Ⅰ-Ⅱ

「うおおおぉぉぉ!」


「ふん」


 部下達と同じように、地上を疾駆する大剣の男。

 彼の表情は勇ましいものだった。部下が一蹴されたことを受け止め、敵から逃げられないと判断し、それでも嘆かない戦士の顔。


 叩きのめすには相応しい。


「戦いってのは命のやり取りだ。それは理解してるよな!?」


「――!」


 肯定するように、大剣の担い手が加速する。

 俺は今も笑ったまま。賢者より賜わった槍を握りしめ、自慢の俊足で大地を蹴る。


 瞬間、槍を叩き込む最適な間合いへと移動した。


「ふ……!」


 速度を乗せ、槍を思うがままに叩きつけた。

 しかし敵もさるもの。寸前で回避するや否や、そのまま一閃を叩き込んでくる。


 それでも。

 俺の速度が上回った。


「――」


 根元から断たれ、宙を舞う大剣。

 追って、持ち主には鮮血の花が咲いていた。


「いやはや、悪くなかった。楽しませてもらったぜ」


「っ、ぐ……」


「んじゃどうする? なおも俺と戦うか、諦めて降参するか。前者だったら容赦なく殺すし、後者だったら見逃してやる」


「……私の負けだ。見ての通り、戦えない」


「そうか」


 賢明な判断だ。彼は胴を一閃されている状態で、とても万全の状態とは言えない。助けを待った方が命を繋げるだろう。


 俺は彼の言葉を信じて、あっさりと背中を向けた。

 なので、


「嘘は良くないな、嘘は」


 襲いかかってきたことに、失望せざるを得ない。


 突き込もうとしたナイフを弾き落とし、槍の柄で男を吹き飛ばす。――口から血を吐き出していたが、そこはもう自己責任で。


 肩越しに映る視界には、力によって蹂躙された痕跡しか残っていない。

 戦いに生きてきた自分にとっては、どこか心地よい光景だった。


「……で、ここからどうすればいいのか」


 一瞬の喧騒を得て、俺は再び思案する。

 その直後。


『ギリシャの大英雄・アキレウスが子、ヒュロスよ。私の声が聞こえるか?』


「――」


 凛としていて、どこか威圧的に語りかけてくる声。

 それは鼓膜と言うよりも、直接意識の中に響いてくる。……昔、何度かこの経験をしたことがあった。古代ギリシャの人々が崇める、神々の連絡手段として。


「聞こえてますよー」


 一応、きちんと口にして返答する。

 返事を寄越したのは空だった。そこから一筋の光が舞い降り、俺の前で止まったのだ。


 光は人の、女性の形をしている。

 長い、黄金の髪を靡かせる少女だった。つり上がった目付きは刃物のように鋭く、男達の欲望が近付くことさえ許さない。


 それでも、彼女の美貌は大衆を引き付けて止まないだろう。


 服の上から分かる肉付きこそ控え目だが、身にまとった気高さは男女問わず人を魅了する。神々しいとはまさにこのことで、純白の外套もそれを演出するのに一役買っていた。


『ふむ、そうか。それなら良い』


 少女は腕を組みながら、二度三度と頷いていた。

 表情はどこか満足気で、神々しい雰囲気も少し薄れている。……神というより、十代半ばの無邪気な少女に見えるぐらいだ。


『さて、せっかくの門出だ。私も改めて挨拶するとしよう。――都市の守護神にして栄光の神、パラス・アテナである。お前をこの世界に招いた女神だ』


「……この世界?」


『なんだ、気付いていなかったのか? ここはお前が生きていた世界とは違う。我々――ギリシャ神話の神々によって管理される、異世界の一つだ』


「ど、どうしてそんなところに俺が?」


 疑問でしかない。

 それにようやく思い出してきた。俺は――


『死んだ筈ではないか、と?』

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