第11話 人


 通された部屋に入ると、一人で心細く待っていたのだろうリャットが寄ってきた。テーブルの上に何かをして暇を潰していた痕跡が見える。ヴェーテルは部屋に入らず、シャイアドが部屋に入るのを見届けるとさっさとどこかへ行ってしまった。リャットの死角に立っていたので、気づかれなかったようだ。

「大丈夫? なんもされてない?」

「……うん」

 シャイアドの浮かない顔にリャットは顔を曇らせる。

「……本当に?」

 一瞬、施しの剣のことやヴェーテルのことを話そうかと思ったが、どうも話す気にはなれなかった。話すにしても、頭の中がごちゃごちゃしていて言葉にするのが面倒だ。

「本当に。ちょっと、王子様の相手で緊張して疲れただけ。トレム王子、ローバリのことを知りたかったんだって」

 リャットは何か言いたそうにシャイアドのことを見ていたが、やがて諦めたように首を振ると、「そっか。奥に三人分の個室があって、俺は左のを使ってるから、シャイアドは一番右を使うといいよ。今日はもう、ゆっくりしてたら」と微笑む。

「そうしたいけど……どうしても、サムドランさんに聞きたいことがあって」

「師匠に? まだ結構時間かかると思うよ。多分だけど。部屋で仮眠でも取ってれば? 師匠が帰ってきたら、起こすからさ」

 シャイアドは迷ったが、ここまでの馬車の旅や先ほどの話で身体的にも精神的にも疲れているのに気づき、素直に頷く。

 部屋に入りベッドに倒れ込むと、自覚していた以上の眠気が雪崩のように襲いかかり、すぐに意識が遠のいていった。




「シャイアド、起きなさい。私に聞きたいことがあるんだろう。というか、なんて格好で寝てるんだあんたは。部屋に入るなり刺し殺されたやつみたいな体勢で寝れるか、普通」

 肩を叩かれ、目を覚ました。何か、変な夢を見ていた気がする。

 目元をこすって体を起こすと、サムドランは呆れたように椅子に座った。

「私ももう七百を過ぎてるが、王の居城でそんなに熟睡できるやつは初めて見たぞ。で、話とは?」

 ぼんやりとサムドランを見ていたシャイアドだったが、徐々に頭が冴えてきた。話したいことを思い出し、少し顔を曇らせる。

「……師匠、一つ確認したいことがあります。施しの剣は、本当に、まだこの世界に存在しているんですか?」

 シャイアドの質問に、サムドランはわずかに目を見張った。

「なるほどな……そうきたか」

 顎に手を当て、何かを考えるサムドラン。シャイアドはサムドランが何か言葉にするのをじっと待った。サムドランは少しの間考えたあと、何を話すべきか決まったかのように顔を上げる。

「まず──施しの剣はこの世界に確かに存在しているよ、今も。私はあの剣がある時代とない時代を生きているから、この目にせずとも、あの剣の存在を感じることができる。本当に、存在しているよ」

「じゃあ、なぜ世界的不作などが続いているのに、アーデラール議長や師匠は何の行動も起こしていないんですか」

 サムドランはちらりと視線を外し、周囲を見た。

「この城の中でその名は出さないほうがいい。いつどこで聞き耳を立てられているかわからんからな。でもまあ、答えるとすれば、ちゃんと、行動しているよ」

「行動しているのに、こんなに世界が荒れるんですか」

 シャイアドは皮肉のつもりで言ったわけではなかったが、サムドランは苦笑する。

「痛いところを突かれたな。その通りだよ。行動して、こうなっている」

 それからサムドランは、椅子に深く腰掛けながら、困ったような顔で話を続けた。国一番の、七百年も生きてきたすばらしい魔導師とは違う、一介の個人のような声色だった。

「……私もあいつも、神じゃない。何が正しいのかなんて、わかりゃしない。あのひとのように、全てを解決する一手があるわけでもない……。シャイアド、私はわからないんだ。世界にはたくさんの解決策がある。だがどれも、何かを犠牲にしなければならないものだ。人、環境、生活……どこが、誰が、その全てを背負うべきか? 誰の犠牲のもとに、私たちは安寧を享受するべきなのか? 私が死んで全て解決されるのなら、私は喜んでこの老いぼれた命を差し出すさ。しかし、世界はそう簡単なものではない。……弱く、罪のない誰かに、私たちの都合で、犠牲になってもらうべきなのだろうか」

「でも、あなたたちは七百年もの長い間、生きてきたじゃないですか」

「その間に踏み台にした命がたくさんある、そう言いたいんだな」

 サムドランの鋭い目にシャイアドはひるみそうになったが、ふいにサムドランの表情が柔らかくなる。

「隣国の議長は、何かをなすために何かを犠牲にできるやつだ。私も、何かの犠牲は仕方がないことだと思ってきた。だが……人はいくつになっても、変わったり、成長するものだ。それに価値観なんてすぐに時代とともに変わるからな。人の愛し方ひとつ、変わってしまう。昔は正しいとされたことが時代が進むにつれ悪になることもある。何が正しいのか、何が悪いのか、そんなもの本当は存在しないのかもしれない。しかし人は生きていくために社会をつくり、善悪を定義する。世界は完全かもしれないが、人につくられた社会は完全ではないのだよ。

 だから私たちはずっと、現状に疑問を持ち、その時々で最善だと思う方法を模索していかなくてはならない」

 シャイアドは言葉が出なかった。魔導師はずっと、曲がらぬ心を持ち、屹然として生きてきたと思っていた。でも、違うのだ。人が人である限り、完全など存在しない……。

 今生きているこの世が、ひどく頼りなく思えた。何かに守られていた幻想が、あっけなく崩れ去った音がする。閉ざされていた布が開けられ、世界が明瞭になった気がした。

「お前たちもいずれ、世界を担う一員になるだろうがな。常に、そのことを覚えておきなさい。くれぐれも傲慢な人間にはならないように」

「……施しの剣のこと、なんとかなりますか」

 サムドランは黙ってしまったが、諦めずに回答を待っていたら、観念したように目を閉じた。

「なんとかなるさ。人が生きたいと願う限りな」




 帰りの馬車で、シャイアドの隣に座るリャットは眠そうに額を抑えていた。

「どうした、リャット。寝不足か?」

「はい、なんか、ベッドがふかふかすぎて……快適すぎて、逆に眠れなかったというか……。まあ、他にもいろいろやってたんですけど……」

「少し寝てなさい、起きてる必要もないだろう」

 頷いてから窓枠に寄りかかり、眠りに入ったリャットを見ていたら、馬車を先導するレイナが目に入った。君の獣ではない、普通の兵士の格好だ。

 シャイアドの胸にもやが広がった。ヴェーテルの顔が脳裏をよぎる。帰ったら、どんな顔をしてウトラに会えばいいのだろう。実はランギはヴェーテルというのが本当の名前で、君の獣として王族の元で生きているのだと、正直に言うべきだろうか。だが、他言しないとヴェーテルと約束してしまった。ただでさえ自由のきかない身だ。些細な願いくらい、叶えてあげたかった。ウトラたちの中でランギがランギであり続けることが、ヴェーテルの希望なのかもしれない。

「熟睡していたお前さんとは大違いだ」

 リャットが完全に寝たのを確認したサムドランが、茶化すように言った。それからシャイアドの視線を追って、ため息をつきながら笑う。

「……ヴェーテルのこと、知ってしまったみたいだな」

 シャイアドは、サムドランが謁見の間でヴェーテルのことを王に話していたことを思い出した。

「師匠は全部知ってたんですよね」

「ああ。あの子の両親が亡くなってからあの街に連れてきたのは私だからな」

「ヴェーテルは君の獣として生まれ育ったんですよね。どうして鍛冶屋の息子なんかにしたんですか」

 サムドランはふと窓の外に視線を逸らした。

「雲読みで見たんだ、あの子をあの家族の元へ連れて行くべきだと。正直私にもよくわかってないがな、まあ、何か意味があるんだろうよ」

 昨日の弱気から一転、サムドランはいつもの調子を取り戻していた。シャイアドは呆れつつもなんだか安心する。これでこそサムドランだ。

「それにしても、王都への往来に馬車なんて久しぶりだから腰が痛くなってきたな」

 サムドランは普段、屋敷の裏にある移動用の魔法陣を使って王都へ行き来している。しかし今回はリャットとシャイアドがいたので馬車にしていた。あの魔法の定員は一人だけなのである。

「転移魔法、さっさと教えてくれればいいのにってリャットがぼやいてましたよ」

「あれはセンスがあっても頭が足りないと危険なものだからな。お前さんたち二人とも、あと八十年ってところか」

 ちなみに、転移魔法はその難易度と利便性により、いわゆる卒業試験として課せられることが多い。サムドランの見立てではシャイアドもリャットも、あと八十年の修行が必要なようだ。個人の感覚からすれば途方も無い期間だが、サムドランほどの魔導師の弟子に課せられる修行年数としては妥当で、むしろ少し短いほうだ。

「あと八十年も、手のかかる弟子の面倒を見ないといけないのか」

 口ではそう言っているが、サムドランの表情は慈愛に満ち、喜びの色が見えた。




 街に戻ってきた時、たくさんの人が出迎えてくれた。ウトラは今少し立て込んでいるらしく、人混みの中にはいなかったので、シャイアドはこっそり胸を撫で下ろした。その中で急病が出たという話を聞き、サムドランがそこへ向かってしまい、シャイアドはリャットと二人で帰ることになった。人がたくさんいるので、身隠しの魔法は使えない。あれは誰にも見られていない場所でかけなければ意味がなかった。

 身隠しの魔法を使うために路地裏に入ったが、それが災いする。到着してきてから覚えていた嫌な予感が的中した。

「よお、あの時はお世話になったな」

 以前ヴェーテルに腕を折られた男が目の前に立っていた。背後には仲間のような、人相の悪い男たちを連れている。

 リャットはすぐに引き返そうとしたが、男の仲間が立ちふさがり、身動きが取れなくなる。それを見たリャットが小さく悪態づいた。

「おいおいどうした? 逃げようとするなんてひでえじゃねえか。ランギがいねえ今ゆっくり可愛がってやれるんだからよ」

 非常にまずい状況だ。ヴェーテルのような救世主が訪れる可能性は無に等しい。シャイアドたちに残された選択肢は、暴行を受け入れるか、彼らの死を厭わず魔法で切り抜けるか……。

 シャイアドとしては、痛いのは嫌だしやつらが命を保証してくれるとは思えないので、魔法でなんとかしたかった。しかし心配なのは片付けた後だ。正当防衛とはいえ、人を傷つけ、あるいは殺めた魔導師を弟子に取っていたサムドランはどうなるだろうか。それにアズドル人を殺したとしたらローバリへの恨みが加速しないとは言い切れない。せっかく手に入れた今の生活が崩れてしまうのは確実だった。

 こんなの、あんまりだ。せめてリャットだけは、無関係なリャットだけは見逃してほしい。しかしリャットはシャイアドを庇うように立ち、逃げ出すそぶりを見せなかった。以前は腰が引けていたが、今はなぜかしっかりと相手を見据えている。

 どうすればいいんだと泣きそうになる。どうしてこんなことになってしまったんだ。私が何をした? 悔しさにどうしようもなくて、食いしばった歯から軋む音が聞こえた。

「大丈夫」

 リャットが安心させるように笑った。何か打開策でもあるのだろうか? だがあの力をずらす魔法は問題が多すぎる。杖魔法だってまだ完成してないはずだ。

「随分余裕の表情だな。喧嘩でも覚えてきたのか、よっ!」

 完全に優勢で、勝ち誇ったようににやにや笑う男が殴りかかってきた。シャイアドがリャットの体を引っ張って引こうとしたが、リャットは動かない。思考に真っ白なインクがぶちまけられたように何も考えられなくなった。

 男の拳がリャットの顔に向かったので、シャイアドは思わず目を逸らした。頭の芯がさっと冷えて、体が強張る。やめてくれ、と強く思った。

 しかし想定していた鈍い音は響かず、男の驚いたような情けない声とどさりと誰かが転ぶ音がした。恐る恐るリャットの方を見ると、目があったリャットはにこりと笑って、ポケットをぽんと叩いてみせた。男は地面に転がっている。勢い余って倒れたらしい。

「……まさか」

 頷いたリャットはシャイアドの手を握ると、こっそり腕に何かを通してきた。この感触からして、預けていたブレスレットだろう。木の質感が、やけに暖かく感じた。

「昨日完成したんだよ、杖も、魔法も」

 シャイアドの目には、リャットの背後に後光が確かに見えた。あまりの感動で肌が粟立つ。なんて頼りになる人だろう。どうしてこんな格好いいことができるんだ。シャイアドもこんな風になりたいと思った。

「おい何してんだお前ら、そいつら捕まえろ!」

 男が叫ぶと、あっけにとられていた仲間は我に返ってこちらに向かってくる。しかし誰が殴っても、捕まえようとしても、するすると腕はリャットやシャイアドを避けていく。こんな時に思うのはどうかと思うが、だいぶ滑稽だ。

 男たちの間に僅かな空白ができたので、シャイアドはリャットの腕を引っ張ってそこへ走った。面白いくらいに攻撃は空振りする。普通こんなに魔法を器用に連発できない。リャットの実力ありきの、なんとも変な気分になる光景だった。

 通りとは反対方向へ逃げたので、路地を何回か曲がって走った。男たちの声が聞こえなくなってきたころに見覚えのある家の勝手口が見えたので、シャイアドは鍵を開ける魔法を使いその家に飛び込んだ。男たちには見られていないはずだし、もう大丈夫だろう。

 シャイアドとリャットは息を整えると、二人で笑顔を浮かべた。喉も体も熱いが、気持ちはもっと熱かった。湧き上がる喜びが全身を駆け巡る。

「すごい、すごいよ、リャット! すごい、本当に。ありがとう、助かった!」

「実は成功するか少し不安だったんだけど、大成功で本当に良かった! 俺ってばやる時はやるんだな!」

 数年前のリャットとは大違いのその自信満々の言葉に、シャイアドは嬉しくなって笑って肯定した。

 二人で喜びを分かち合っていると、家のドアが開き、驚きの声があがる。

「まあ! シャイアドちゃんと、リャットくんじゃないの! もう帰ってたんですか。どうしてこんなところに?」

 エマが、お茶の道具を持って立っていた。そう、ここはウトラの家なのだ。勝手に入ってきてしまったが、緊急事態だったので仕方ないだろう。

「すみませんエマさん、今ちょっといろいろあって。しばらく匿ってください」

 シャイアドがそう頼むと、エマは状況を飲み込めていない様子だったが、かろうじて頷いた。

 エマが手にしていたお茶の道具を盆に乗せてまた出て行こうとしたので、リャットが「誰か来てるんですか?」と尋ねると、エマの顔に一気に笑みが広がる。優しい笑みではなく、何かいたずらを思いついた子どものような笑顔だった。

「ええ、いらっしゃってますよ。二人にも是非紹介しなくてはね。どうぞ、ついて来てください」

 リャットと顔を見合わせて、一体誰だろうと首をひねった。




「ウトラちゃん! 今ちょうどシャイアドちゃんとリャットくんに会ったんですよ」

 案内された部屋では、いつもの作業着ではないウトラが一人の男性と向かい合って座っていた。シャイアドの心にさっと不安の雲が広がる。ヴェーテルのことではない。その男性の存在……さっきとはまた別の嫌な予感がした。

 こちらを振り返ったウトラは、シャイアドたちの顔を見るなり嬉しそうにがたりと立ち上がった。そしてそのままシャイアドに抱きつく。

「シャイアド! よかった、なんともなかったんだね。おかえり。あ、リャットも」

「ねえ、なんで俺はいっつもついでなの?」

 いいじゃんそんなの、と流したウトラに、シャイアドははやる気持ちを抑えられず「そちらの男性は?」と尋ねた。男性は慌てて立ち上がり、「フィエルです」と礼をする。丸っこく、人の良さそうな顔と、ウトラより少しだけ高い背。背の高いシャイアドやリャットからすれば結構小さい。なんとも優しそうな雰囲気があり、とても好印象を与える。

 それにしても、フィエル、どこかで聞いた名前だ。シャイアドの顔を見て察したのか、ウトラは「ランギの次にお父さんに弟子入りした子だよ。私たちと同い年の」と説明した。なるほど、合点はいったが、ではなぜこの場にいるのか?

「あのね……二人には紹介するのが遅れちゃったけど、この人──」

 ウトラがフィエルを振り返ると、フィエルは顔を赤くして姿勢を正し、ウトラの言葉を引き継ぐ。シャイアドの嫌な予感が確信に変わった。しかし耳をふさぐわけにもいかず、フィエルの言葉を素直に聞く。

「ぼ、僕、数年前からウトラとお付き合いをしていて……!」

「そ、私の恋人……って、あれ。おーい、シャイアド? リャット? ねえ、聞いてる?」

 傷心に打ちひしがれていたら、ウトラに肩を揺さぶられた。大切な何かが心からすっぽりと抜け落ちてしまった気がする。程度は違えど、マーリアを亡くした時と同じような心の痛み方だ。ひりひりじくじくとした心をなんとか隠しながら、シャイアドはかろうじて「そ、そっか……」と言葉をひねり出した。それ以上言えなかった。

 リャットはと言うと、密かにウトラに恋心を寄せていた時期があったためか、余計ダメージが大きかったらしい。ウトラに揺さぶられても魂が抜け落ちたように反応を示さなかった。先ほど暴漢に襲われても果敢に対処したリャットとはまるで別人だ。

 シャイアドがリャットの手の甲をつねると、リャットはやっと我に帰った。

「あ、そ、そう、なんだ、へえ……」

 動揺を隠しきれていない二人を見て、ウトラは変な顔をしていた。

「どうしちゃったの、二人とも」

「いや、どうしたもこうしたも、聞いてないぞウトラ、うん、聞いてない!」

 シャイアドも横で頷いた。付き合っている人がいるなら教えてくれればよかったのに。ウトラに隠し事をされていたショックと、ずっとウトラがこの事実を悟らせない言動をしていたという悲しみで胸が苦しい。

「あー、えーと、ごめんね。魔導師ってそういうの嫌いなのかなぁって思ってたんだけど……。ほら、みんな結婚しないから……」

「確かに魔導師は結婚しないし子どもも作らないって言うか作れない! でもそれとこれとは別でしょ、なあシャイアド!」

「そうだよ……友達の……幸せを、嫌がるわけ……ないじゃん……」

 シャイアドとリャットを見かねたのかフィエルが「まあまあ……」と止めに入った。

 リャットははっとして「そうだ、ランギは? あいつは認めてたのか?」と尋ねる。ウトラは困ったような顔をしながら、「ランギはちゃんとお祝いしてくれたよ」と答えた。

 なんだ、知っていたのかとシャイアドは安心した。ヴェーテルの秘密だけでなくウトラの秘密まで抱えて二人に板挟みにされるのはごめんだ。

「まあ、ランギさんには話したと言うより気づかれたんですけどね……」

「ランギ、変に鋭いからね」

 シャイアドはあのランギという完璧な兄がいながらウトラに近寄れたフィエルに感心し始めていた。

 するとシャイアドたちが入って来たドアとはまた別のドアが開き、ウトラの父が入って来る。

「おいウトラ、見つけたぞ……って、シャイアドちゃんとリャットくん?」

「あ、お邪魔してます……」

「おじさん、それは?」

 リャットがウトラの父の持っていた紙を覗き込んだかと思えば、先ほどより明確に目から生気が消えてしまった。

「ああ、これかい、これはね──」

 シャイアドもリャットに続いて覗き込んだ。すでに喉はカラカラだった。エマが置いていったお茶を全て飲み干したいくらいだ。

 恐る恐る、その内容に目を通す。

──指輪が、描かれていた。

「私と妻の結婚指輪の設計図だよ。ウトラたちが結婚するってんで、二人にこの図面を……ん? シャイアドちゃん、リャットくん?」

「ありゃ、またフリーズしてるよこの二人」

「やっぱり内緒にしてたのがまずかったんじゃ……」

「うーん……こんなにびっくりされるなんて思わなかった……。ランギの言う通りだったなぁ、二人には言っておいたほうがいいって……」

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