第13話 記念品



レクセンはかばんから厚くて硬そうな紙袋を出して、袋の中身をそっと取り出した。

でてきたのは石。拳ふたつ分くらいの大きさ。サイコロのような六面体で、角や辺は削れて丸い。一面だけきれいな平面で、見たことのない模様が彫られ、ふちは苔が残っていた。

ケイは石を触ってみた。冷たくかたい。持ち上げてみると相応の重み。何の変哲もないただの遺跡の一片だった。


本当なら倉庫に保管されるべきなのだが、レクセンに返された。

これは、研究部で価値なしと鑑定された遺物で、記念品として隊員が受け取れることができるためだった。

本来、歴史的財産を個人の自由にしていいはずはないが、調査団はすこしばかり容認しているところもあった。といっても、派遣の度に毎回許されるほど頻繁ではないし、鑑定と記録は必須で、厳守せねば重い処分が下される。

調査団を辞めるだけでは済まされなかった者は少なくない。


レクセンは手帳を数頁戻して、石室が描かれたところを開いた。


「ここ、壁が崩れてるとこ。石に模様があったのはここだけだったから、なにかが埋まってると思ったんでしょうね」

「リックが掘ったとちやうん?」

「まっさかぁ。たぶん盗掘者が目ぼしいところを掘った跡よ」

「そっかぁ。なんでリックがこの石持っとったん?」


ケイは石を指でつついたり、角をなぞったりしながら質問した。

レクセンは、理由を考えているうちに、すこしばかり思い出した。


「確かわたし、その掘りかえされた部分が気になって、石の模様を書き写そうとしたの。その時に外から声が聞こえて、たぶんそれが強盗が襲ってきた時じゃないかな。それで咄嗟に、この石を手帳ごとかばんに突っ込んじゃったのかも」


レクセンは記念品として持ち帰ったつもりではなく、研究部が勝手に初派遣の初記念品だと勘違いして手元に戻ってきた、ということだった。

何気ない質問で、辛い記憶を思い出させてしまい、ケイはまずいという顔をした。

レクセンは、大丈夫大丈夫、と顔の前で手を振った。


「そんな顔しないでよ、平気だから。価値なしって鑑定されたから、ちょっと乱暴に扱ったことも、おとがめないしね」


軽い笑みのレクセン。無理をしている様子は見られない。


「んでも、手帳の続きを描けんなら、きっとあるよ、価値」


ケイの率直な言葉に、レクセンはドキっとした。


「・・・そう、そうだね。なんなら今書き写しちゃおうか」


レクセンが手帳に続きを描き始め、ケイがそれを正面からのぞきこんだ。

レクセンの手はよどみなく動いた。鉛筆一本で、筆触と濃淡の差を駆使して、実にあざやかに描いてゆく。しかも早い。


「描いた後、この石はどうすん?」


ケイの疑問に、レクセンは手を止めずに答えた。


「わたしの初派遣の記念品、にしてもいいんだけど、できるなら元あったとこに返したいかな。《バード》手記にもあったように、『あるべきものをあるべき場所へ』ってね」


記念品の決まり事は悪いとは思っていないが、やはり勝手に持ち出しているようで気が引けた。だからこそ、レクセンは手帳に細かく書き記している。

とはいえ、レクセンがあの遺跡にふたたび訪れることは、もうないかもしれない。


「だから、調査が再開されたら、誰かにお願いしようと思ってる。・・・・できた!」


手帳をくるっと回して、ケイに見せる。

おー、っとケイは小さく拍手した。



そのとき、ケイの拍手にかぶさるように、複数の華やいだ声が食堂に入ってきた。

姿を見なくてもわかる、研究部に所属する女性たちだ。研究部は他と比べて女性の数が多い。

その中でも彼女たちは、容姿端麗は言うまでもなく、博識であり、実力も兼ね備えている一握りの存在で、調査団の花形と例える者もいるくらいだ。

レクセンも、食堂にいる他の人たちも、彼女たちの笑い声におさえつけられるように、声が低く小さくなった。


彼女たちは、自ら指定した場所の良い席に広く陣取ると、自由にふるまい始める。誰もが、すらりとした見事な体形とつややかな髪。地味な研究衣を脱ぎ、綺麗な服装と装飾に身を包んでいた。女を磨くことにも余念がない。そんな集まりである。

そして聞こえてくる。いや、聞こえてもかまわない声量で会話する。


「なんか、獣臭くない?」

「するする。泥臭さも混じって、嫌な感じねぇ」

「せっかく新しい香水にしてみたのに、台無しだわ」


口々にあざけり、そのつど笑い合う。

獣臭いとは、ケイを指していることを誰もが知っている。野蛮で攻撃的で、着る服も汚らしい獣女だと、彼女たちが広めていた。

泥臭いというのは、レクセンというより発掘部の揶揄で、研究するに値しない破片しか掘り起こさない、泥遊びをしている連中だとけなしていた。


レクセンは早々に食堂を出るつもりで、すでに荷を片していた。すると、去り際に追い打ちをかけてくる。


「今回さぁ、そこらへんで拾ってきたような石あったよねー」

「あったあった。調べるこっちの身にもなってほしいわ」

「私たちの貴重な時間を無駄にするの得意よね、発掘部ってさ」

「記念品にするにしても、ダサいよね~」


レクセンは極力何も考えないようにして、大股で足早に食堂を出て行った。

ケイも無言でレクセンの後についていく。

レクセンは歩いた。ただ食堂から離れたかっただけで、どこへ行くでもなかった。次第に足が緩まり、やがて止まった。

敷地内の端にある小さめの緑地のそばだった。

樹木や芝生と、石の段差が工夫して配置され、段差は腰かけられる形に整えられていて、手軽にくつろげる設計になっていた。


レクセンはざわざわした心をしずめようとした。

彼女たちが言うように、自分は破片ひとつおめおめと持ち帰り、なにも成果を上げられなかった。けれど今回の調査は例外だ。


『死傷者が出ているのに、よくもそんな嫌みを平気で言えるわね』


そう言い返してやりたかった。強盗に髪を切り刻まれた時と同等の痛みが胸に溜まった。一時でも、彼女たちような研究員に憧れていたことが嫌になる。


レクセンの丸まった背中に、ケイが手を乗せた。同時に肩をつかみ、強引に胸を反らせる。それから正面にまわり、あごを引き、胸を張ってまっすぐ見据えた。


「胸張いで。なも悪なけん、すぐっと前見りや」


抑揚が普段とちがい、方言がまるまる出ていた。


「他人の目も口も、胸張いで真正面から受け止めて、はねけしてやれ。おめがおめでいるためやて」


トン、とレクセンの胸元を拳で突いた。

どっしりした口調は、ケイのものとは明らかに違っている。

レクセンは戸惑ったが、姿勢を真似してみると、ケイは、うん、と満足げにうなずいた。


「師匠があたしに言ったことなん」


師匠と言われて、レクセンはウォルフが浮かんだが、口調が当てはまらない。

誰のことかわからなかったが、きっと厳しい人だったに違いない。やれと言われて簡単にできることではない。

処世術なんてものではなく、常にそういう気構えでいろ、ということなのかもしれない。


そうだ。

ケイはもっと前から、レクセンよりも多くの暴言や侮辱を浴びせられてきた。そのたびに、ケイはその師匠に言われた通り、前を向いてきたのだ。


「凄い人だったんだね、そのお師匠さん。・・・でも、わたしには厳しすぎるかも」

「んー、厳しいけど優しかよ」


ほほを掻くケイは、柔らかい笑みを見せる。

初めて見るケイの表情に、こんな顔をさせる師匠という人物に、レクセンはとても興味が湧いた。


「今度時間があるときに、良かったら聞かせて。ケイのお師匠さんのこと」

「うん、わかった」


ケイは誇らしげに大きくうなずいた。



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