似た物同士の聖女と勇者・後編

 俺は高校二年の一般男子・新藤晴一しんどうはるひと

 魔王討伐の為に召喚され、聖霊エリの力を持ったエリスと共に魔王を倒した。

 それからその功績を認められ、俺はエリスと言う彼女(?)を手に入れた。

 そして国王からの依頼で東の土地に赴き、エリスとぎこちない関係の中、巨大スライムと戦う事になったが無事に撃破。

 ―――で、無事スライムを倒してめでたしめでたし。


「…………」


「…………」


 とも行かず。

 先日よりエリスとの関係が、悪化してしまっていた。

 

「なぁにやってんすか2人とも」


 剥き出しになった地面の上で座る俺とエリスはそっぽを向き、2人してだんまりだ。

 そんな俺らを見てスラリンは溜息を吐きながら、げんなりと肩を落としている。

 と言うのもあの後、エリスが本気でお怒りになったのだ。

 

 どうして救援を呼ばなかったのか、

 何故あんな賭けに出たのか、

 何で危険な真似をしたのか、とか……他にも色々。


 とは言え、他に良い方法があったとは思えない。

 イチかバチかの賭けだった部分があるのは認める。

 でもそうでもしなけりゃ、エリスは最悪死んでたんだ。

 そんなボロボロの身なりで『自分は何があっても平気なんです』、なんて言われてもな……。


「……勇者様、ちょっと失礼するっすよ」


「何だよスラリ―――ほんげっ!?」


 急に肩を叩かれ、何かと顔を向ければ視界に激しく星が散る。

 僅かに遅れてゴギャリなんて鈍い音が響き、鉄の匂いと痛みが押し寄せた。


「あーっとスライムの残骸が顔に付いてたので、思わず殴ってしまったっす! 

 はっ、これはいけない!

 思わず力を籠め過ぎて勇者様に傷を負わせちゃったっすよー!」


 痛みに口を押えて丸まってると、そんな事を白々しく叫び出すスラリン。

 コ、コイツ何考えてやがる……。

 もしかしてアレか、コイツも俺のやった事が気に入らないと。

 なるほど。

 それなら俺もコブシで答えてやろうじゃねぇか!


「よぉスラリン。

 お前、良い根じょ……わぷっ!?」


 殴りかかろうとした瞬間、頭を押さえて寝かされる。


「これは早急な治療が必要っす、聖女様失礼するっすよ!

 さぁさぁ勇者様、どうぞ聖女様のおみ足でごゆっくり癒して下さいっす!」


「「っ!?」」

 

 何事かと思うのも束の間、ふわりと漂う馴染みの香り。

 更に後から伝わる柔さと温もりを前にすっと怒りが引く。

 そして視界に入る白くすらっとして、細いケドも少しばかりふくよかなエリスの足。

 気付けば口の中の痛みは消え、鼻の奥まで染み付いていた鉄の匂いも無くなっていた。


「ほらほら勇者様、久し振りのふともも回復っすよ良かったっすね」


「……お、お前なぁ」


「やっぱり勇者様と聖女様は、こうされてる方が自分は安心するっす、はい」


 ドヤ顔をして見せるスラリンを前に、怒りも沸かなかった。

 エリスが嫌がるんじゃと思ったが、むしろいつものように俺の頭にそっと手を置いてきた。


 背を向ける形で寝かされ、エリスの顔は見えない。

 髪へ触れる指先に思わず緊張し、俺は喉を鳴らす。

 何も言ってこないが、そのぎこちない動きは何か確かめてるようにも取れた。


「ハルヒトさんは、どうしてあんな無茶をしたんですか……」


 弱々しく、そして恐る恐るそんな疑問をまた向けられた。

 にしても俺もそれなりに高レベルなのに、何でそこまで心配されるのだろうか。

 そしてそう問われても、助けたいと思った理由はあの時と変わらずだ。


「だから、その、放っておける訳ないだろっての」


 言い合いの時に口にした言葉を少し濁しつつ、俺はそう返す。

 

「何で自分なんかの為にそこまで……自分は酷い事ばかりしてるのに、何で……」


 好きだからに決まってんだろ、と言いそうになって俺は留まる。

 流石にスラリン居る前でそんな事は言えるハズも無く。


「それは勇者様が聖女様の事を好きだからっすよ」


「おぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?

 何でお前がそれ言うの!

 あえて言わなかった俺の立場どうしてくれんのアホかマジお前はあああああああああ!!」


 飛び起きて胸倉を掴めば、スラリンはニヘラとムカつく顔で返してくる。

 人が黙ってたものをよくも……と思うのも束の間、はたと我に返る。


「んが……っ」


 そして自分は自爆した事に気付く。

 焦りと恐怖、気持ちを知られたとか様々なモノがないまぜになり、心臓を打つ。

 そんな中、スラリンが人の腹をツンツンと。

 

「ここまで持って行ったんすから、行くっきゃないっすよ」


 骨は拾ってやると言わんばかりにポンっと胸を叩かれ、向きを変えさせられた。

 視線を向ければエリスは座ったまま、じっと俺を見詰めていた。

 その瞳は僅かに潤んでるような、何か堪えてるような。


「―――ハルヒトさん、お言葉ですが自分は、男ですよ……」


 静かに向けられた言葉は、連日悩んでいた自分へトドメを刺す内容だった。

 今の返答でわかったのは、俺の好意に対して嫌がってるって事だ。

 じゃなきゃこんな言い方しないだろう。


「でも聖女様の心は女性っすよね。

 そして聖女様が抱えてる感情も、勇者様と同じだったと覚えがあるっすよ。

 だから勇者様の言葉を聞いて傷付けたくないと考えて、ワザとそんな態度なんすよね?」 


「ジ、ジーくん貴方は急に何を言っているんですか!?」


 冷たい態度を見せていたエリスが、以前と同じ声色で突然取り乱す。

 そんなエリスを横目に腕を組みながら、彼は見やる。

 そして、


「付き合い長いんすから、色々わかるに決まってるじゃないっすか」


 ハッキリとそう言い切る。

 それを前にエリスはあうあうと口をパク付かせると、慌てて顔を伏せる。

 そう言えばついさっき、俺にも似た様な事を言ってたな。 

 スラリンへ顔を向ければ俺に向けて軽くウィンクしてくる。 

 なるほど……お前はさっきの続きって言いたいんだな?

 わかったよ。


「―――おいスラリン。

 終わったら後で一発殴っからな」


 小さく八つ当たりを向けると彼は親指を立て、にへらと笑う。

 それを前に俺は排熱のように大きく息を吐き、息を整えた。


「俺は、スラリンの言う通りエリスが好きだ」


 改めてその言葉をエリスに向ける。

 するとエリスはまた凍て付いた瞳を見せ、睨む形で俺を見る。


「自分は、男ですよ。

 ……それに、ハルヒトさんは女の子が、良いんですよね本当は」


 再び繰り返される言葉に追加される、グサリと胸へ刺さる内容。

 確かにそれは俺の本心だ。

 しかし大事なモノが、ちょいと足りない。


「その女の子が良いってのは、エリスが女の子だったら良かったのにって意味だよ」


 俺の言葉にエリスの表情は濁る。

 もっと上手い言葉を向けれれば……と思うが俺には無理だ。

 なら包み隠さず全部、きちんと伝える事が俺のすべき事だろう。


「自分は……。

 自分もハルヒトさんが、好きです。

 そしてこれは、自分の中にある女としての感情だと思っています。

 ですが凄く怖いんです……不安なんです。

 それを向けて良いのか、と」


「不安……?」


「だってハルヒトさんは自分の……

 わたし・・・の魅せている、演じている、『異性』を前に惹かれてるんじゃないですか?」


 その問いに今一度、喉がカラ付く。

 胸はまたドクリと心臓を強く叩き、向けられた内容に息が詰まる。

 しかしその問いにこうやって胸の内が荒れるのは、言うまでも無く……その通りだからだ。


「……うん、エリスの言う通りだ。

 お淑やかな服装に、あどけない性格で献身的で、料理も上手くて、優しくて。

 俺はそう言った物に惹かれたんだ」


 今まで直視する事を避けていた内容。

 そう。

 エリスは俺の中にある、理想その物の一言に尽きるのだ。

 単純な俺はそんな全てに惹かれて、好きになった。

 当然ながら俺の告白にエリスは身を強張らせる。

 俺を前にエリスは唇をキュッと結び、その瞳は潤んでいた。

 まぁそりゃそうだよな……。

 要するに見た目で惚れましたって言っちゃったんだ。


「ケド、だからってそれが全部じゃない」


 俺は気持ちを整えるべく深く息を吸い、静かに吐く。

 よくよく考えたら俺はエリスの気持ちを知ろうとせず、色々大事な事を確かめるのを恐れてた。

 でもそれじゃあダメなんだ。

 そして俺はキチンと確かめるべく、エリスの前に座ると視線を合わせる。

 その行動にエリスはギョッとし、何事かと身構えた。


「エリス……ちょいごめんな」


「な、何です―――」


 俺は返答を待たずに右手を伸ばした。

 その行動を前にスラリンもエリスも硬直し、何が起こったか把握していない。

 ―――そんな中、俺はゆっくり手を動す。

 すると覚えのある造形シルエットが少し時間を空け、手の中でむにゅりと主張してきた。


「あ、ほんとだあるわ」


「わぁああああああああっ!?」


 叫び声と共にバチンッと景気の良い音が鼓膜を叩き、左目に星が飛ぶ。

 今日の俺って、殴られてばっかだな。

 まぁ今のは自業自得ですが。


「な、ななな、何をするんですかハルヒトさん!?」


 下半身を押さえ、威嚇する猫みたいに背を丸めてエリスが大声を上げる。


「いやホラさ、エリスが男って話は聞いてるケド、確かめてなかったから」


「だ、だからってこんな、その……ハルヒトさんバカですか、アホですか、何考えてるんですか!?」


「多分バカでアホなんだわごめん」

 

 俺はエリスが男である事に自問を繰り返した。

 そしてそんな中でありながらも何度か、膝枕をした事もあった。

 言ってしまえば、その時に聞く事が出来たのに俺はしなかったんだ。

 シュレティンガーの何とかじゃないが、確認しなければそれは絶対じゃない。

 だが確かめてしまえば淡い可能性も無くなり、向き合わなければいけない。

 早い話、俺自身に受け止める覚悟が無かったのだ。


 そして俺はエリスが男である証拠へ触れた。

 にもかかわらず、自分の胸にある熱は引かない。

 むしろ、どこか安心したような……変な気分だ。


「エリスは言う通りに体は男。

 んでもって俺は恥ずかしい事に、女の子としての部分のエリスが好きなんだ。

 ホラ、俺って馬鹿だからさ、そう言うのにコロっとやられちゃうんだよ。

 しかも俺ってこんな考え無しのヤツだから、今回みたいに相手を傷付けたりする事もあってさ。

 今言ってる言葉だってスゲー傷付けてるし……最悪なヤツなんだ」


 俺は自分の中にある物を認め、その告白にエリスの顔は曇る。


「でもそれ以上に、誤魔化すのも、嘘吐くのも嫌なんだ。

 ……俺は性別抜きにしてやっぱエリスが好きだ。

 確認しても、やっぱ気持ちは変わんない」


「本気で言ってるんですか……?

 自分は、男なんですよ」


「それも含めてだ。

 そりゃあ女の子が好きだよ。

 ケド、エリスに対しての気持ちはそう言うの関係無しで、どうしようもないっつーか……。

 好きなもんは好きとしか言えない」


「言ってる事、無茶苦茶じゃないですか……女の子が好きなのに、わ、たしの事が……好き、とか」


「うん、無茶苦茶だよな、ほんと」

 

 昔から姉ちゃんの恋愛事情を傍で見てた俺は、絶対に普通の恋愛をと夢見てた。

 でもよくよく考えたら普通って何だろうか、なんて。


「都合良いとは思う。

 ケド、俺はエリスが全部ひっくるめて、好きだ。

 まぁ男って事に抵抗が無いかって聞かれたらある。

 でも、エリスなら別に良いかなとか、それでも良いかなとか。

 出来たらエリスと一緒に居たいし、……エリスと付き合いたい、とか。

 はは、ほんと自分で言ってて無茶苦茶だケド、これが俺の本心だ」


「ほ、本気で言って―――」


「本気だよ」


 自分はハッキリと言い切る。

 俺を見るその顔は戸惑いと困惑を浮かべ、エリスは静かに自分の胸の上を握り締める。


「だって、自分は本当は男で、ずっと言わなきゃいけなかったのに怖くて、また黙ってて……。

 もしかしたらまた傷付けるかもしれない、それに自分は聖女なのに、不完全で」


 静かに零れる言葉はエリスの中の何かを決壊させ、否定と共に首を振り出す。

 溢れ出た雫はボロボロと頬を伝い、俺は気付けばエリスを抱き寄せた。

 僅かに抵抗されるが、すぐにそれは無くなる。

 抱き寄せた手の中で触れる肩は柔らかくもどこか硬さがあった。

 ……それはどこか自分のラインと似ていて、それを前に改めてこの子は男の子だと実感する。


「エリスがエリスなら、俺は別に良いよ。

 ―――それに俺は、そんなエリスも好きだから」


 その言葉に胸に染みる温度はじんわりと広がり、熱さを増す。

 そして胸へ触れる手はしがみ付くように力が籠り、エリスは深く顔を寄せる。

 

「そう……ですね。

 はい、自分はハルヒトさんの為だけの……ハルヒトさんだけのエリスです、から」


 顔を上げ、顔をくしゃくしゃにしながらエリスは小さくそう微笑んで返してきた。

 それは数日前に交わした言葉と似ていながら、内にある物はその時とは違う。

 そんな互いにしかわからないやり取りを前に、気付けば2人して思わず笑う。


 今一度、エリスははにかんで見せて、深く顔を埋めたかと思えばバッと身を離す。

 どうしたのかなんて疑問を覚えるのも束の間、


「いやー無事に気持ちを伝えたと思えば、勇者様も見せつけるっすねぇ~」


 あかん。

 スラリンの事をすっかり忘れてたわ。

 おもむろに顔を向ければ、どっかのスライムみたいな締りのないニヤケ顔向けられていた。

 いかん、この顔ムカつく。

 グーパンしたい。


「そ、そんなんじゃねーよ。てかガン見すんなよエリスが恥ずかしがってんだろ!

 ……しかし調査のハズが、スゲー事なっちゃっつーかなんつーか」


「あ、露骨に話を逸らしたっす!」


「うっせ黙れ、バーカバーカ!」


 コイツのお陰でわだかまりが消えたとはいえ、からかってくるので礼は言わない。

 忘れた頃に不意打ちでひっそり言おう。

 今言ったら更にからかわれるの必至だしな。


「とりあえず戻るかぁ。

 テントも無いし、このまま野宿って訳にもいかねーし」


 茶化そうとするスラリンを無視し、俺はそう口にする。

 時間もまだ夜中だし、モンスターが襲って来るかもしれない。

 そんな考えの中、俺はエリスの肌蹴た肩が気になり、ベストを脱ぐとエリスにかける。


「ケープ、スライムに食べられちゃいました……」


 エリスは俯くと残念そうに少し身を丸め、


「ああ、勇者様が匂い嗅ぐほど大好きだったケープが……残念っすね……」


 その後にスラリンが続いて呟く。


「ですねとても残念です。

 でも仕方ないです」


「あーほんと残念っすねー旅の中で凄くお気に入りだった聖女様のケープがー。

 勇者様が毎日嗅いでしまうほどのケープがー、あー残念っすねー」


「……オイおま、スラリンてっめ!?」


 本人の目の前でまた暴露され、怒りのあまり俺は拳を振り上げる。

 もう我慢ならん、一発グーパンイっとこ。

 そうしよう。


「……あれちょい待って下さいまし。

 エリスさん。いま、何て仰いましたでしょうか?」


 会話の中で覚えた違和感を前に、俺は変な敬語で疑問を投げかけた。


「ハルヒトさんがケープの匂い嗅いでたのは知ってますよ?

 だってケープにハルヒトさんの匂いが残ってましたし……」


 俺はこの世界に来て、一番の衝撃とも言えるその告白を前にただ固まる。

 そしてエリスは彫像と化した俺を上目遣いで見つめ、


「大丈夫ですよ……自分もハルヒトさんの服、時々嗅いじゃってましたし」


 小さく舌を出し、可愛らしく告白を向けてきた。

 そしてその様子を眺める彼は俺を見やり、


「だから似た物同士って言ったじゃないっすか」


 などと得意気に鼻を鳴らした。

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