第19話 案内人
ショーンが借りた一軒家は、梁を支える中央の太い柱が屋根まで伸びていて、西側に炊事場と物置で、その真上に寝室と客間があり、東側はふきぬけで、小さな暖炉のある広い居間、という間取りだった。
「さあて、これからの予定はどうなってるんだい?」
荷を下ろし、柱を中心とした半円の食事机の席について、ひと休憩いれたところでショーンが尋ねた。
室内を一通り見回っていたウォルフがレクセンを見た。居間にある鹿の角飾りや、変な形の花瓶などを見ていたケイも、レクセンに目を移した。
彼らは、レクセン班長に判断をあおいだのだ。二人に倣って、ショーンもレクセンに注目した。
「えーっと、とりあえず水と食料を多めに調達して、案内人を雇うこと」
レクセンは、手帳にあったことをそのまま読んだ。やるべきことを忘れないように、あらかじめ書き記していた。
レクセンの隣に座ったケイがサッと手を上げて、自分が同行する意思を示した。
「まあ、そうなるな。そこで、だ。俺をその《ピスキー》として雇わないか?」
ショーンが机に腰かけて、提案してきた。
いきなり予定にない展開にレクセンは戸惑った。助けを求めてウォルフに目を泳がせた。頼りにするには、まだまだ物足りない班長のようである。
「信用できない」
ウォルフは、これ以上ないほど簡潔な意見を述べた。
ショーンの自信に満ちた顔が、一瞬で怒り顔に裏返ったが、またすぐに切り替わり、真剣な顔になっていた。
ケイが面白そうにショーンの表情を観察していた。
「何様だ、おいっ。聞いてくれ、レクス。俺はな、ルテラには何度も来てるんだ。仕事柄、顔もかなり利くし、町の外のことも大概知ってる。そのへんの寝ぼけた《ピスキー》よりよっぽど申し分ないはずだ」
遺跡までの道のりは判明しているとはいえ、彼らのような現地を知り尽くした案内役は、当然いる方がなにかと都合が良い。
案内人が良ければ、ただ道のりを知っているだけでなく、見知らぬ土地や町での不便も取り払えるからだ。
案内人の能力の差が、遺跡調査の進捗度を決めると言っても過言ではなかった。
ショーンを案内人することに、レクセンは迷った。
あまり親しいとは言えないが、知り合いが案内人なのは安心はできる。ウォルフの言葉は、下心のことだと思うのは楽観的だろうか。
ただ、ショーンは案内人というよりは同行者に近い立ち位置になる。
どんどん引っ張っていく性分の彼は、頼りになるのは確かだけれど、自分が楽して頼り切ってしまうことを懸念した。それは自分が注意すればいいことかもしれない。
「ま、すぐには答えられないだろう。あとで返事してくれればいい」
迷っているレクセンにショーンは軽く笑い、話を変えた。
「それよりだ。レクスが発見したっていう例の遺物、見せてくれないか?」
ウォルフの目に警戒の色がひらめき、レクセンより先に答えた。
「なぜ知っている」
「そう警戒しなさんな。ロクシアの手紙に書いてあったんだよ」
ショーンは、疑われることは最初から承知していたようで、懐から取り出した手紙をこれみよがしに振ってみせ、机の上を滑らせた。
レクセンとケイを挟んで、反対側でウォルフは手紙を受け取り、開いた。
内容は、レクセンが偶然見つけた遺物を持ってルテラに行くため、必要ならそれを確認し、ショーンの調査に役立ててほしい、とだけあった。
その他余計なことは一切書かれていなかった。
ロクシアらしい手紙であり、わざわざ娘を手助けしてほしいと書かなくても、ショーンならばそう動いてくれるだろうと予測したに違いない。
だが、ショーンという男は予想内に収まらない、計り知れないところがある。
ロクシアもそれは分かっているはずだ。
それでも手紙を書いたということは、ウォルフなら、いざというときショーンを抑えつけられると思っているのだろう。
ロクシアの信頼は光栄なことだが、買いかぶりな気がしてならない。それほど見通せるのなら、前回の襲撃もあらかじめ察知できていたはずだ。
「じっくり見やがって。なんだ、まさか偽物とか思ってやがんのか」
「違うようだ」
「ふん、この俺がそんな浅ましい小物みたいな真似をすると思っているとは、お前もずいぶん器の小さい野郎だ」
「そうだな」
皮肉をウォルフは簡単に肯定した。
この殴りごたえも蹴りごたえもない感じが、ショーンが気に入らないところだった。
「あ、あのっ。これ、どうぞ」
レクセンが、遺物の入った箱をショーンに差し出して、険悪になりそうな空気に、おずおずと間に入った。
レクセンのかしこまった態度を見て、ショーンは己の失態に内心で舌打ちした。
適当にあしらってくれるロクシアとボーデンが間にいるいつものつもりで、喧嘩腰になっていた。大の男二人の野暮な言い争いを見せるのは好ましくない。
「おお、おお。こいつが例のやつか! よぉし、さっそく拝見させてもらおう」
ショーンはつとめて明るい口調で、指をならした。
箱を開け、包まれた布をはがすと、ショーンはなんとも言えない表情になった。ただのさびた球体にしか見えないものを、どう表現したものか戸惑っているようだ。
「やっぱり、そうなりますよね」
ショーンがこうなるのも無理はない。
レクセンも、興奮が冷めて落ち着いて見てみると、重要性のない単なる金属の破片でしかないように思えてくる。
「まあ、なんだ。発掘史上最大の《叡智の青》(ロゼッタブルー)だって、発見当時はただの水晶体にしか見えなかったって言うしな。可能性は未知数ってやつさ」
「あんなすごいものと比べるなんて・・・」
「そのくらいの自信を持てってことさ」
《叡智の青》
この発見がなければ、我々はまだ石器時代を過ごしていた、というくらい比類なき発掘物だった。
現在と過去の明確な知識と技術の差。それを把握できたのは、この水晶を解明できたからだ。しかも、大半の機能が失われている状態にもかかわらずである。
そして、最も重要なことは、世界が失ったはずの青いきらめきを放つ唯一の存在なのだ。
現在の技術では、《叡智の青》からこれ以上何かを引き出すことは困難と言われている。
別の鍵となる道具なり知識なりが必要で、その情報はおそらく《青》の中にある、という現状だった。
さらに、この《青》こそ失った輝きを取り戻すものだ、という意見と、この《青》こそ輝きを奪ったすべての原因だ、という意見が真っ二つに割れていて、埒が明かない水掛け論にまで発展していた。
ともかく、そんな偉大な発見と並べられては、レクセンは恐縮するしかない。
さっさと遺物をしまっていると、来訪があった。
ショーンが即座に許可すると、脇に太い瓶を抱えた薄着の大男が入ってきた。
「おう、こいつがこの家を貸してくれたホッジスってやつだ」
大男は、テーベン人だった。一目でわかるとよく言われているが、その通りだと改めてレクセンは思った。
髪と瞳の色がこの土地の景色によく似た、うらやましくなるような美しいはしばみ色だった。
「ありがとうございます、一晩お借りさせていただきます」
「かまわんかまわん。ここはあんたらのような調査団の人間に貸し出してるとこだ。んでもってショーンの知り合いだってんで――」
ホッジスがケイを見て言葉を詰まらせた。
《青威》におののいたのでは、とレクセンは思ったが、すぐに違うとわかった。
ホッジスの顔が喜びにほころんだからだ。
「おい、おい。すげえ美人じゃねぇか。お前の知り合いとか本当かよ?」
「だから言っただろう。まだ俺を信じてないのか」
「ホッジスだ。君の名前を聞いてもいいかい?」
「わざわざ敵を増やすほど、俺は甘い男じゃないぞ、馬鹿が」
ショーンは、ケイと握手しようと差し伸べたホッジスの手を払った。ホッジスも負けじと手を差し出し返して、もみ合った。良くも悪くもショーンの知り合いのようだ。
ホッジスは、わきに抱えていた物を机の上に置いた。
「これならどうだ、文句ないだろ?」
「ほお、テーベ酒か。だが、二本じゃあなぁ、彼女の価値の半分もないぜ」
「俺の自慢の酒だぞ。上手いからぜひ飲んでくれ、な、な?」
ホッジスは、ケイとレクセンに酒瓶を差し出した。コン、と瓶に触れるものがあって、ホッジスは腕を伸ばすのを止めた。
「ん、これは?」
「おまえな、これは彼女が発見した貴重な遺物なんだ、気をつけろ」
ショーンが代わりに答えて、流れるようにレクセンの肩に腕をまわした。慣れていないレクセンは、わずかに固まる。
「へー、すげえものなのか。見てもいいかい?」
レクセンは固い表情のままうなずいて、箱を開き、布をめくった。
ホッジスは、期待した顔で遺物をみつめている。
「あの、これです」
「え、これだけ? あ、そう」
拍子抜けしたホッジスは、率直な感想を言った。
心なしかシュンとして箱を閉じるレクセンのとなりで、ショーンが口だけ動かして、ホッジスに無言の文句をぶつけた。
「あー、俺はこういうものの価値はさっぱりで、もっとすごいもんを想像し――」
言い訳を並べていたホッジスから、突然キーン、キーンという音叉のような音色が聞こえた。
ホッジスは慌てて懐中時計のようなものを取り出して音を止めた。
「悪い、あーっと別の用事だ。よかったら帰りも利用してくれ。なにか不自由あったら俺に言ってくれ。じゃあ」
と挨拶もそこそこに、ホッジスは去っていった。
「なんなんだ、あいつはぁ。忙しないやつだ」
ショーンがあきれたのはほんの一時で、ホッジスが残していったテーベ酒を手に取った。
茶色の澄んだ液体で、飲めばのどが焼けつく辛さだが、鼻腔に独特な甘い香りが広がり、後味も強めの美酒で、ショーンの大好物である。
一口もらおう、とニンマリしたショーンに、ウォルフが珍しく大きなため息をついた。
ショーンが出しゃばることで、彼のやり方に巻き込まれるというウォルフの懸念は、早速的中した。
「なんだ?文句があるならはっきり言え」
「手紙を送ったのは失策だったな。上司としても、母親としても」
母親という言葉に、ピクリとレクセンが反応した。
まるで、ロクシアが母親として心配してショーンの手を借りたような言い方だった。
当然、レクセンはショーンに対して反感が出てしまう。それを狙ってショーンを遠ざけるというウォルフの思惑も丸見えだった。
ショーンは、反論するよりただ不快感を表した。
「最低だな。言い方ってもんがあるだろ」
ショーンは興がそがれたようで、テーベ酒をドン、と置いて出ていった。
ここで、自分はそうじゃない、ロクシアは関係ない、とあれこれ言い訳して神経を逆なでしないのは、他人にはなかなかできない、ショーンの良さだ。
にぎやかだった室内が、一気に静まった。
レクセンは無言で荷を持って、寝室にあがっていった。
「ケイ、出る準備を」
しておけ、と言うウォルフに、ケイはうなずいて帽子を手に立ち上がり、何事もなかったように準備をしはじめた。
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