外伝-Ⅱ

「アポロンの加護を使って負けた……? ねえ、誰と戦ったか聞いてない? たぶん神々によって召喚された英雄だと思うんだけど」


「遠くから聞いていたのでよく分かりませんでしたけど……ヒュなんとか、って人のことを口にしてましたよ? 地団駄まで踏んで、凄く悔しそうでした」


「――そう」


 小躍りしたい気持ちを抑えて、私は静かに頷いた。

 間違いない。オレステスの顔に泥を塗ってくれた人物の正体は、ヒュロスだ。トロイア戦争の際、父・メラネオスが私と婚約させた孤高の英雄。


 やっと、彼はこの世界に呼ばれたのだ。敵を滅ぼし、私を広い世界へ連れ出すために。


 会いたい。

 この部屋に閉じ込められてから膨らみ続けた一念が、爆発しそうなぐらい大きくなる。身体の芯が熱くなる。


「待っててもアイツならどうにかするでしょうけど、こっちも行動を起こすべきね。何がいいかしら……」


「? お会いしたい方がいるんですかー?」


「ええ、そのヒュなんとかにね。あ、当然ながら他言無用よ? これは私達の秘密」


「おお、なんだかソレっぽいですね!」


 珍しく小声になりながら、ユイリィは握り拳を作っている。

 でも正直、彼女にはいつも通りうるさくしてもらった方が好都合だ。急に静まり返ったら、外の連中が怪しむに決まっている。


「ユイリィはいつも通りにしてて頂戴。作戦を考えるのは私の仕事よ」


「わっかりましたぁ!」


 途端に騒ぎ出した彼女。いつの間にか取り出した雑巾を手に、部屋を掃除し始めてくれる。


 さてどうしよう。ヒュロスの存在にオレステスが気付いた以上、ラダイモンへの侵入は困難を極める。私が別の都市へ移される可能性も考慮しなければならない。


 善は急げ。どうにかして城を抜け出すか、ヒュロスを招き入れるかしなければ。


「でも侍女達に何かさせるのは厳しいし、私はここから出られないし……」


「お外に出たいのであれば、オレステス王にお願いしてはいかがですー?」


「はあ!? なんであんな狂人にお願いしなきゃいけないのよ! そんなことするんだったら、舌噛み切って死んでやるわ! 昔みたいに!」


「おお、その意気込みですー!」


 何がだ。

 まあでも、強気で攻めるのは大切かもしれない。オレステスにとって、私は替えが効かない初恋の少女。有効活用できる要素であることは間違いないだろう。


「よしやる気出てきた……! オレステスなんて、ヒュロスとお父様の手にかかりゃあ一瞬よ、一瞬!」


 拳に力を込めながら、ユイリィが掃除している窓を見る。

 母親譲りの神々しい美貌が、悪戯を思いついた子供のように笑っていた。

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