第3話

 無機質なベルは止まない。

 二回目からは鳴り止まず。最初はゆっくりと、今では鳴り終わる前にまた押され、なにか警報音の様にも、目覚ましの様に鳴り響いていた。恐らくインターホンのボタンも押す、というより殴りつけているのであろう。鈍いごんごんという音が扉の向こうからハッキリと聞こえていた。

 もしかしたら新宿の歓楽街で飲んでいた隣人が、夜通し飲んだ勢いで部屋を間違えているのではないかと淡い希望も抱いたが、違う。これは異常だ。この薄い扉を隔てた向こうで巷を騒がせている連続殺人鬼が狂気の貌でインターホンを殴りつけている様が、今の夏目にはその息遣いさえもがハッキリと想像できた。

 歯の根が合わずガチガチと音を立てる。人間を叩き潰す様な怪力の持ち主だ。あんな扉もすぐに打ち破って押し入ってくるに違いない。短い人生だった。面白いこともなかった。後悔しかなかった。

「くそ、くそ、くそ……なんで僕なんだよ……僕が何をしたって……」

 思わずそんな情けない恨み節が漏れる。と、自分の中で誰かが囁く。その囁きはやがて夏目の頭の中で幾重にも反響し、彼をなじり、責め立てた。

「なんで…………」

その時、頭の中だけで響くヒビ割れんばかりの哄笑を掻き消すように、現実の衝撃音が部屋を揺らす。

 思わずしゃくり声を上げて後ずさる。落としたカップが砕け散り、股間の辺りがコーヒーで悲惨な様相だが、今はそれどころではない。今まで殴り付ける音とチャイムしか聞こえなかった玄関から、とんでもない声量の罵声が響いた。

「さっさとここを開けんか! 本気でブチ破るぞ! こなくそッ……おらあ!」

 もう一度馬鹿みたいな衝撃音が鳴り響き、同時に扉がくの字にひしゃげる。

「あいわかった。そっちがその気なら致し方なし。こちらとしても御身御守護を承った身としては引けん。多少心苦しいが、行くぞ」

「……ん?」

 先程の音で冷静さを取り戻した夏目は、なにか話がおかしいと思った。今現在扉を殴り付けている女の時代劇みたいな古風がかった口調もそうだが、引っ掛かったのはそこではない。どちらにしろ彼女はと言った。守る? 僕を?

 夏目は四つん這いのまま恐る恐る玄関扉に向かう。もしかしたら少しは話が通じる相手かも知れない。どの道今はこれしか生き残る道はない、南無三!

 縋り付くようにゆっくりと覗き穴から伺う。見えたのは弓を引くようにたっぷりと上体を反らし、拳を構えて振り被った白い……少女?


「死に晒せぇえい!!」

「ヌンブァ!!」


 吹き飛んで来た扉に鼻っ柱を潰されて、夏目紡の意識は黒く落ちた。





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