第8話 内通



「――ロクシーの推測、半分あたりってとこかな」

「半分? 最初から話してもらえるかしら」


ショーンは、見聞したことを話し始めた。

湖の町ルテラ。

もともとは、その土地にいた人々が暮らす、エブラーグがある都市から北に位置する町。

北に広がる未開の地の玄関として、調査団や探検家、学者などが頻繁に逗留し、誰もが一攫千金を夢見て、ここから出発していく。

エブラーグ調査団にとっても重要で、交流が深い。


ルテラの発展はめざましいものだったが、良い方向に賑わうと、同じぐらい悪い方向も賑わってしまう。

人の常だ。

その分、ショーンは仕事しやすくなる。能動的に探り入れずとも、色々耳に入ってきた。もっぱら、調査団の襲撃の件が話題となっているようで、好都合だった。


「襲撃の前、そのへんのごろつきやあぶれ者に声かけてる奴がいた、って話があってな。そこから洗ってみたんだが、何も出てきやしねぇ」


ショーンは背もたれに身体をあずけて続けた。


「そいつの格好も、見た場所もバラバラで、一致するものがない。複数いると仮定して調べたが、あの襲撃以来見たやつはまったくいない、だれも根城を知らない、どの痕跡を追ってみても、途切れちまった」


ショーンの話を、三人ともだまって聞いていた。


「まぁ、深みにはまると、厄介事も降ってくるんでな。とくに急ぐことが危ない。今のところ成果は見込めないな。で、一応、強盗が銃を持っていたらしいから当たってみたが、こっちもさっぱりだ」

「拳銃は強盗のものを持ち帰っていて、すでに調べている。かなり雑な複製品だ。数発撃てたらもうけもの、あとは鈍器にしかならん」


ボーデンの補足に、ショーンの片眉があがった。


「そりゃあ、強盗程度が持ってる銃なんてそんなもんだろ。そんなものしかないのに、よくも襲撃に成功したな?」


全員の疑問をショーンが口にする。


「やっぱり何者かの手引きはあったってことね?」


ロクシアが導いた答えにショーンは深くうなずいた。同時に、ボーデンは肩を落として冷ややかに言った。


「結局、なにも判っとらんじゃないか」


この男に任せたのは無駄だったな、とボーデンの目が語った。

ウォルフも若干あきれた視線をショーンに向けた。


「おい、待て。まだ話は終わっちゃいない。てめぇ、そんな目で俺を見るな、くそったれ」


ウォルフの視線に指をさし返し、ショーンは乱暴な言葉を放つ。


「俺の調べでもここまで何も出てこないってことは、だ。そこいらの《グル》どもや、他の《ガブリン》の仕業とはわけが違う。だろ?」


ショーンが口にした別の呼び名は、昔は隠語だったのが、段々広まっていき、今では一般的な蔑称として通っていた。

調査団員が《ガブリン》、盗掘屋が《グル》、である。

ふたつとも、古い架空の物語で出てくる、程度も格も低い悪霊のたぐいだ。


「そのくらい誰だって理解できる。こっちはそれを調べろ、と依頼しとるんだ」


ボーデンの主張にぶれはなかった。ごまかしは通用しない。


「まあ、聞け、聞け。たしかに、ルテラでは思ったような成果はなかった。だがな――」


ショーンの顔に、勝ち誇ったような優越感が浮かんだ。


「聞いて驚けよ。内通者がだれかは特定できたんだぞ」

「それを先に言わんか、阿呆が!」

「すぐに言わないなんて、ひどい人ね」

「性格悪いな」


いっぺんに三人の非難を受けたが、ショーンは気にしない。実にいい気分である。


「役員だかの息子をつついたんだ。と言っても、こっちの商売女に自ら色々ゲロっていたようだが」


重役の息子は女癖が悪く、度々問題を起こしていて、ルテラでも素行は変わらなかった。

たちの悪い《グル》とのいざこざに発展しかかると、ルテラは親の目が届かないところで、さすがの息子も青くなった。

そこへある団員が間に入り、なんとか取りなしてくれた。

報復も私刑も一切しない代わりに、一つだけ要求を呑むことが条件だった。

当然金だろうと考えていた息子に出された条件は、調査の途中で帰れということだった。

一秒も長居したくなかった息子は、二つ返事で応じ、言われるがまま実行した。

エブラーグまで帰ってきてほっとした矢先、襲撃のことを聞いて怖くなって隠れた。


「で、また女に逃げ込んどるのか? まったく反省のないクソガキだな」

「あんなのどうでもいいわ。間に入った団員が内通者ということね」


辛辣に言い放ったロクシアは脇に置いてあった鞄から、書類を取り出し、机に広げた。派遣隊のなんとか判別のつく質の悪い白黒写真が添付してある。


「なあ、もしこの内通者ってのが、この野郎だったらどうするんだよ」


ショーンはもったいぶって、ウォルフをあごで指して仮定してみた。


「寝言を言いたいんなら、力づくで寝かせてやるぞ」

「逆にあなたを内通者と断定してあげるわ」


にべもない。

ロクシアに冷酷な目で見られた。

彼女にこれだけ信頼されているウォルフ。彼女との関係は本当に噂だけとは思えない。なんと憎たらしい男だ。


「こいつだ。間違いない、話の中に何度も名前が出てきたからな」


机に広げられた書類からショーンが指差した一枚を、三人は身を乗り出して覗き込んだ。目つきの悪い左右非対称な顔が写っている。

たちまち一斉に身を引いて、三者三様にガッカリしだした。

ショーンは、両腕を広げて称賛を浴びる態勢だったのに、彼らのその落ち込みは完全に予定外で、いぶかしんだ。


「なんだ? どうした?」

「その人、襲撃のときに殺されてるわ。報告によると、ついつい逃げようしたところを刺されたみたい」

「なんだとっ」


事実に面食らった。いや、ありえる。

姿の見えない何者かは、徹底して足跡を残していないのだ。ここでボロを出すような甘い相手ではなかった。

こうなると、内通者が本当にこの男とは特定できなくなった。馬鹿息子のようにただ利用されていただけの可能性も出てくる。

手詰まりか、と思いかけた時、ウォルフがおもむろに言った。


「この男、レクスに気があったやつだな」

「なっ、なに! 本当なのか!?」


なぜかロクシアではなくショーンが声を荒げる。


「ああ、調査隊に誘ったのも、たしか――」


この男のはずだ、と誰もが分かることを最後まで言い切らないのは、ウォルフの癖だ。

現地に派遣される隊は基本的に希望制だ。

そこから、一隊の勤務の態度や実績など考慮し、遺跡の規模と照らし合わせて、いくつかの隊の派遣を決定する。

ウォルフは、調査隊に勧誘されたときのレクセンの輝きに満ちた顔を、よく覚えている。


「それでおまえ、・・・寄ってくるのを体張って阻止したんだろうな?」


ショーンは唇をふるわせながら、ウォルフに聞いた。


「いや、無理強いではないから、干渉は――」

「役立たずが!なぁにが、『干渉は良くない』だ。あのな、女が望むものを与えられる男がっ、すぐにそれを贈るなんてのはな、浅ましくて汚ねえ下心しかないだろっ」


ショーンがこうも強く力説してくると考えてなかったウォルフは、めずらしく戸惑った。

他の二人はショーン自身のことじゃないか、と思ったが口には出さなかった。

放っておけば、ウォルフに長々説教しそうだったので、ボーデンが条件付き同意をして遮った。


「必ずしもそうとは限らんが、今回に関してはそうかもしれん。レクスへの執心度合にもよるが、協力の目的がレクスだとしたら、つじつまが合わんか?」

「ええ、そうね、そうだわ。あの子が別の場所に監禁されたのも、乱暴もほとんどされなかったのも説明がつくわ」

「うむ。だが途中で怖くなって逃げ出したんだろう」

「で、口封じもかねて殺されたということね」


ロクシアとボーデンが、状況証拠に合わせた推測をかみ合わせていく。

そこに、ショーンは待ったをかけた。


「ちがうな。おそらく、逃げ出すのもそいつの計画だ。で、頃合いを見計らって、たった一人で危険を顧みずレクセンを助けに行く。協力関係だから、強盗に見つからずに、無事に逃げられる。いや、もしかしたらわざと見つかることで、二人きりで隠れる状況もあるな。レクセンは思うだろ。ああ、あなたは私の命の恩人、ってな。してやったり、これでこの女は俺の物、だ」


身振り手振りで、内通者のいやらしい企みを詳細に語った。

三人とも、よくもそこまで思いつくな、と感心する。

ショーンは、想像はできても、胸くそは悪かった。女性の弱った心をこじ開けて、自由意思を無くすやり方は反吐が出るほど嫌いである。

レクセンがそんな汚い悪だくみに騙されるとは思いたくないが、彼女は若い。感情のままに先走ってしまうことの方が多いだろう。

しっかりした賢い女なのに、腐った野郎と一緒にいることは、ままある。


この内通者は、レクセンの断りづらい性格を利用しようとしたに違いない。

くそ、俺がしようとしていたこと、先にやりやがって。同じ手はなかなか通用しなくなるっていうのに。いや、こいつのことはバレてないんだから、いけるはずだ。そもそも、俺の場合は利用じゃなくて、ちょっとした気遣い―――


ロクシアの目に、じとっとした不審の色が加わった気がしたので、ショーンは思考を中断した。


「まぁとにかく、最初から殺す腹づもりだったんだろ。やつらにしてみれば、そんな個人的なくだらない願いなんてまともに聞き入れる必要なんてねぇ」


存在はわかっても、影すらとらえきれず、目的も不明だ。

今は警戒して、相手の出方を待つしかない。警戒といっても、再度事件を起こさないための人員や装備増強という普段通りの対処しかできない。

それが不十分だということは全員が思っていた。

それにしても、とボーデンが新たな疑問を持ちかけた。


「その割には人質の救出はすんなりだったな。もっと手ごわそうな奴らに感じるが」


それはウォルフも感じていた。奇襲を仕掛けてきたときと、仕掛けられたときの手際の差が歴然だった。

報告を読めば読むほど、そのちぐはぐな部分が目立った。


だれも一言も発しなくなった。

おのおの考えていることに差異はなく、いますぐ答えの出ないものだった。

重くなりかけた空気を察してか、ショーンは写真の束から、一枚つまみぬいた。


「ちなみに、俺ぁ、こっちの方が気になってるんだがね」


いつもの笑みで話題を変えたショーンは、ひらひらと写真を揺らす。

それにはむっつり顔のケイが写っていた。



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