閑話・Yシャツと勇者と彼女?




「……普段着にゃ違和感あるしなぁ」


 昼下がり、俺は旅で使っていた道具を整理している最中、出てきた物に頭を悩ませていた。 


「つってももう着ないしなーどうすんべ」


 自室のテーブルの上には元の世界で馴れ親しんだ品々が並ぶ。

 それは1年ちょい、毎日身に付けていた物。

 紺のブレザー。

 長袖のカッターシャツ。

 Tシャツ。

 ベルト。

 ズボン。

 あとはレシートとクーポンが札束並みに入った安物財布、学生手帳やスマホ。

 他はアニキャラのストラップや鍵と言った小物類だ。

 

 スマホは運良く充電が残ってる。

 充電方法が無いのでその内使えなくなるとは思う。

 でも電源を落したりすれば多少持つだろう。

 これは大事に取っておくとして……制服はどうすっか。

 全部残しておくのも良いケド、まず保管が面倒だ。

 あとは一番の問題として、これを見て帰りたくなったら嫌だなぁって不安がある為、残したく無かったりと考えていた。


「これ、ハルヒトさんが召喚されてた時に着られていた服ですね」


「学校の制服だなー。

 もう着る事もないし、残してても保管大変そうだから捨てようかなって」


「だ、だめですよ捨てるなんてそんな……勿体無いです!」


 覗き込んできたエリスは俺の言葉で奪う様に制服を抱え込む。

 勿体無いと言われても、使わなかったら意味無い気がするんだが……。

 かと言ってクローゼットにしまうのもなぁ。

 中学の制服取っといたら、速攻で虫に食われてた経験があるだけに気が引ける。

 使ってれば洗濯するし、そう言った問題が多少解決はされる。

 しかし使うつってもねぇ……?

 

 アレ待てよ。あ、そっか。

 使えば良いんだ。


「んじゃエリス着てみる?」


 そして俺は思い付いた悪戯を笑みに混ぜながらエリスへ向けてみた。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「絶対振り向かないで下さい絶対ですよ!?」


「わかってるよ大丈夫だから見ないから」


「ぜ、絶対ですからね!」


 その後、俺の制服をエリスに着てもらう事に。

 俺の真後ろではエリスが頑張って着替えの最中だ。

 時折響く布の擦れる音が物凄くエロく、思わずそわそわしてしまう。


「まだ着替え終わってませんからね! 見ちゃダメですからね!」


「わかってるよ」


 これはあれか。

 『押すなよ、絶対押すなよ!?』と同じフリなのだろうか。

 そうなればその言葉に反して振り返り、驚きながらも赤らむその姿を目に焼き付けねばなるまい。

 ……なーんて見ないケドね。

 前に着替え途中にうっかり見てしまった事があるんだが……マジやばかった。

 ガチで怒られ、1週間まともに口を利いて貰えなかった。

 なので逸る気持ちを押さえつつ、俺は大人しく待つ。




「ハ、ハルヒトさん。着替え終わりました……これで良いでしょうか?」


 10分後、無心で待ち続けた俺の耳に声が届く。

 高鳴る心臓を鎮めつつ、ゆっくり振り向く。

 ……そこには丈が合わず、サイズの合わないズボンを萌え袖で押さえるエリスの姿が。

 それは簡単に例えるなら、先輩の制服を着た背の小さい後輩の女の子って感じだ。


「随分ダボっちゃってるね」


「上はまだ良いんですが下が……」


「エリス150cm無いんだっけ。

 そりゃズボンも合わないか」


「せめてベルトが合えば……あっ!」


 エリスはズボンを押さえつつ歩を進め、声を上げる。

 カシャンとベルトの金属音が響き、俺の視線はそれを追う。

 するとブレザーの下から伸びる、綺麗な白い足が視界に飛び込む。

 そして股下から少し顔を出す、カッターシャツの端。

 それはエロさを一段と引き立て、必死に下半身を庇う萌え袖がトドメを刺してくる。


「わぁああああああ!? 見ないで、見ないで下さい!

 その、ベルトの穴が大きいのしか無くて!」


 慌ててズボンを上げようと試みるも失敗したエリスはすかさず座り込む。

 顔を伏せて恥ずかしさを隠すが、染まる耳のせいで意味が無い。


「だ、大丈夫か?」


 俺の言葉にエリスは、大きく首を横に振る。

 少し屈んで手を伸ばしてみるが、これまたぶんぶんと首を振られて拒否。

 どうしたもんか……と思うのも束の間、自分の視線は釘付けになる。

 エロいな……これ。

 視線を下げれば、ちょろっと出たシャツの端が視線を誘う。

 そしてそれはお尻から内ももへの曲線美を引き立て、見る者を意識させる。

 更には紺のブレザーが雪肌色と対比し、それらは俺のリビドーとマイ・サンを叩き起こす。

 しまいにゃエロ魔人さんも『ナイスおしりナイスふともも!』なんて、百点満点の親指を立ててくる。

 やばい、この組み合わせと言うかこのシチュ、あかんて。


「た、立てるか?」


「……立てません」


 短く返ってきた声は不機嫌さを含んでいる。

 もしかして制服着るの嫌だったのか?


「ごめん、無理させちゃった?」


「そ、そうじゃないです! そうじゃないです!

 そうじゃなくてその……嬉しくてつい」


 顔を上げたエリスは必死にそう訴えつつも言葉を濁す。

 その眼にはいくらか涙が浮かび、同時に恥ずかしさからか真っ赤である。

 ズボンがズリ落ちたせいで恥ずかしかったにしては違和感がある表情だ。

 座り込んで猫背になり、前屈むエリスの姿に既視感を覚える。

 いや、既視感では無いな。

 覚えがある。


「もう!

 察して下さい! 色々大変で今動けないんです立てないんですっ!」


 上擦ったその言葉で俺は確信する。

 そうだよな。

 エリスも俺と同じであるんだよな……ごめんて。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「で、結局着替えないのね」


「だってハルヒトさんがこっちに来る前から着てた服ですよ?

 もう脱いじゃうなんて勿体無いじゃないですか。えへへ」


 ベッドの上ではしゃぎながらエリスはそんな可愛らしい事を口にする。

 今のエリスは下にカッターシャツを着て、上にブレザーを着ている状態だ。

 で、肝心のズボンは穿いていません。

 その為、バリケードとして枕を抱えている。

 まぁわかる。

 見られたくないからね。

 しかしその組み合わせのせいで色々破壊力ぱないんすが先生。

 そして理想のシチュなんですが。

 判りやすく言うとアレである。


『彼氏宅へお泊りに行って、彼氏の制服を着て彼氏のベッドの上でで可愛らしくはしゃぐ彼女』


 こんな風にしか見えない。

 これ、なんてエロゲギャルゲ?

 トドメに俺の制服を着て満面の笑みを見せて「脱ぎたくない」ですよ。

 何だよこの可愛い生物。

 見てるだけでニヤニヤが止まらんわ。

 これが付き合ってる彼氏の特権つー訳か。

 リア充マジ最高。


「あ、ハルヒトさんの匂いが凄くする」


「ぶっ。

 そんなに良いもんじゃないし、恥ずかしいから嗅がないでっ!

 ああくそ、ブレザーも洗っておけば……ってまた嗅がないの! 汚いからヤメテ!」


「自分、ハルヒトさんの匂い好きですよ?」


 言ってる傍からまたブレザーの袖をスンスンと嗅ぎ、エリスは上目遣いでそんな言葉を向ける。

 無意識にやってるんだろうけど仕草の一つ一つがツボなので過呼吸起こしそう。

 俺の匂い好きとかどこの甘酸っぱい展開ですか。

 経験の無い自分はどう反応したら良いかわからんとですよ。


「あれ?

 あとハルヒトさんの匂いじゃない甘い香りがちょっとする。香水っぽい?」


「……甘い香り?」


 エリスに袖を向けられて匂いを嗅いでみる。

 確かに知らない匂いだが……何となく覚えはある。

 洗剤の匂いかと思ったが違うな。

 かーちゃんの香水?

 いや違う。

 姉ちゃんの物でも無い。

 かと言って俺の学校は男子校だから、香水付けてるヤツも居る訳が無い。

 ……と思ったが、こっちの世界に来る前に接触のあった異性を思い出す。

 あん時、カラオケの最中で隣に他校の女子座ってたんだったわ。


「多分姉ちゃんの香水じゃないかな!? 覚えねーけど多分そう!」


「そ、そうだったんですか……お姉さんがいらっしゃるんですね」


 アホみたいに大きな声で述べる言葉に対し、エリスは弱々しく返す。

 そして差出していた手を戻し、視線をそらされた。

 あれ、もしかして嘘ってバレた……?

 しかしそんな焦りを余所にエリスはおずおずとこちらを見つめてくる。

 その眼は少し元気が無いと言うか、哀しげである。


「ハルヒトさんはやっぱり、元の世界に帰りたい……ですか?」


「急にどう言う事……?

 俺、そんなにホームシックなオーラ出してたかな」


「急に元の世界の持ち物を整理し出したり、

 元の洋服を着た自分を見てその、凄く嬉しそうだったので……」


「あー……。

 いや、なんつーか、勇者として認められて生活が安定して、制服とかもういらないかなーと思って。

 まぁ未練が一切無いと言えばウソになるけど、そう言うのじゃないよ」


「ほ、本当ですか?」


 エリスは心配そうにそんな言葉を向けてくる。

 まぁ親とか姉ちゃんが心配だったり、悪友ダチの事が気にかかるちゃかかる。

 とは言えこっちの生活が充実してしまっているので、別に帰らなくて良いかなって気持ちが本音もある。

 それにカーラが帰すのは無理だって最初に言ってたしな。

 今の俺はどんなに帰りたくても、帰れないのだ。


「それに帰りたくない理由が出来たって言うか」


「帰りたくない理由、ですか?」


 首を傾げるエリスを余所に俺はテーブルへ行くと、スマホを手に取る。

 そしてカメラを起動し、シャッターを押す。


「そ、帰りたくない理由」


 見慣れない物体を前にエリスは硬直し、「何ですかコレ?」と尋ねてくる。

 俺はその問いに答えず、黙って画面を向け続ける。

 するとそこに映る写真フォトを前にエリスはゆっくり紅潮する。

 その後エリスが恥ずかしさの余り、枕を用いて俺をはたいてきたのは言うまでもない―――。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「ハルヒトさーん。ハールーヒートーさーん」


 小鳥の囀りと朝日が朝を報せる中、いつもの可愛らしい声が寝惚けた耳に届く。

 俺は今一度掛布団を被って囀りと朝日からサヨナラする。

 後5分、5分だけ……。 


「またハルヒトさんはそうやってー……もう、仕方ない人ですね」


 呆れた声が響いたかと思えば掛け布団がゴソゴソ動くき、馴染みの甘い香りが籠った熱に入り混じってくる。

 そして軽く布団がめくられ、ベッドへ潜り込んできたエリスの顔が真横へ来る。


「ハルヒトさん、朝ですよ? おはようございます」


 目を開いた俺を確認するとエリスは今一度そう向けてくる。


「ちょ、エリスその……またその格好!?」


「えへへ。

 だってハルヒトさんこうするとすぐに起きてくれるし……」


 そう言ってエリスはダボダボのカッターシャツ1枚の姿ではにかんで見せ、萌え袖で口元を押さえる。

 その仕草は甘える仔猫の様で、天使の様でありながら小悪魔的だ。


「この格好、好きですもんね?」


 気付けば僅かな未練は彼シャツと言った形で見事に綺麗サッパリ、書き換えられた。

 こんな事してくれる子が居るのに元の世界に帰れるかよ。

 そんな訳で俺の元の世界への未練カッターシャツは、天使の香りで甘くアフターされました。

 ……お母様お父様、親不孝な自分をどうかお許し下さい。

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