本の海と海色の少女

 俺は高校二年の一般男子・新藤晴一しんどうはるひと

 魔王討伐の為に召喚され、聖霊エリの力を持ったエリスと共に魔王を倒した。

 そしてその功績を認められエリスと言う彼女(?)を手に入れた。


「本を読みたい? これまた意外ですね」


 一日の日課を終え、良いタイミングで居合わせたカーラは首を傾げながらそう返してきた。

 

「ちょっと呪いとか魔法で調べたい事があってさ」


 西の魔王の騒動が終わった翌日……。

 俺はエリスの身に起こった事をヒントに、性別を変える方法が何かあるのではないかと思い立った。

 そしてそう言った情報を自ら集める為、本を調べる事にしたのだ。


「なるほど、調べ物ですか。

 図書館はあるにはあるのですが、この城にあるのは王族専用でして……」

 

「もしかして秘蔵の書物とかあって閲覧禁止的な?」


「流石にそこまでの物は公開しておりませんが、それなりに貴重な物も置いてあります故」


「そっか。

 もし城内のが無理なら、他にそう言った調べ物が出来る場所が知りたい。

 エリスに聞きたかったケド、今ちょうど出ちゃっててさ」


 現状、エリスの呪いや性別を変える為のヒントは本しかない。

 そしてこの世界に於いての情報収集を考えると、本を読むのが一番だと考えた。


「珍しく随分と真面目な話をされますな。

 ふーむ。

 貴方様は魔王を討伐した暁に、侯爵こうしゃくの爵位を授かっているのを考えますと……入れますな」


「コウシャクってなに?

 ……もしかして俺、髭生やした方が良いのか?」


「確かに爵位を持つ方々で、髭を蓄えた方は多いですが……。

 失礼ながら申し上げますと、勇者様は似合わないでしょう」

 

 口元辺りを髭ジェスチャーしてると、何言ってんだコイツみたいな顔で返された。

 デスヨネー。

 しかしコウシャクって何だろ。

 国王がそんな事言ってたような覚えもあるケド……忘れた。

 あとでエリスに聞いてみるか。

  

「そう考えますと問題ありませんね。

 図書館へご案内致しましょう」


 そんな談笑を終えるとカーラはそう返し、図書館へ向かう事になった。


「普段この辺りは王族に連なる方々のみ、立ち入る事が許されているエリアに御座います。

 まぁ例外として、私のような者も数名立ち入りが許されておりますが、極一部です」


「聞くからに俺って場違いな気がするんだケド……?

 本当に大丈夫なの?」


「勇者様も私と同じく特例に当たりますので、問題ありません」


「いつの間に俺そんなオプション貰ったんだ……」


 説明を受けながら目の前の大きな両扉を開く。

 するとひんやりとした空気と共に、紙独特の匂いがすっと鼻を抜ける。

 流石は城内の図書館と言った造りで、遠くまで広がる本棚に唖然とする。

 目の前に広がる赤茶の絨毯。

 テーブルと椅子を囲む様に本棚が整列する。

 そして中空にも本棚が枝のように伸び、それを繋ぐ為の階段がいくつも伸びる。

 例えるなら本の樹と言うか……いや、迷宮とでも言おうか。

 

「滅多に人が来ないですので、ゆっくりされたい場合にもここはうってつけですね。

 本をお探しの場合、こちらの板へ手を触れて探したいジャンルやワードを思い浮かべて下さい」


『ピピッ、該当件数5。管理番号55の歴史に3、管理番号58の地理に2ございます。

 ガイドシルフィを使用しますか?』


「するとこの様に案内が出ます。

 ガイドシルフィとは本まで案内してくれる、館内サポートマジックの1つです。

 国中のありとあらゆる本がここにありますので、よほどの物では無い限り見つかるかと」


 板の上に検索結果が表示された光の板が浮かぶ。

 形的にデカめのノーパみたいだなコレ。


「国中のありとあらゆる……」 


「試しに検索されてみますか?」


 その言葉に自分は頷く。

 

 検索と言えばワールドワイドな海にダイブってた自分には馴染みある言葉。

 要するに館内限定のグー○ル先生って感じだな、うん。

 俺にとって本と言えばまず漫画。

 次に小説もといラノベ。

 そして肌色の多い、美術的価値があると後世になって語り継がれる本!

 男なら検索するならこれっきゃねぇ! 


「さぁ、異世界よ。俺に新たな世界の広がりワールドワイドを見せておくれ!」


『ビッビーッ。申し訳ありませんがそう言った類の本はこちらにはございません』


「ちなみに検索に用いたワードは履歴として残りまして、他の方も閲覧出来ます。

 ご注意下さい」


「そう言う事は先に言って!?」


 カーラは検索ワードを横目にそんな事を後から言う。

 履歴に美少女とかおっぱいとかエッチとか残っちゃったじゃんかぁ。


「あ、あのカーラさん、ワード消去の方法って……」


「申し訳ないですが御座いません」


 ……そして一通り説明を終えた彼は「ほどほどに」なんて俺へ釘を刺すと、その場を後にした。

 違うから!

 ちょっと遊んだだけだから!




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




 で、気を取り直して目当ての本を検索してみる。


『ピピッ。該当件数8567。

 管理番号1の聖霊に1801、管理番号3の魔法に1513、管理番号4の魔術に1101、管理番号31の宗教に1001、管理番号55の歴史に823、管理番号58の地理に601―――』


「わーい!

 のろいってけんさくにいっぱいひっかかるフレンズなんだね! すっごーい!

 ……じゃねぇよ。何、この数」


 検索板には一気に該当タイトルが高速で表示され続ける。

 どんだけあんだよマジ。


「呪いに関する本を探したかったのに。 呪いと解き方のワード2つじゃダメだったか」


 どうやらこの検索機能は少々面倒な仕組みだった。

 と言うのも本に1つでもそのワードが含まれてると、手当たり次第ヒットする。

 検索に歴史や地理が引っ掛かるのはわかる。

 ……でも育児って何?

 子供の内から呪いの使い方を教えたりするの?

 もしくは『我が子には古より封じられし呪われた竜が宿っていて』的な展開でもあんの?

 とまぁ、厨二妄想は置いといて。

 

「ガイドキャンセルっと」


『ではガイドシルフィの案内を開始します』


「あ、ミスった」


 『いいえ』を押したつもりが間違って『はい』に触れてしまう。

 その瞬間、A4サイズほどの光の板が発光。

 同時にぶわっと何かが出る。

 感じ的には自分に向かってホースを大解放したみたいな。

 一瞬は眩しいってなくらいの認識だったんだが、次の瞬間、怖気が走る。

 例えて言うなら、虫がいっぱい入った虫かごをひっくり返して中身が散ったみたいな。


「ぎゃぁああああああああああっ」


 間違って解き放った8567体の羽根を生やした小人の群れに、俺は絶叫した。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「……案内先まで行かないと消えないとか、マジ」


 俺は半泣きになりながら128冊目の案内を受け、図書館の中をトボトボ歩く。

 目の前をふよふよ飛んで案内してくれる手のひらサイズの女の子。

 見た目は可愛いんだが、今の俺には恐怖の対象である。

 ってのもカーラに消し方を聞きに行こうとしたら、図書館の扉が閉まった。

 更には『全てのガイドが放置されております』と何度も警告が鳴り響き、ガイドに囲まれた。

 いくら可愛いと言えど、システムと言えど、何千と言う視線をジっと向けられるのはホラーだ。

 んで、泣く泣く案内を受ける事に……。

 

 にしてもこのシステム考えたやつ馬鹿だろ。

 キャンセル機能くらい付けておけよ。

 ああもう、階段の上り下りダルいんですケド……。

 

「だぁあああもうやめやめ!! 知るかよもう!!」


 かれこれ3時間近く頑張ったがもう無理。

 1時間に40ちょいしか消せてないのに、8000とか何日かかんだよ。

 ガイドは無視だ無視。

 結構頑張ったし、もう知らん。

 とりあえず目当ての本はあったし読書しよ。

 帰りに扉開かなかったらアマハバでブチ破ろ。


「しかし図書館なのにドリンクに軽いお菓子、トイレまで用意されてるって……

 まさか間違ってガイド大量に呼び出した時の対策じゃねぇよな?」


 そんな不安を抱えつつ、俺は飲み物とお菓子を手にすると、本を手に座った。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「ぬぅ……マジかよ」


 本を読み始めてかれこれ2時間。

 

『かけた呪いを解除出来るのは、呪いをかけた当人のみである』


 本の1頁目の最初の一文で、エリエットが言っていた内容が書かれていた。

 事前にわかっていた事だが、改めて自分の手で確認すると結構来るな。


『……呪いとは遅効型魔導術式と呼ばれ、魔法は即効型魔導術式と呼ばれる。

 故に呪いは発動までに時間が必要とするが、発動した場合はほぼ回避が不可能。

 その為、指輪、腕輪、チョーカーなどの装飾品を用いて、未然に呪いを防ぐのが常識だ。

 仮に呪いを受けた場合は治癒魔法などで効果を遅延させ、その間に術者を見つけ出し、解呪するのが最善である。

 術者側も解呪を困難にする為、集団で呪いをかける場合が多い。

 しかし魔法の発達と共に呪術の必要性は激減。

 即効性の魔法に対し、遅行性の呪術は戦いの中で廃れ、その技術は古代の物となった。

 そしてそう言った呪い除けの風習のみが残り、それらはいつしかファッションや、祈願として形を変えた。

 出産祝いに子供へ装飾品を送ると言った物や、契りを交わし合った者同士でチョーカーを贈り合う文化などもその一つだ』


 そして長い説明の後に、

  

『その為、発動した呪いを解く術は今の現代には存在しない』

 

 と締め括られていた。

 さっき育児やら子供関連で呪いがヒットしたのは、呪い除けの名残か。

 そう言えば、エリスも呪い受けたのは生まれる前だしな。

 しかも魔王たちで呪いかけてるって話だったし、本の説明通り解呪しにくい形でかけてる。

 

「唯一の解呪方法の術者を見つけ出して、呪いを解かせるってのは既に無理なんだな」


 どこか期待を抱いていた物が、もうどうしようも無い事を再確認すると俺は本を閉じる。

 

「―――となると次は魔法、か」


 呪いを解く事が無理だと確認を終えると、頭を切り替える。

 だが、魔法にはまだ可能性があった。

 その可能性を見たのは、皮肉にも西の魔王との戦いだ。


『アナタは思ったよりかわいいからぁ、ちょぉっと女の子にしていじめてア・ゲ・ル♪

 ほぉら心は男なのに体は少女なんて辱しめはどうかし―――』


 西の魔王は確かにこう口にした。

 早い話が俺を女に変えようとした。

 となれば、何かしらそう言った魔法が存在するのだろう。

 エリエット曰く、魔王や魔族特有の力だろうと言っていたが、もしかすれば魔法でもそれが可能かもしれないとの話だった。

 そして俺はエリエットの言葉を信じ、魔法関連の本を片っ端から集めて回る事にした。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「うわ……っ! な、何ですかこれは!?」


 寝惚けた意識の中、声高な少女の叫び声が意識を揺らす。

 ぼうっとしながら顔を上げると図書館の扉が開いていた。

 いかん。

 調べ物してる内に寝ちゃってたみたいだ。


「はぁ。

 誰か大量にシルフィを呼び出したまま帰ったのですね。

 まったく、非常識ですわね」


 彼女は溜息混じりに板へ触れ、何か操作し始める。

 すると入り口辺りを木々の葉の様に群れていたガイドは、光の粒となって霧散していく。

 そんな中で髪をかき上げる彼女は凄く幻想的で、海から顔を出したマーメイドのよう。

 鮮やかな海色の髪は淡く光を受け、月明かりに照らされたように柔らかに光る。


「しかしシルフィのあの数は少々変ですね。

 普通は1000を超えた辺りで魔力枯渇を感知し、セーフティが働いて自動消滅するのですが。

 相当の魔力保有者でなければ……もしやお父様でしょうか。

 ―――あら、検索欄がそのままですね。

 一体何を探したのでしょう?

 ええっと……呪い、解除、美少女……? おっぱい、エッチ……」


 バァンと板を叩く音が響き渡り、離れたここからも彼女の耳が染まったのが見える。

 その音で俺も目が覚め、思わず身を起こす。

 同時に脇で積んでいた本へ腕に当たり、バサバサと床に落してしまった。


「っ!?」


 その音で彼女はこちらを振り向き、目が合う。

 彼女は白百合を思わせる純白の豪勢なドレスを身に纏い、整った顔立ちがドレスを一層引き立てる。

 少女独特の幼さを持ちながらも綺麗な顔で、子供の頃に見た繊細なガラス細工を思わせる。

 エリスと同じ海色の髪にあの子とどこか被るが、あどけなさは無い。

 あと目の色がルビーのようで、エリスと色が違う。

 しかしこの服装、もしかしてどっかの貴族の女の子か……?

 そう言えばここを案内された時、スゲー重要な事を言われた気が。


『王族に連なる方々のみ、立ち入る事が許されているエリアに御座います』


 やばない?

 流石の俺も事の重大さに気付き、どうすべきか焦る。

 

「や、やぁ」


 とりあえず声をかけてみた。

 が、返事が無い。

 まずいな。

 このままではあの履歴のせいで、『美少女のおっぱいでエッチな事をしたい変態』だと思われてしまう。

 誤解を解く為にもここはさり気無く、うまく汚名挽回しないと……。


「俺は勇者の新藤晴一しんどうはるひとって言うんだケド、ガイド解除してくれてありがとう。

 ちょっと調べ物しててさ。驚かせてごめん」


「……ゆう、しゃ」


 おし、反応した!

 やはり初対面は自分から名乗るに限る。

 こう言ったイベントの自主練に関しちゃ抜かりないからな。

 バッドな出会いからそれを払拭する方法は色々知ってんだ。

 伊達に色んなゲームで反面教師バッドエンドを見て来た訳じゃないぜ。


「……まさか、エリスの?」


「あ、うん。俺エリスと契約してる、勇者だね」


 そう返したと同時に、彼女の顔は一気に瞳と同じ赤色に染まる。

 怒りにも似た物が籠る視線を急に向けられ、俺は固まってしまった。

 あの、顔が怖いんですケド。

 森のドラゴンでもそんな怖い目しなかったよ?

 俺なんか酷い事言ったっけ?

 

「……やはり勇者なんて人は、常識の無い最低しかいませんわね」


 小さな声でそう吐き捨てた彼女は、足早に図書館を出て行った。

 向けられた言葉は失望に満ちていたと言うか、怒りに満ちていたと言うか。

 去り際の顔が一瞬、唇を噛み締めていた気もしたが……。


「何だったんだ、あの子」


 何が何だかわからん。

 勇者が変なワードで検索してたのが、そんなにショックだったのか?

 つってもそう言う本見てた訳じゃないのに……。

 もしかして勇者に良いイメージ持ってた子なのかもしれない。

 そう考えると夢を壊してしまって申し訳ないと言うか。


「……ん、本?」


 少女が立ち去った場所に一冊の本が落ちていた。

 気になって席を立ち、拾いに向かう。

 手に取ってタイトルを見てみると『淑女としてのマナー・嫁入り前の常識』


「なんじゃこりゃ」


 おもむろにパラパラとめくって中身を見てみる。

 王族に嫁ぐ場合、覚えておくべき作法や、王族の好む服装などが事細かに記されている。

 まぁタイトルまんまっつーか……それは良いとして。

 そんな本を借りてたって事は、あの子は王族の人間で間違い無いだろう。


「おっと、勇者様まだいらしたのですか」


「うおっ!? な、何だカーラかよ」


「仕事が終わり夕食も済みましたからね、ゆっくりしようかと思いまして」


 そう答えたカーラは抱えた本を軽くポンポンと叩いて見せる。

 なるほど、読書の時間と言う訳か。


「して、勇者様も随分と珍しい本を……もしやエリスの為に女となるおつもりで!?」


「な訳ねーだろ!!」

 



□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「いやはや申し訳ない。それはウチの娘ですね」


「おっさん子供いたのね。ちょっと意外」


 コーヒーっぽい飲み物を口にしながら、事情を聞いたカーラは苦笑する。

 どうやらカーラの子供と言う事で彼女も特例として、この場所を使う事を許されているらしい。

 しかし、こんな変なおっさんの遺伝子継いでんのに、あんな可愛い子生まれるとかマジ生命の神秘。

 それとも奥さんが綺麗な人なのか?

 それなら納得だが。


「エリスかなって思ったケド、ドレスだし雰囲気が全然違うからさー。

 おっさんの言葉思い出して、お姫様だったらどうしようってむっちゃ焦ったよ」


「でしょうでしょう? 自慢の一人娘でしてもう可愛くて可愛くて……。

 手塩にかけて育てた娘ですからね、まぁ当たり前と言えば当たり前ですけど!」


「ほんとおっさんの子供って思えないくらい可愛いよな。どうなってんの?」


「よく言われます。

 しかしいくら勇者様と言えども、娘はやりませんからね?

 もし新たに魔王を倒された際、ウチの娘が欲しいとなどと仰られた場合はぁ……」


「い、いや俺にはエリスいっから」


 怖い怖い。

 めっちゃ凄んで来るのマジ止めて下さい。

 顔近いから。


「そうでしたそうでした、勇者様は男色の方でしたね。

 同性の方が好きと言うのを忘れておりました。申し訳ありません」


「エリスだから好きだっつってんだろ」


 まったくどいつもこいつも人をホモ扱いしやがって。

 男を好きなんじゃなくて、エリスだから好きなんだっつーの。

 ってかおっさんもまた『えー?』みたいな顔すんなし。


「しかしエリスの素性を知っても尚、何も変わらない勇者様は貴方が初めてですね」 


「そう言えば俺の前に契約したのが、何人か居たんだっけ……」


「おや、ご存じなのですか?」


「まぁエリエットからちょっと。クズが多かったって」


「なるほど、聞き及んでおられましたか」


 小さく頷くと彼はそのまま暫く黙った。

 カップを口に運びながら、何かを思い返してるみたいな表情を浮かべる。

 そして俺が読んでいた呪いに関する本を手にし、おもむろに頁をめくる。

 

「現状、一時的にではありますがエリスを女にする事は可能です」


 ……そマそれマジ? 


「まじ!?

 ちょっと詳しく」


変身サモシャの珠を使えば可能です」


 あぁ、変身の珠の事を忘れてたよ。

 確かにそれでエリスの性別を変える事も出来るんだな。


「しかし効果は良くて半日程度。

 それ以上はあの子自身の能力のせいで、解除されてしまいます」


「え、何で?」


変身サモシャの珠を始め、いくつかの魔道具マジックアイテムは魔王の魔力より作られております。

 故に聖霊エリを強く秘め、再生と言った元に戻す能力を体に宿したあの子には、効果が薄いのです」


「そう、なのか」


「しかし半日とは言え、望みを叶える事が出来ます。

 日を空ければまた再度変身も出来ますし」


 少しでも女の子に出来るなら……と考えたがそれはダメだ。

 そんなんで喜んでも、ぬか喜びでしかない。

 結局それはエリスを見ていないし、何の解決にもなっちゃいない。

 何つーか、埋まらない物を代用品で埋めるみたいな。

 ―――やめとこ。


「……聞かなかった事にする。

 色々駄目な方向に行きそうだし、一時的な方法じゃダメなんだ」


「ふふ、本当に貴方様は変わった御方だ。流石エリスを見初めただけありますねぇ」


 カーラは意味ありげにニタリと笑い、そんな言葉を呟く。


「しかし私が再三色々言ったにもかかわらずエリスを選び、旅に出た時は心配でしたが……

 今となっては貴方様で良かったのかと少し思いますよ」


「何だよ急に……」


「私はあの子が小さい頃より、愛娘と一緒にいくらか面倒を見てきました。

 そしてエリスは聖女として幼い頃より教育を受け、女として育てられてしまった。

 それ故、あの子は人並みの幸せは叶えられないだろうと諦めていました……

 しかぁし! 貴方が現れた!」


「お、おう」


「最初は他の勇者と同様に、ただ見た目だけであの子を選んだのだと不安でしたよ。

 しかし事実を知っても尚、貴方は変わるどころかエリスを大事にしていらっしゃる」


 彼は複雑そうな顔ながらも、慈しみを含んだ笑みを浮かべる。

 聖女選びの時、カーラは必死に俺を止めた。

 しかし今考えるとあれはエリスの為だったんだなと、今の言葉で再認識する。


「いやーでも安心しました。

 異世界の方には変わった趣味の方がいらっしゃると、噂には聞いていたのですが……。

 本当でしたね?」


「やかましいわ」


 さめざめとした素振りでワザとらしく語るカーラを一蹴する。

 まったく、真面目な話かと思えば最悪な締め方しやがって。

 褒めてんのかおちょくってんのかわかりゃしない。

 何だかなぁもう。


「とまぁ冗談はさておき、何かお探しの物があれば私に仰って下さい。

 微力ながらもお手伝いさせて下さい」


「あ、ありがとう。何かごめん」


「いえいえ。私も出来ればあの子の望みを叶えてあげたいですし。

 それに気が変わって万が一、ウチの娘に言い寄られても困りますしね?」


「確かにあの子、可愛かったもんな」


「あげませんよ?」


 冗談で返したら飛び切りの笑顔で切り返され、ガシリと両肩を掴まれた。

 だから目がこえーって!

 目が全然笑ってないからね、おっさん!




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「あれ、カーラ様どうされたんですか?」


 翌日、カーラが何冊かの本を片手に俺の部屋に来た。

 相談した内容に沿った、本を早くも持って来てくれたようだ。


「ええ、勇者様の調べ物をお手伝いしようと思いましてね。

 とりあえず目ぼしい物を何冊かお持ちしました」


「ありがとうカーラ。ほんと助かる」


 テーブルの上に置かれた本を前に俺は頭を下げる。

 あの後、遅い時間だって言うのにわざわざ探してくれたんだな。

 おっさんも忙しいだろうに申し訳ない。


「そうなのですか、あれ……これは?」


 並べられた本の中からエリスは一冊を手に取る。

 本をまじまじと見つつ、俺を見ては少し首を傾げる。


「淑女としてのマナー初級・殿方に気に入られる振る舞い方……。

 南方の秘術! 女へと変われる秘法のすべて……?

 1つは自分の為とはわかるのですが、初級マナー習得を終えた自分にこれは必要ないような」


「ああそちらはですね、エリスを女にする事が叶わなかった際、勇者様が女になる可能性を考えてお持ちしました!」


「アホか!」


「え……ほ、ほんとですかハルヒトさんっ!」


「まってエリス違うから! 

 おっさんの冗談だから、悪乗りだから、そんなキラキラした目でこっち見ないでっ!!」


 そして色々と期待を眼に宿してしまったエリスさんの誤解を解くのに、小一時間かかった。

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