第18話 寂しさ




 これまでシャイアドとリャットは、実践的な魔法を使ったことはなかった。

 否、社会という集団において人助けのために魔法を使ったことがなかった、と言ったほうが正しい。今まではマーリアやサムドランのもとで、己や身内のために少しずつ実力をつけていった。しかし現状、練習なんて言っていられない。こうして半信半疑の村人の前で、自分たちの利用価値を証明しなければならなかった。

 次々と回復していった畑の作物を前にして、シャイアドは小さく安堵のため息をつく。なんとか成功した。緊張で手が震えていたが、ローブの下に隠す。

「これで、我々の実力をご理解いただけたかと存じます」

 レキンが静かに、重々しく村人に語りかける。やつれた村人たちは皆困惑したように顔を見合わせた。その中から一人、村長と思しき男が前に出てくる。

「魔導師さま、あなた方のお力はわかりました。ですが──どうも納得がいきません。いくらあなた方が博愛の精神を持つローバリの魔導師といえど、ファーゼル王国民である私たちに援助をするというのは……。我々は何もお返しできるものがございませんで」

「詳しくは言えませんが、我々はこの土地……いえ、ドゥ・アーダルスの調査がしたいのです。そのためにこの村にお世話になりたい」

「それにしては、我々への見返りが大きすぎます」

「それだけ今回の調査は重要なのです。この世界の今後を左右するかもしれません。ご理解いただけますか?」

 皆、戸惑ってはいるが一応は納得したらしい。村長も「そこまでおっしゃるのならば……」と引き下がった。

「では、住居を用意させましょう。それと世話係も」

 すぐに手配しようとした村長に、リャットが慌てて「いや、世話係なんてそんな、いりませんよ」と止めに入る。

「しかし……」

「ではこうしましょう。世話係ではなく、案内人を一人派遣していただきたい。我々がドゥ・アーダルスへ向かう時の案内人を」

「わかりました。……ですが……ドゥ・アーダルスは我々も近寄らぬところ……いや、ルルジ、お前はよくあそこで遊んでいたな?」

 取り巻きに混じって傍観していたルルジは、突然話を振られて少し驚いていたが、すぐに頷いた。

「ああ、おれにとってあそこは庭だから……」

「ルルジちゃん、案内をお願いできるかな? といっても、僕たちが頼んだ時だけでいい。それ以外は好きに行動してもらって構わないよ」

 ルルジは不安そうに「おれでいいのか?」と問うてきた。その不安を和らげるように、リャットがふわりと微笑む。

「むしろ君で嬉しいくらいだ。頼りにしてるよ」

 ルルジは少し顔を赤くして、ぎこちなく頷いた。




「君は見境がないな」

「え? なんのこと?」

 呆れた様子のレキンに、リャットが不思議そうに聞き返した。今は用意された空き家でくつろいでいる。なんせ長旅だった上に先ほどの村人たちとのやりとりだ。身体的にも精神的にもかなり疲れていた。椅子やベッドを見て、普段上品な振る舞いを見せるレキンもぐったりともたれかかったほどだった。

「いや……ある意味君の長所でもあるからね、知らなくていいと思うよ。ただ、この先苦労はしそうだけど」

 レキンが言いたいのはおそらくリャットの振る舞いによって少女が惚れてしまったことへの咎なのだろうが、リャットは本当に無意識にやっているらしく首を捻るばかりだった。

 仕方がない。だってリャットは呆れるほどの善人だ。シャイアドにも良くしてくれるほどのお人好しで、底抜けに優しい。もちろん機嫌が悪くなったりすることもあるが、その苛立ちの仕方も善人感が拭えない。まあ、あれほど暖かい家庭で育ち、サムドランのもとで大切に鍛えられてきたのだ。そこに度重なる試練が加わり、彼の精神はかなり眩しいものとなっているに違いない。いや、家庭環境によって人格を測るのは良くないことだが、それでも彼を構築してきた人生は今現在の彼を成り立たせるのに充分理解できるものだ。

「ひとまず今日は休んで、明日から調査と村への援助に精を出そう。シャイアド、奥の部屋を使いなよ。僕とリャットはこの部屋で寝るから」

「え? でも奥の部屋にはベッドが二つで、この部屋にはベッドが一つしか……」

「待って、誤解しないで! そういうことではなくてね、ベッドは運び出すから!」

「あ、うん……でも、別に奥の部屋にこの部屋のベッドを運んでもいいんじゃない?」

 見知らぬ土地で一人で眠るのは存外さみしい。マーリアを亡くし、ひたすら走って眠ったあの時を思い出してしまうのもあった。今でもマーリアやウトラの体温が恋しくなる時がある、というのは秘密だが。

「それは……流石に、まずいかな」

 レキンは小さな声で、「ほら、着替えとか、あるじゃん」とつぶやいた。

「お前……案外ウブなんだな」

 リャットが若干引いた顔をすると、レキンは「うるさいな、黙れ不純男! お前にはデリカシーがカケラもないのか⁉︎」と言い返す。

 いよいよレキンの罵倒に慣れてきたのか、リャットは面白そうに笑っただけだった。シャイアドも二人のやりとりを見ていて、自然と笑みがこぼれる。

 自分は一人じゃない。

(マーリア、わたし、頑張るね)

 ずっとずっとつけているペンダントを服越しに握る。相変わらずペンダントはそこにあり、いつものようにシャイアドに勇気を与えてくれた。

 そう、一人じゃない。




「ほらリャット起きて、朝だよ、起きて!」

 朝の弱いリャットを叩き起こしていると、朝食を作っていたレキンが様子を見にきて呆れたように顔を歪ませた。

「……農家としても、魔導師としても、致命的じゃない?」

「サムドランさんにもよくネタにされてたよ。リャット、馬鹿にされてるよ、起きなよ」

 ゆっくりと、本当にゆっくりとだが、リャットのまぶたが億劫そうに開いた。ひとまずこれで放置していれば、一時間後にはいつものリャットに戻る。

 シャイアドは先にレキンと朝食をとることにした。彼は乾燥させた香草を煮出したお茶を飲みながら、今日の予定を話す。

「昨日考えたんだけど、二手に別れた方がいいと思う。村に残る一人と、調査に出向く二人。これはローテーションにしよう。でも初回である今日は、ルルジちゃんのことを考えると、リャットを調査に向かわせた方がいいね。ということでシャイアド、僕は村に残るから、リャットとドゥ・アーダルスへ向かってくれ」

「でもわたしとリャットじゃ知識に限界があるから、レキンが向かったほうがいいんじゃない?」

「……調査は今日限りじゃないし、焦ることはないよ」

 レキンの顔には明確に「リャットと行きたくない」と書かれていた。今日避けても、いつかは必ず行くのに。

「わかった、じゃあ今日はわたしとリャットで調査ね。明日は?」

「明日は僕とシャイアドで調査にしよう」

 レキンがたまに、しかし露骨に見せる子どもっぽさに、なんだか笑えてきた。極力顔に出さないようにして、芋を口に運ぶ。

 朝食の後片付けを終えた頃に、リャットは起きてきた。

「おはよう! あれ、俺のご飯は?」

「ない」




 ドゥ・アーダルスは底なしの谷であった。谷というより、ものすごく大規模な地割れだと言われた方が納得できる形だ。シャイアドたちはその割れ目の上で、自然の脅威を背後に感じながらただただ覗き込んでいた。

「ここがドゥ・アーダルス。底が見えねえだろ? よく石を投げ入れて遊ぶんだけど、地面に当たる音が聞こえねえんだよ」

「この裂け目、どこまで続いてるんだろうな……」

「ここまで大きくはないけど、アズドルとローバリの国境にもこれによく似た軽い谷があるから、きっとそこまで続いてるんだろうね」

 これでは何から手をつければいいのか困ってしまう。ひとまず地質調査から始めることにしたが、この谷は見るからに周辺より魔力の枯渇が激しい。

「まるでここから魔力がなくなってるみたいだ」

「というよりは……ずっとずっと前から魔力がなかったからひどく枯れてるのかも……。ルルジちゃん、ここの谷はもうずっとこんな感じなの?」

 石を積んで遊んでいたルルジは考え込むようなそぶりを見せて頷く。

「そーだな、おれが知ってる限りこんな感じだし……村のじーさんばーさん連中もずっとずっとこんな感じだって言ってたよ。ここがなんて呼ばれてるか知ってるか? 悪魔の谷だぜ」

「はじまりの谷じゃなくて?」

 リャットが意外そうに尋ね返すと、ルルジは頷く。

「むしろなんでハジマリノタニ? どっからどう見ても、悪魔の谷だろ」

 シャイアドとリャットはお互いを見る。

「多分だけど、ドゥ・アーダルスという言葉がはじまりの谷を意味するのは大昔の話なんだろうね。きっと昔はここは豊かだったけど、枯れちゃったのかも……。言葉が文献にだけ残って、地上からは消えちゃったんだ」

「それにしたって、はじまりの谷から悪魔の谷って、なんか皮肉だなぁ……」

 谷を哀れむようなリャットのつぶやきが地面に落ちても、相変わらず干からびたままだった。

 しばらく一帯を調べていたが、やがて日が暮れ始めたので村に戻ることにした。村では、丁度レキンが泥まみれの顔を水で洗い流しており、シャイアドたちに気づくと顔を上げる。

「どうだった?」

「想像の何倍も大きかったから、魔力量とか水分量とか、そういうのの計測だけでも二年はかかるかも……」

「そっか……。まあ、焦ることはないよ。二年経ったって、戦争みたいなことさえ起きなければ議長は迎えにこない。万が一何かあっても、僕が議長にギリギリまで待ってくれるように頼むから」

「うん……」


 翌日の調査は、とても順調に進んだ。というのも、レキンの手際の良さや観察眼の鋭さが想像以上だったためだ。これなら、一年半もしないで終えられる。この調子で続けていこう。

 そう誓った矢先だった。

 さらに翌日、今日はシャイアドが村に残る番だ。気まずそうなレキンとリャットはすでに谷へ向かっており、シャイアドは村人に呼ばれ病人の手当てに臨んだ。

 病人はひどくやつれた若い女性なのだが、彼女はお腹に赤ん坊を身ごもっていた。ひどく疲れた顔で、ぼろきれに包まれた、大きく膨れるお腹を撫でる。その手も節くれだち、簡単に折れて燃やせてしまえそうで、目を向けるたびに心がじくじくと叫ぶ。

「この子は、死んだ夫との子でさ……。今度こそ、死なせたくないんだ」

 今度こそ、という言葉の含みにシャイアドが女性を見ると、彼女は何かを嘲るように笑ってみせた。

「これまで七人。七人産んだ。そのうち三人は流産。四人は──」

 悔しそうに顔を歪ませ、うつむいた女性。食いしばった歯の間からは嗚咽が漏れていた。シャイアドには何も言えなかった。何かを言ったら、ひどく無責任に思えたから。

「ローバリの魔導師さまにはわからんだろうが、本当に、ひどい世界だよ、ここは。一生懸命、真摯に、汗水流して、体に鞭打って働いた夫は死ぬし、子どもたちも、日ごとにやつれていって、ある日、動かなくなる。わかるかい、あんたに。身なりを整える余裕があるあんたに……柔らかい体をしてるあんたに……」

 ついに女性は手で顔を覆って泣き始めた。

「十年前はよかった! あの頃はまだ、ほんの少しだけど、でも、みんなで微笑み合うくらいには楽しかったんだ。全部、全部変わってしまった!」

 突然静かになってうつむいていた女性は、ゆっくりとシャイアドのほうを向いた。落ち窪んだ目には、強かな覚悟が燃えている。

「……あのね、魔導師さま。あたし、この子が死んだら自分も死のうと思ってるんだ」

「それは──!」

 ダメだ。そう言おうと身を乗り出したが、女性の静かな静かな一瞥に言葉も思考も全てが真っ白になる。

「どうしてダメなの? そんなこと言えるのは、あんたがぬくぬくと幸せな環境にいるからだろ! 無様な人生を強制しないでくれよ、何も知らないあんたが! どうしても死なせたくないってんなら、世界でもなんでも変えておくれ。素晴らしい世界にさ! それができないのなら、何も言わずに見送っておくれよ……!」

 女性はしばらくすすり泣いていたが、やがて気が落ち着いてきたのか、肩で大きく息をしながら虚空を見つめている。

 それから静かな声で「……バカなこと言ったね。どうか忘れておくれ。あたし、どうかしてるんだよ」と告げた。

 シャイアドは女性の瑣末な小屋に薬を置いて、その場から立ち去った。近くにあった小さな物陰にうずくまり、全貌の見えない恐ろしさにただただ震える。

 自分がレキンだったら、気の利いたことが言えただろうか。

 自分がリャットだったら、彼女の心に寄り添えただろうか。

 しかし、何をどう願っても、シャイアドはシャイアドだ。全ての元凶で、自分勝手な理由で大勢を殺している、不器用なシャイアドなのだ。

 一気にこの村の光景が脳内を駆け巡る。あえて見えないようにしていたが、埋める余裕もなかった死体の山、ぞっとするほどの開放感がある食料小屋、骨と皮だけに見える人々の体……それらが今、網膜に焼きつくようにしてはっきりと視認できた。きっとアーデラール議長がいなければ、ローバリもこうなっていたのだろう。比較的面積が小さく、まだ施しの剣の恩恵を多く受けるアズドルも、そう遠くないうちに限界がくる。あまりにも大きな感情に叩きつけられて、心がどこかへ落ち抜けていってしまいそうだ。

 どうしようもなく、もがく気力もわかないほど、胸が苦しくなった。逃げ出したい。逃げ出したい。この言葉がなんどもなんども祈りのように頭の中で反響し、えもいえぬ恐ろしさと焦燥感が全てを支配した。

 全部、たちの悪い冗談だったら良かったのに。本当はマーリアもサムドランも生きていて、今までのことは全て、立派な魔導師になるための試練として作り上げた虚構であれば。マーリアによく頑張ったねと抱きしめられて、サムドランにまだまだだなと茶化されて……。

 空想を広げれば広げるほど、現実を覆う虚無は膨れていく。

 何もできなかったシャイアドは胸元からペンダントを無理やり引っ張り出して、ただただすがるように祈った。

「勇気をください、力をください、お願いします、お願いします、どうか……」





 ルルジが遠くで石を蹴って遊んでいるのを横目で見ながら、リャットは土をかき集めるレキンに、かねてからの疑問をぶつけてみた。

「なあ、なんでお前はさ、あんなにシャイアドに執着するんだ?」

「……一番最初に出会った魔導師は、その者の心にずっとずっと残る。僕にとっての一番最初の魔導師は、マーリアさまではなく……シャイアドだった。ただそれだけのことだよ」

「本当に? ただそれだけ?」

 それにしては、レキンはやけに首を突っ込みたがる。リャットの訝しげな視線を疎ましそうに睨み返したレキンだったが、「……まあ、いいよ。休憩ついでに話そう、僕と彼女の出会いを。些細なことだけど」と手をはたくと、砂も石もないところに腰を下ろした。リャットもそれに続く。

「うーん、何から話せばいいかな。僕の人生とあの子は深く関わってるから、まずは僕の経歴から話そうか。

 珍しいことではないけど、僕は元々森に捨てられた赤ん坊だったらしい。それをマーリアさまが見つけ、ドルフォア村で保護してくださったんだ。僕はドルフォア村の人々全員に大切にされて育った。……でも、なんていうか、僕はずっとずっと疎外感を覚えてたんだ。いろんな家にお世話になって、本当に愛されてたのは知っているけど、それでも、僕には血の繋がりという不変の絆が羨ましかった。親と子、たったそれだけの関係であるのに無条件で結ばれるその絆は、僕にはどう願っても手に入れられなかった。だからか、なんだかずっと世界が無機質だったんだ。喜びも苦しみも薄くて、何事にも”どうでもいい”っていう気持ちが強かった。

 そんな中、十歳になった僕は、ふと思い立って死んでみようと思った。何が辛いわけでも耐えられないわけでもなく、ただ単に『もういいかな』って思ったから。

 ドルフォア村の近くにある森には岩場と大きな滝があるんだけど、僕はその滝に身を投げて死んでしまおうって、こっそり村を抜け出してその上に一人で立ってた。心の準備もできて、一歩踏み出したその瞬間、どこかから『こらぁ!』って叱る声が聞こえて……一瞬、大人に見つかったのかなって思ったけど、その声はずっとずっと幼かった。そう、シャイアドだったんだよ。森に遊びに来てたんだろうね、それでたまたま僕を見かけたらしくて。

 でも、シャイアドは僕が度胸試しで滝に飛び込もうとしてるんだって思ったみたいなんだ。ああいや、昔村の子どもの間でその滝は度胸試しスポットだったようだから、きっとマーリアさまにあそこで遊ぶ子どもがいたら注意しなさいって言われてたんだろうね。

 彼女は『ここは危ないから別のところで遊んで!』って怒ったように駆け寄ってきて……その頃の彼女、結構快活だったんだよ? 口数は少なくて、村の子どもと遊ぶことは少なかったけどね。で、僕が一人なのに気づいたシャイアドは、気を使ったんだろうね、一緒に遊ぶ? って提案してくれて。そして僕のために魔法を見せてくれた。

 その時シャイアドが見せてくれた魔法は、本当に、世界で一番綺麗で、心の底からワクワクするものだった。今思えばかなり初歩的なものだったけど、それでも僕は、あれを超える素晴らしい魔法は誰にも発動できないと思ってるよ。僕は、世界にはこんなにも綺麗なものが存在するのかって、震えたよ。心の底から、さっき死んでしまわなくてよかった、って思った。

 そうして僕は、魔導師になると固く誓った。少しでも憧れに近づきたかった。なんどもマーリアさまに弟子入りを頼んだけど断られたよ、懐かしいなあ。結局彼女が折れて、街の学校に連れてってくださったんだ。そこから必死に勉強して、ニグシサの首席までなんとかたどり着いたってわけ。

 あの時のシャイアドとその魔法が、僕を生かしたんだ。君には『たったそれだけのことで』なんて思われてるかもしれない。実際、シャイアドも僕のことはっきりとは覚えてなかったからね、きっと今話したことも忘れちゃってる。

 でも、そんな些細なことに僕は救われたんだ。僕にぽっかりと空いた穴を魔法で埋めてくれたのがシャイアドだ。あの子が僕に夢をくれたし、世界の音を教えてくれた。

 だから僕は僕の持てる全てをかけて、シャイアドの力になりたい、そう思っている」

 話し終えたレキンは、リャットの言葉も待たずに立ち上がりどこかへ行こうとした。リャットは慌てて「俺も……俺も、初めて魔法を見た時のあの感動、今でも覚えてる」とレキンの背中へ告げた。レキンは苦笑してリャットを振り返る。

「脳が痺れるくらい、素敵なものだよね。……僕は小さな頃からマーリアさまの魔法を度々目にしてたけど、どうも自分には関係ないものだと思ってた。でもシャイアドが、僕のために発動してくれた魔法を見た時、初めて魔法というものが何かを知ったんだ」

「へえ……俺は師匠が家にやってきたときに初めて見たよ。アズドルの田舎育ちだったから、魔法とは無縁でさ」

 ようやく、レキンと友達になれた気がした。魔法への憧れは、自分も、レキンも、同じなのだ。そしてきっとシャイアドも。

「そういえば君の家族は今はどうしてるの? ええと、その、税とか、大丈夫かなって」

 どうやらレキンはサムドランがリャットの実家を援助していたことも知っているらしい。

「俺の兄弟子の一人がどうにかしてくれるって言ってたけど、詳しくはわからないよ。でもまあ、うまくやってると思うぜ。自慢の家族だからな」

 レキンはしばし黙っていたが、ぽつりと、「そこだよ、リャット。僕は君が羨ましい。いや、妬ましいと言おうか」とつぶやく。

「え?」

「言ったろ、僕は家族に憧れてた。師弟関係にも。それに君には僕にはない大きな可能性がある。その上君はシャイアドと相弟子だ。僕が欲しいものを全て持ってるじゃないか」

「あ……だからお前、ずっと俺に突っかかってたのか!」

 今までずっと疑問だった。なぜレキンは、執拗にリャットに絡んでくるのか。そこにはシャイアド以外の理由があるように思えて、しかし、よくわからなかったのだ。だが今、全ての合点がいった。ごちゃついていた景色が一気に開けて、溜まっていた胸の澱は吹き飛んでいく。

──ああ、通りで。

「……寂しかったんだな、お前」

 肯定するわけにもいかず、少し恥ずかしそうに顔を歪めるレキンの背中を叩いて、リャットは笑った。

「大丈夫だよ、だって俺もお前もシャイアドも、もう家族みたいなもんだろ。それにお前アーデラール議長とも師弟関係みたいなもんだし充分すげーよ! あとアーデラール議長とマーリアさんと師匠は兄弟弟子なんだから、俺ら実質いとこ弟子? そういうのあるかわかんないけど」

「ああもう! そういうところだ! だから僕は! 君が嫌いだよ! 前向きすぎるというか、もはや雑だ! 無神経! 勝手に解釈するなよ、反吐が出る……」

 レキンは発作が起こったようにリャットの手を振り払うと、ズカズカと元の場所へ戻っていった。

「……あー、うん。やっぱそれくらいがちょうどいいよ、お前」

 けなされたのに、不思議と苛立ちは感じない。むしろレキンが吹っ切れた顔をしているのが嬉しかった。

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