから次々に背のうに突っ込んだ。
片付けながら、上着を羽織り、ズボンに雑に足をつっこんで、最後に靴を履くが、ひもはゆるめたままだった。
そして、ケイの荷も肩にかけて寝室を出た。
「ウォルフ、あった。無事だった」
小物入れをかかげてウォルフに伝えたとき、
「うおっ、こりゃ一体・・・?」
ショーンが戻ってきた。
レクセンが声をかけるより早く、ウォルフが動いた。
散乱した室内を見回していたショーンの首をわしづかみして、そのまま壁に強く押しつけた。
ドン、と壁が揺れんばかりの勢いに、レクセンは首をすくめた。
ショーンは息が詰まり、文句を吐きかけたが、思わず飲みこんだ。ウォルフが、首をへし折らんばかりの殺気のこもった形相だったからだ。
ショーンは、倒れているケイを見て、夜逃げでもしそうな格好のレクセンを見て、大方、何があったのかを察した。
「よく・・・考えろ。俺が裏切っていたら、ここに戻ってくるのはおかしいだろう」
いつもと違う抑揚のない口調だった。
「この行き当たりばったりっぽいやり方はどうだ? しかも、自分が疑われるような時と場所で、俺がやると思うか?」
たしかにショーンの言う通りだが、その言葉があらかじめ考えられていたものか、彼の口の巧さによる咄嗟のものなのか、ウォルフはわからない。
だが、ウォルフは、”普通ならこうだろう”という説明など、端から聞く気はなかった。首を掴んでいる手の力加減も全く変えない。
「それに、こうしている暇なんてないんじゃないか?」
ウォルフの変化のなさに、ショーンから手を変えた。
それを聞いて、ウォルフの殺気にのまれて固まっていたレクセンが、やっと動いた。ケイを無理やりにでも起こしにかかる。
「もし再び奴らが来たら、まずお前の首を折る。来ないよう祈れ」
「そう簡単にやられるとでも?」
ずっとウォルフを睨み返していたショーンは、一瞬だけレクセンとケイに視線を移した。ウォルフがその意味がわからないはずがないが、さきに動きはみせなかった。
(だめだな。このくらいの揺さぶりじゃビクともしない。ほんと、厄介なやつだ)
ショーンは心中で己の不利を悟りつつ、感心した。
こっちは先に動けない。動こうとしても、呼吸の変化や筋肉の緊張すら、ウォルフは察知するだろう。レクセンやケイを人質に取る以前に、首をへし折られておしまいだ。
打開策が見当たらず、眉間のあたりが、じーんとしびれて苦しくなってきた。
「わかったぁ、降参だ。ちょっと試してみたかったんだ。これは俺じゃない、本当だ。俺なら誰が犯人かすぐに調べられる」
いつもの軽い口調に戻して言った。
「あのホッジスという男か?」
「そいつも含めてなんとかできる。遺物を狙ってきたんだろ? 今ならまだ取り返せるかもしれんだろ」
ウォルフは手をすこしゆるめてから、さっきより強く力をこめた。
ショーンのあご下に指がくいこんだ。
「嘘は言わんっ。くそっ、ロクシアにでもなんでも誓ってやらぁ」
ショーンは、バンバンと壁をたたいて、降参の合図をしめした。ようやく、ウォルフが手を放した。
ショーンは口にたまった唾を飲みこんで、肩を上下させて空気を吸い込んだ。ほほをゆがませて、首をさすりながら言った。
「もしあいつが、ホッジスが関係していたら、俺まで利用したことになるんだ。俺だって怒る状況になってんだぜ」
ウォルフはショーンへの警戒を解く気はないらしい。それを承知したように、ショーンはもろ手をあげ、お手上げだと首をふった。
「レクス、俺の上着取ってくれないか?」
レクスは傍にあったショーンのしわくちゃの上着を取って、投げた。
ショーンは礼を言いながら受け取り、無数の靴跡をはたき落としながら出ていった。
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