婚姻届とお布団お化け
俺は高校二年の一般男子・
魔王討伐の為に召喚され、東と西を統治する魔王を倒した。
そして水コンを利用し、北の魔王が単独で攻めて来たが無事に撃破し―――
「にしてもアマノムラクモの影響で、身体の中に残ってた女体化の魔術特性が表面化しただなんて盲点だったわぁ」
色々なショックから私、自室に引き籠っております。
「マジックアイテムに携わってる私が気付けなかったなんてほんと駄目ねぇ。
トツカノツルギをそこまで使い込む人なんて初めてだったから、性能を把握してなかったわぁ」
「……そーだな」
「んもう勇者様ったら元気出しなさいよぉ。ショックなのはわかるけれど」
ベッドに寝転がり、エリスの膝枕に頭を預けながら俺は呆然とする。
女体化騒動の原因は悲しい事に、愛剣スキルのせいだったのだ。
「受けた属性を吸収ってのが、魔法を基礎とした7属性以外も該当するなんてフツーわかんねーよ。
しかもセットになってるクサナギ使わなきゃ解除されねーとか、わかる訳も無いし」
俺はそう口にし、左腕に付けた腕輪に触れて
―――今回、新たに取ったスキル、アマノムラクモ。
これは発動すると使用者が受けた全ての攻撃などを属性吸収し、自身に付与する。
そしてムラクモで吸収した属性を放つクサナギ。
……ある意味、この2つは合わせてワンセットとも言えるスキルだった。
一見、とても便利そうなスキルだが、面倒な事にムラクモは発動すると、ずっと吸収状態になる。
吸収するのは使用者が受けたモノ全て。
しかも厄介な事にクサナギを使うか、一定の時間を過ぎないと解除されない。
その為、発動と同時に身体に残り続けていた女体化の術を吸収してしまい、俺は女になってしまった。
―――とまぁそれは良いんだ。
そんな話はもう良いんだ。
「女体化状態でクサナギをエリスに放ってれば、エリスおにゃのこ計画が達成されてたんだぞ……。
ガチ凹みすんの当たり前だろ」
……しかし俺は、北の魔王から受けた攻撃と共に放ってしまった。
改めてその事を口にして落ち込む。
気付ける切っ掛けがあっただけにショックがデカい……もっと早くこの事に気付いてれば。
そうやって落ち込む中、エリスがそっと俺の頭を撫で。
「ハルヒトさんならまた別の方法で自分を女の子にしてくれるって、信じてますから」
その言葉に俺は居た堪れなくなる。
とは言え俺は一件で魔力を使い過ぎて、レベルダウンを起こしてしまったので自室で休養中。
なので
トゥリの言葉じゃないが、慌ててもしょうがないか……。
過ぎた事を考えるのはもうやめよ。
「にしても、この服どーすんべ」
エリスの言葉にいくらか落ち着いた俺は、自室の中を見渡す。
室内には女体化してた俺に合わせて作られた衣服の数々が、所狭しと並ぶ。
エリスさんが張り切っちゃって、オーダーメイドしまくっちゃった100着近くの洋服たち。
それは部屋の中を埋め尽くすほどで、あまりの多さに軽く店が開けそうである。
「ちょっと買い過ぎましたね」
「流石に捨てるのは勿体無いし……かと言って特注だからエリス着れないし」
「そこは大丈夫です。詰めればどうにかなりますし、ハルヒトさん着れますよ?」
「ああそこまで考えて……待って、どうして俺が着る事なってんの!?
女になってたからああ言う格好してただけであって、俺もう男だからね?」
「大丈夫です、ちゃんと自分が居ますから」
「エ、エリスさん何を言って……」
拒否しようとすれば間近で優しく微笑まれ、言葉に詰まる。
強く反抗する事も出来ず、膝枕されたまま見つめ合う。
あかん、これヤバイ流れじゃね……?
エリスさんの笑顔がいつもの花のような微笑みじゃないんすが。
「また女の子になった可愛いハルヒトさんが見たいです。……ダメですか?」
その一言にぞくりと何かが背を這う。
それは不快な物ではなく、水コンの時に観客の歓声を前に覚えた物と同じ物……。
エリスの言葉は、俺の中の何か柔らかいところへするりと触れては、
「また可愛くなって、自分に見せて下さい」
なぞるようにそう囁く。
エリスさんその言い方はズルイ……断れないじゃないっすか。
「…………まぁ、考えとく、うん」
「はい」
とりあえず俺は抱いた物を気付かれないようにはぐらかし、顔を逸す。
すると視線を向けた先は先で、エリエットさんがテーブルに頬杖を突きながら、すんげーニマニマ。
こいつ居んの忘れてたわ。
「―――で、水コン騒動はもう大丈夫なのかよエリエット」
からかいの声をかけられる前にあえて話題を振る。
「ん~カーラ様が後処理でお忙しいみたいだけれど、とりあえず落ち着きはしたわねぇ。
幸いにも重傷者、死者は出なかったしぃ、勇者様が迅速に対応してくれたお陰で色々助かったわぁ」
「そう言えば都合よく勘違いされちゃってるんだっけ……。
俺が北の魔王の目論見にイチ早く気付いて、その為に女になって水コン参加してたとか」
「そうねぇ~。城下町じゃもう大騒ぎよぉ?
方位に腰を据える4体の魔王の内、3体も倒した勇者様だぁーって」
彼女はんふふと笑いながらそう語るが……
「いや、倒したのはエリスだから違うだろ?
それに他の魔王を倒せたのも全部エリスのお陰だし、俺は何もしてないって」
今回は確かにちょっと頑張った。
しかし他の2体に関しては自滅な上、エリスの力あっての話だ。
「またまた謙遜ねぇ。
運も実力の内だし、そう言ったら他の勇者様たちが形無しよぉ?」
その言葉にエリスがいくらか苦笑を見せるが、そうは言ってもなぁと思わずぼやく。
ああそうだ。
勇者と言えば、と白百合の彼女を思い出してベッドから身を起こす。
「勇者で思い出したんだケドさ、例のえーっと、アイリ……
じゃない、イリスだっけ。あの子は大丈夫だったのか?」
あの騒動の後、レベルダウンの影響で気を失った俺はあの子がどうなったのか知らない。
図書館で出会った時の言動と言い、勇者に対する目がとてもキツイ子だった。
そして同時に意味深な事を言っていた覚えがある。
―――勇者なんて必要ないって証明する為、私が居れば魔王を完全消滅。
私がどうにかすれば聖女は必要ないって示すチャンス……とか。
確かあの子は水コンの時にこんな事を言ってた覚えがある。
そして俺は、それに似た内容を表彰の場で耳にしている。
勇者と契約せず単独で
見た目だけでは無く、2人の生い立ちも似ている部分が多い。
更には名前も一文字違い。
そんな事を思い出すと、どうしても気にかかってしまったのだ。
「えっとあの子は……その」
するとエリエットに向けた疑問に対し、エリスが口を開いた。
少し言葉に迷いつつ、エリスは俺の目を見ると意を決したように真顔になる。
「怪我や封じられていた力は問題無く回復し、大丈夫です」
「そっか。なら良かった」
そう返しながら、エリスの少し曇った表情にふと別の心配が過る。
よくよく考えたら、あの子の前で裸晒して叫ばれてんだったわ。
……やばい。
俺、人の心配どころじゃなくね?
「ただ、もしかしたらハルヒトさんに何かあるかも……です」
「どゆこと?」
心配が過る中、エリスが言葉を濁しながらそんな事を向けてくる。
「実はこの国には古いしきたりがありまして……
一糸纏わぬその姿を異性に見せた者は、その相手を娶る責任を負わねばならない。
そして見せられた者は、その生涯の責任を相手に取らせる事が出来る……と言ったものがあるんです」
「………………え?」
「勇者さんのバカぁああああああああああなんで音沙汰ないのですか!」
エリスの説明に耳を疑っていると、ドアが激しく開いて怒声が飛び込む。
何事かと部屋の入口へ目をやれば、肩で息をしながら仁王立ちするイリスの姿……。
どう言った訳かその顔は鬼気迫る表情。
彼女は俺を見付けるなりギロリと睨み付け、
「この、変態勇者さん!
アナタあんな事をしておいて何も無いとかどう言うつもりかしら!
非常識にも程がありますのよ!」
これまた鼓膜を突く大声を俺に向けながら、ビシっと指差してくる。
「……きゅ、急に何の話だよ。
突然そんな言われてもサッパリわからんのだが」
「ま、まさかアナ、アナタ!? 私にあ、あ、ああ、あんな見せておいて自覚が無いと仰いますの!?」
「何を?」
「い、色々ですわよ、全部!」
勢い良く反論したかと思えば、今度は涙目になりながらそう叫ぶ。
……もしかしてこれって、エリスが話してた事を言ってるのか。
「イリス、落ち着いて下さい。
そんな説明じゃ、ハルヒトさんが何のお話かわからないですよ」
息絶え絶えに言葉を口にするイリスへ駆け寄り、エリスは背を撫でて落ち着かせる。
しかしこうやって並ぶと、同じ髪の色も相まって姉妹に見えるな。
身長もほぼおんなじだし、2人とも服の色白いし。
「そ、そうですね。
これはエリスも含めたお話でしたわ!」
エリスを前にし、勢いを少し取り戻した彼女は腰に手を宛てて胸を張る。
この子、生徒会とか風紀委員の腕章スゲー似合いそう。
あと眼鏡。
「あのさ、多分だけどその……古いしきたりに習って、俺に責任取れって話なんだよねコレ」
「そうですわ。
……良かったわ、既にご存知でしたら問題ありませんわね。
公の場で異性へ全てを晒した者は生涯を以って、相手に対して結婚と言う形で責任を取らねばならない。
さぁ国王様からの許可も頂いてます!
あとは勇者さんがサインをするだけですのよ!」
そう言って取り出した書類を手に、彼女はズカズカ迫ってくる。
水コンの時にボロクソ言ってたのに、求婚してくるとかどんな神経してるんだこの子は。
しかし国王の許可付きって厄介だな……断れなくね?
「うん?
……ちょっと待て、これが婚姻届っつーのはわかったが、何でエリスの名前まであんの?」
俺の言葉にエリスが血相を変えて届けを覗き込む。
婚姻届の事はよくわからんが、流石におかしい。
だって、
「ど、どどどどうして自分の名前が夫で書き込まれてるんですか!?」
「当たり前じゃないではありませんか。
今こそあの約束を果たす時、夢を叶える時ですのよエリス!」
「―――っ!?」
その言葉にエリスは紅潮すると胸元で手を握り締めながら、小さく後退りする。
口をパクパクさせ、動揺が半端ない。
「だってこのままではエリスは勇者さんとご結婚出来ません。
しかしここで私と勇者さんが結婚し、重婚制度を用いればエリスも彼と籍を共に出来ますわ。
戸籍上はどうしても私の夫となってしまいますが、エリスは勇者さんと家族になれるのです」
ああ、そう言う事か。
確かにこのままじゃ俺とエリスは一緒になれない。
エリスを女の子にする為に色々しているが、ほとんど進んでないのが現状だ。
しかし重婚とかスゲー制度あんだな、この国……。
「だ、駄目ですよ! 何を言い出してるんですかイリスは!
重婚制度は特例じゃ無ければ適用されないです。
しかも届けには勝手に名前書いちゃってるし、何をしてるんですか……」
「これはエリス直筆の物でしてよ?
私もそんな事までしないわ、流石に非常識です」
「何を言い出し、て…………わぁあああああああ!?」
「わわっ!?
エリス急に何をするの、危ないでしょ!」
「ど、どどどどうして子供の頃に書いた物がここにあるんですか!?
何でソレがまだ残ってるんですかぁ!」
色々と突っ込みどころ満載だが、子供の頃に何を書いちゃってるんですかエリスさん。
「にしても子供の字にしては達筆っつーか、むっちゃ字うまくね……?」
「当たり前ですわ。
エリスは昔から夢を叶える為に、色々な事を人の何倍も頑張ってきたのですもの」
ふふんと自慢げに語る彼女を黙らせようと、エリスが止めに入る。
しかし、
「この子はね、可愛いお嫁さんになれるように子供の頃から努力してたのですよ!」
「わぁあああああああああああああああああああああああ」
止める手も間に合わず。
告白を前に叫び声がドップラーで脇を走り抜けたかと思えば、エリスは俺のベッドへダイブ。
そしてそのまま布団にくるまって、中でわーわー声を上げまくっている。
……ナニコレ、かわいい。
っと、そうじゃねぇな。
「とりあえず話を戻すケドさ、イリスの言いたい事はわかった」
「ああ、良かったですわ!
では勇者さん、こちらに名前をお願い致しますわね?」
「いや、話は終わってないっつーか待ってくれって。
あのさ、ちょっと聞きたいんだケドさ」
「……はい、何でしょうか?」
彼女は届けを手に、釣り目をまん丸させながら首を傾げる。
「いやさ、キミって勇者はーって嫌ってたじゃん?
なのに今度は結婚とかさ……それは平気なのかよ」
「そ、その件はその、申し訳ありませんでした。
私の勝手な思い込みで、その……皆が騙されているとばかり」
「あ、う、うん……別に良いよ。
俺も女体化解けて、色々嫌な思いさせただろうし、こっちこそごめん」
「い、いえ」
エリスと以前契約していた勇者がロクな奴じゃなかったんで、俺にもきつく当たってたって事か。
そうなると彼女をあまり責めるのも酷な話でもある。
てか何か顔合わせるのが気まずくなって、思わず視線逸らしたが……。
余計微妙な空気になってしまったのは、何でですかね?
「ってそうじゃねぇ!
第一、俺の名前も知らないのに結婚迫るっておかしいだろ。
っつーかしきたりがあるにしても、好きでも無い相手と結婚するとか正気かよ」
「あらいけない、私とした事がちゃんとお名前をお伺いしていないなんて……」
違う、そうじゃない。
しかもお嬢さん、意味深に頬染めないで下さい。
反応に困ります。
「あらぁ~……イリスったらもしかして勇者様にその気?」
と、はたで黙って見ていた痴女さんが、これまたニマニマしながら茶々入れてくる。
大人しくしてるかと思えば、これまた絶妙なタイミングでからかってくるからタチ悪い。
おいおいイリス君。
キミもキミで、赤くなりながらモジモジしないでくれたまえ。
「ってか俺、キミに最悪な事しかしてないのにそれで良いのかよ」
「そんな事ありませんわ!
だって魔王相手に真正面から戦って、渡り合った勇者なんて私、初めて見ましたわ……」
「いやあれは行き当たりばったりがどうにか―――うをぅ!?」
微妙な空気の中で会話をしていると、脇から白い塊がもそりと現れる。
俺の布団を頭から被って、顔だけ出したエリスがジト目でイリスを見やり―――
「……一目惚れですかイリス。
ハルヒトさんに一目惚れですかイリス?
ハルヒトさんが北の魔王と奮闘した姿を見て、キュンとしちゃったんですかイリス?」
ほっぺをプクっと膨らませて爆弾発言。
このお布団オバケは何を口走ってんすか。
「何を言い出すのかしらエリスったら、そんな事あるわけ」
「今日の香水、昔からお気に入りのお出かけ用の香水ですよね?
しかもリップはお気に入りのシェルピンクのルージュ。
髪留めもティアさんの所で買ったローズクォーツの髪留め付けてますし、気合が入りすぎです」
おっとぉ、ここでエリスさんによる細かなチェックが……。
そしてそんな捲し立てを前に、彼女は顔を逸らしながらも小さく胸を張る。
まるでそんな事無いとでも言いたげだ。
「た、たまたまですわよ!
そんな気分でしたので、久し振りにお気に入りの物を身に付けただけで―――」
「あとマニキュアもクトアさんがオススメしてたブランドのですよね。
ヒールもクトアさんのところで人気の物ですし、チョーカーチャームもお気に入りの物です。
後はブレスレットもティアさん特製の物ですし、ドレスだって胸元が少しはだけたタイプで」
「うわぁああああああエリスの馬鹿ああぁああああああああああああああああああ」
エリスの口撃に耐え切れなくなった彼女は、泣き叫びながら部屋を飛び出した。
え、えげつねぇ。
「自分は悪くないです。
イリスがあんな物を持ち出して、昔の事を話すから悪いんです」
子供のように唇を突き出しながらエリスはそう零す。
何と言うか、見た目だけじゃなくムキになる辺りも似てんなぁ……と、拗ねた布団おばけを前にそんな言葉が浮かぶ。
「とりあえず、服片付けなきゃな」
俺はそう呟きながら、女服まみれの自室を眺め。
そして押しかけ娘さんの事は、とりあえず考えないようにした。
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