第7話 会議



ショーンの報告より、数日さかのぼる。


エブラーグでは、襲撃事件の緊急会議が行われようとしていた。

上層部では、盗掘団の襲撃として認識しており、事後処理が主な議題になる。

会議の前に上がってきた報告書を読み直していたロクシアは、どうも腑に落ちない点があり、ひとり悩んでいた。


まず、単なる盗掘団が襲ったにしては手際が良すぎる気がした。

現地で問題が起こり、手薄になったことも原因ではあるが、そこを狙ったかのように襲撃してきたのは偶然とは思えない。

そして、盗掘団が銃火器を使用していたことだ。


現在、銃火器は希少だ。粗悪な模造品はちらほら出回っているが、使用するなら主流の小型の連弩の方が手に入れやすく、値段も安い。なぜわざわざ扱いにくく、無駄に高価な銃火器を所持していたのか疑問が残る。


そもそも、彼らは本当に盗掘団だったのかという疑問もある。競争相手である他の調査団が盗掘団を装って仕掛けてきた可能性も捨てきれない。

現地で手を貸してくれた調査団がいたのだが、エブラーグの独占を潰す策略のための自作自演だと考えると、人質の救出がすんなり遂行できたことも説明がつく。


ロクシアは額に手をあて、報告書をもう一度読み直し、いずれにしても内通者はいるはず、と推察した。

ならば、行動は慎重でなければならない。

遺跡には別の査察を送ることになるだろうが、別といっても同じエブラーグの調査団員だ。エブラーグ以外の人物の調査が必要だ。


ロクシアは、ショーンに独自に依頼をした。

それから、内通者がいる派遣隊は、解散させねばならない。

娘の夢を断つことになってしまうのは気が重いが、万が一、あらぬ疑いが自分や娘にとんでもない形で降りかかってくることもあるため、解散は必然だった。




会議が始まり、調査の中断、別の査察を入れること、危機管理の見直しなど、当たり前のことを、回を重ねて、もたつきながらも決定していった。

次に、護衛隊の副長とウォルフの処分の議題に移ったとき、ロクシアは、「来たわね」と小さくつぶやいた。


今回の人質救出の際、他の調査団に頼ったのは彼ら二人の独断だった。

だが、本部の指示を仰いでいたら、どれだけ早くとも三日はかかる距離だった。遠く離れた土地の人間と、瞬時に連絡し合うことなど、記録の中にしか無い。


結果、人質を無事に救出し、遺物もある程度取り戻すことができた。

だがやはり、競争相手に人手を借りてまで解決したのは、やりすぎではないか、という意見を出してきた。

遺跡の利益を分割することになり、損害は多大になりうる。

もう少し様子を見てから、慎重に判断すべきだった。厳しい処分をすべきだ。

議題をもちかけた役員はそう並べたてた。


ロクシアは、真っ向から異見した。


様子を見てまごついていたら、人質は殺され、あるいは行方不明となり、人材も遺物もすべて失っていました。

ええ、推測でしかありません。ならば、推測で語らず、結果を見ましょう。

人質はほとんど無事、遺物も取り戻せました。

二人の機転と、的確かつ素早い判断があったからこそです。

彼らは自らの判断で結果を出しました。処分はありえません。

むしろ、その判断をするに至った問題を作った人物こそ、処分の対象ではありませんか。



現地で起こった問題。

発掘物を一度持ち帰るべきだ、と派遣隊の副隊長が言い出した。

無論、計画に無い事なので諫めようとしたが、副隊長は全くゆずらなかった。

やむなく予定変更となり、護衛隊の人数配置や持ち回りを大幅にくずし、隊を帰還組と残留組に分け―――残留組が襲撃された。

分散した少人数では抵抗むなしく、人質をとられた。


無理を通した副隊長とは、重役の息子だった。

まるで襲撃を知っていたかのような副隊長の行動は、あくまで偶然で素晴らしい判断だったとほとんど触れることなく片づけて、ウォルフらの処罰を重視した。


この重役は、己の派閥に属さない目障りなロクシアを敵視していた。

ロクシアが、エブラーグ調査団の創立者の愛弟子なのは周知の事実だ。なおかつ実力も美貌もあることで、彼女に憧れている団員は少なくない。

役員として末席であっても、ロクシアの調査団内の影響力は無視できないものがある。


ロクシアは、重役が自分に痛手を与えてやりたくて、彼らの処分をなるべく重くしたいと考えていることなど、お見通しだ。

この議題を出した役員は、当然、重役の息がかかった者だ。


必要以上に処分に反対をしようとすれば、今度は公私混同を持ち出してくることも、分かっていた。

ロクシアと親密な関係と噂されているウォルフは、人質になったロクシアの娘のために、なりふり構わず、調査団の損失を考えもしなかった、と。


ロクシアは、レクセンが参加する派遣隊に、ウォルフなら同行しないはずがないのはわかっていたが、あえて止めはしなかった。止める権限があったとしても。彼以上に信頼できる人物はいないからだ。

公私混同が皆無ではない。だからといって、重役のばかばかしい言い分を甘んじて受けるつもりは毛頭ない。

問題を起こした息子を処分の対象にしないあなたこそ公私混同ではないか、と言い返したくなるのを、ロクシアは我慢して、派遣隊の解散を提案した。


派遣隊の解散とは、その隊員が今後、当遺跡の調査にかかわれなくなることを意味する。

関わった全隊員の一律の処分。それ以上も以下もない。そこに公私混同は一切ないという意思を示した。


自分が描いた絵図からはみ出した結果に、重役は眉をつり上げ、ぶるぶると厚ぼったいほほを震わせながら、ロクシアを睨みつけていた。




会議の結果、ウォルフと副長は二十日の謹慎処分が下された。同時では任務に支障が出るため、先に副長が謹慎となった。

派遣隊の解散の決定までは至らなかったが、そうなるだろう。


ロクシアは自室に戻り、会議の書類を机に放り投げ、重たく長いため息を吐いた。

ウォルフと副長の処分は軽かった。いずれ解散となるものの、議題に出た以上、片方の言い分を採るわけにもいかないため、折り合いに近い処分なのはしかたがなかった。

処分は必要ない、と大きく出たのは少しでも軽くするためで、これは予想していた。

自分が見込んでいた経過と決定に落ち着いたというのに、気分は重たかった。


解散は、結果的に娘を、そして派遣隊全員を犠牲にしたわけだ。必然と考えてはいたが、内通者なんていない可能性だってある。時間がなかったとはいえ、早まったかもしれないという気持ちが大きくなる。

これで優秀だ、有能だと言われているのだから、なんとも情けなく、自分が腹立たしかった。


ロクシアは、頭を傾けて熱を確かめるようなに額に手をあてた。感情を落ち着かせ、冷静に考えを巡らせる、ロクシアの仕草だ。

推察通りの単なる強奪事件でないのなら、まだ終わりではない。目的を知る必要がある。しかし、内通者が不明のままでは、考えなしに行動もできない。

今はショーンを待つしかなさそうだ。


それから、自分が解散の提案を切り出したのだから、その旨は自分から娘に伝えねばなるまい。憎まれても恨まれても仕方がない。犠牲にしたのは事実なのだから。

さしあたり、入院した娘の護衛をボーデンに頼もう。あとは、娘の精神状態も確認しておきたいところだ。

自分のお願いを引き受けてくれる、覇気のなさそうな顔がパッと浮かび、ロクシアは連絡のために便箋を探した。



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