この子のふとももはエリクサー



 自分は高校二年の一般男子・新藤晴一しんどうはるひと

 学校帰りのカラオケ中に突然、異世界召喚された。

 そして魔王を倒せと無理難題をふっかけられ、ふとももが聖霊薬エリクサーの少女と魔王討伐の為に旅へ出た。


「勇者さん、大丈夫ですか?」


 そして城を出てから、早くも約3ヶ月が経った。

 

 現在、自分は魔王城からいくらか離れた場所にある森の中だ。

 この辺りに生息するモンスターは軒並みレベルが高く、経験値がとても良い。

 俺はそんなモンスターを倒し、日々レベリングをしていた。


「うん平気。

 思ったより時間かかっちゃったわ」


 地に倒れ込んでいるドラゴンが塵になったのを確認し、剣を光に返すと腕輪へ戻す。

 彼女の結界のお陰でこれ以上モンスターも来ないだろう。

 良い時間だし今日はここまでにしよう。


「とりあえずレベル上がったし、帰ろっか」

 

 レベリングを切り上げる事にした俺はエリスへそう向ける。

 彼女は風になびく水色の髪をかき上げると、わかりましたと微笑んで返す。

 さて、今日はどれくらい上がったかな、と左手の腕輪へ触れる。

 すると数字がクルクルと回転しながら現れ、438と表示して止まった。


「勇者さんレベルいくつになりましたか?」


「今日は5レベ上がって438になったよ。

 やっぱ300オーバーのドラゴン倒してるだけあって、まだ上がるね」


「凄いですね……あっと言う間に抜かれちゃいました」


「エリスいくつだっけ?」


「えーっと、302ですね」


「エリスも充分高くね?

 平均超えてるじゃん」


「平均の250超えと言っても、自分は様々な訓練を受けてレベルを上げましたので……。

 けれど勇者さんは2ヶ月足らずでそんな高レベルになられて、本当に凄いです」

 

 彼女は明るく笑って見せては、俺を褒めちぎる。

 それを前に頬が緩みそうになるが気を引き締め。


「いやいや。

 魔王を倒すにはまだまだレベル足りないと思う。

 慢心してはダメ、絶対ってね」


 俺は今一度そう言い聞かせ、背筋を伸ばす。

 この世界には、ゲームみたいにレベルと言ったものが存在する。

 魔力を得てレベルが上がれば、魔力の不思議な力で耐久力とか色々上がる。

 あとはスキル使うのにも魔力が必要なので、平均以上になっても俺はひたすらレベルを上げていた。

 相手は何てったって魔王だ。

 しかも未だ魔王に関する情報も少ないし、今やれる事をやらないとな……。


「それにここまで強くなれたのは、貰った装備のお陰だよ。

 装備者の身を常に危機から護ってくれる腕輪。

 何にでも変身出来る珠に、強力なスキルが使えるトツカノツルギ。 

 これがら無かったら俺みたいな高校生が、こんな簡単に強くなれなかったって」


「そんな事無いですよ!

 勇者装備をそんな発想で使いこなす方なんて、自分は聞いた事ありません。

 全ては勇者さんの秘められた実力です!」


「こ、こんな発想は誰でもすると思うんケドなぁ。

 それにここまで頑張れてるのはやっぱ、エリスが居てくれるお陰だし。

 流石に秘められた実力ってのは、買い被り過ぎだって」


「そ、そんな自分はその、戦うの苦手で支援程度しか出来てないですし……」


 そしてエリスは俺の言葉でしどろもどろしては、自分を過小評価し始める。

 多分、褒められるとか言った事に慣れてないんだろう。

 胸元の髪を指でいじりながら、少し赤くなりつつテレだすのでマジかわいい。


「と、とところで勇者さん!

 戦闘で傷を負ってますね、これはいけません!

 自分とした事が気が付きませんでした、早く回復しましょうそうしましょう!」


 と、彼女はワザとらしく声を上げると、その場へお姉さん座りする。

 そして赤く染まった顔を逸らしながら、スカートへ手をかけるとゆっくりめくり上げる。

 露わになった白肌の足は柔らかな艶を放ち、エリスは手招く様にふとももを小さく叩いては―――


「勇者さん、どうぞ……」


 青髪を耳元に少しかき上げ、小声で囁く。

 

「し、失礼しまーす」


 俺はそう口にしてはふとももの上へ頭を預ける。

 ……ああ、柔らかい。

 そして手の甲にあった掠り傷は、彼女の聖霊薬エリクサー効果で瞬く間に消えた。


「ほんと凄いよな、エリス」

 

「そ、そんな事は……勇者さんの方が凄いですよ。

 どんな敵でも怖気付かずに立ち向かって、何度倒れても戦って」


「いやそりゃエリスが居てくれるから無茶出来るんだよ。

 エリスが居てくれて助かったよ」


「い、いえそんな。

 自分は……ただその……。

 自分は勇者さんの聖女で、勇者さんの為のエリスです。

 なので自分がしてる事全ては当然の事をでして、けど、その……

 でもなのに自分は、それを全うも出来ずに、きちんとお伝えも出来ず……本当の事を……」


 俺がそう向けると彼女は戸惑いながら、恥ずかしさで顔を逸らす。

 彼女はふとももに触れないと力が機能しないとか、諸々を理由にコンプレックスを抱いてる。

 あとは召喚師のおっさんが不完全だとか言ってたし、それのせいもあるのだろう。


「か、完全だったらこんな事しなくても勇者さんを癒す事が出来たのに……すみません」 


 いやいやいやいやいやいやいや!

 何をおっしゃいますかエリスさん、膝枕で回復とか最高なんですが。

 だって柔らかいし、とても良い匂いするし、すごくあったかいし、エリスの顔が間近だし、女の子の膝枕とか付き合ってるみたいだし、恥ずかしがる顔を目の前で見れるとかご褒美だし。

 ……などと脳内であふれ出すが、口に出せる訳もなく。


「で、でもよく考えたら、勇者さんに選んで貰える為に不完全だったのかな……」


「―――うん?」


「な、何でも無いです忘れて下さいっ!」


 聞き返せば慌ててはぐらかされ、何とも言い難い沈黙が森の中で広がる。


 ……城を出て、早くも3ヶ月と言う短くも長い時間が経った。

 そんな時間を共に過ごし、彼女との関係は控え目に見ても良好だ。

 そんな彼女は最近では何かあると時々、こう言った意味深な反応をするようになった。

 これ、イケるんじゃね?

 そんな言葉が脳内で囁く。

 しかし否定するように、16年間のマイメモリーが過ぎて行く―――。

 

 今まで俺はダチに「お前どこのスナイパー13だよwww」なんてよく笑われていた。

 「新藤君って目が鋭くてアレに似てるよね、ハシビロコウ」なんて女子に言われて。

 しまいにゃ「ハルビロコウ」なんてキメラネーム生まれる始末で。

 ちょっと釣り目なだけなのに、そんな人生だった。

 

 しかも更には女運も全く無かった。

 モテると思ってバスケ部入ったら、男の後輩ばっか寄ってきたりさ。

 ラブレターに喜んでたら4月1日だったりとかさ。

 年上に言い寄られたと思えば、実姉だったとかさ。

 可愛い子だななんて声かけたら、先輩の弟だったりさ。

 ガチ惚れしたらダチの彼女だったりとかさ。

 ―――まぢ散々であった。

 

 しかし異世界に来てからそれは一転したと言える。

 気遣い出来て、料理出来て、可愛くて、健気で、お淑やかで、献身的なエリス。

 そんな彼女と俺は出会い、今ではそのエリスとこんな数センチの関係だ。

 まぁ惚れますよね?

 そりゃ惚れますよね?

 ……しかし、だ。

 魔王討伐が終われば俺の役目も終わり、彼女の役目も終わってしまう―――。

 ならば。


「俺もエリスが一緒で良かったよ」


「ふぇ?」


「エリスが居てくれたからお陰でここまで頑張れたし……。

 だからその、良かったら勇者じゃなくて名前で呼んで欲しいなとか」


「え……」


「良かったら晴一ハルヒトって呼んで欲しいかな、とか」


 男なら行くっきゃない。

 そう言い聞かせ、膝枕されたまま俺は赤く染まる彼女と見つめ合う。

 俺の言葉に彼女は戸惑ってるみたいだケド、目は逸らさない。

 互いが触れ合った部分は熱を帯び、熱と共に伝わる鼓動は段々と激しさを増す。


「は、はい。えと……じゃあ、ハ―――」


「居た居た、勇者様ぁああああ! 魔王の詳細が手に入ったっすよぉおおおお!」


 しかしその千載一遇のチャンスは、突然現れた村の青年によってブチ壊された。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「で、ありまして魔王は女を好んで集めている様子っす。

 近隣の村々より浚った人間から、女性ばかりを自分の城に運ばせている様でして……。

 あの、勇者様聞いてるっすか? もしかしてまだ拗ねてるっすか?」


「拗ねてねーよ好い加減な事言ってっと愛剣トツカノツルギで叩っ斬んぞ早く続けろこのクソ野郎邪魔しやがって……」


「あ、やっぱ拗ーねーてーるー……あいてっ!?」


 村に戻り、みんなが方々を走り回って得た情報を聞く。

 彼らは魔王の襲撃を受け、命辛々に逃げてこの村に辿り着いた人たちだ。

 そして俺たちに協力してくれる仲間でもあり、住居提供をしてくれている恩人たちでもある。

 しっかし魔王が女ばっかを集めてたとは……なんて奴だ。

 汚いさすが魔王きたない。 


「だからここって男が多かったのか」


「えと、魔王の女好きって有名な話ですよね……?」


「……それマジ?」


 おいおい。

 出る時に説明しなかったなあの異世界召喚師。

 そう言う事もちゃんと教えろよ。

 色々ガバガバ過ぎんだろ。


「はい。

 ですので勇者と共にする聖女は魔王が好む格好をする様になってまして。

 ……自分は恥ずかしくて出来ていませんけれど」


 エリスはもじっと膝上までのスカートを押さえながらそう説明する。

 うん、君はその慎ましさが良いんだ。

 俺を癒す為に未だに恥ずかしがりながら裾を上げるいじらしさが良いんだ。

 赤らみながらその柔らかく白いふとももで俺を膝枕させてくれる……。

 僕はずっとそんな君で居て欲しいです。


「……じゃぁ自分達が必死に集めた情報って一体。

 これじゃ魔王を倒す為の切っ掛けにすらならないっすよね。

 すみませんっす、勇者様聖女様……」


「と、とは言ってもこの話は王都で有名な話であって、ジーくんが知らなかったのは仕方無いです」


「女好きねぇ……。

 俺はその事を知らなかったし、それのお陰でちょいとアイディア浮かんだかも」


「ほ、ほんとっすか?」


 不安な顔を見せる一同を余所に、俺は装備の入った腕輪から小さな珠を呼び出す。

 それは力の無い自分がこの世界で、実力を上げるレベリング際にお世話になってるアイテム。

 望んだモノへ変身出来る珠で、チート装備の一つだ。

 そして俺は不安がる一同に向き直り、


「攫われた村娘に混じって魔王へ近寄ってぶった斬る。これで行こう」


 そう思い付きを口にした。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「おら、キリキリ歩けゴブ! 

 女装した男共が送られてきた時はビックリしたゴブが、ナカナカな上玉も居るじゃないゴブかぁ。

 おこぼれが楽しみゴブ。ゴブブ、ゴブブブッ♪」


 無事に魔王の城へ入れた事にほっとしながら、俺は他の村娘に混じってゴブリンの後を歩く。

 自分は変身の珠を使って村娘に変身し、襲われる村へ行って村娘達に混じってさらわれた。

 皆は俺の作戦に凄く心配そうだったが、予想外にあっさり成功して俺らは今、魔王城内だ。

 まぁ選別がゴブリンだったお陰もあるのかもしれないが……とりあえず第一関門クリア。

 これから魔王と顔合わせとなる。 


「あの彼はその、大丈夫でしょうか……」


「だ、大丈夫だろ。仮にも魔王軍と戦ってる中の一人なんだし」


 と、同じく村娘に混じるエリスが心配を口にする。

 俺は自分たちが選ばれる確率を引き上げる為、男連中何人かに女装を頼んだ。

 村娘の中にむさい女装したおっさんが混じってれば、そちらに気がそれて選別が雑になる。

 そんな作戦を取り、そのお陰か俺達は合格となった。

 しかし即女装バレして、不合格になったあの青年は、ブチ切れたゴブリンに追い回されてた。

 スカートでよく走り回れるなぁ、と感心したが。

 作戦の為に、魔王討伐の為に女装はやむ得なかったんだ。

 間違っても告白を邪魔された腹いせじゃない。

 判ってくれ……!


「ほう……今日は中々の収穫じゃないか? 悪くない」


 大広間へ案内されると、値踏みする低い声が響く。

 声を辿り視線を向ければ、趣味悪い王座に腰かける青肌の美男子が一人。

 そいつはニタリといやらしく嗤い、目の前に並ぶ俺たちをジロリと一瞥する。

 その視線は蛇のような絡み付く威圧感を帯びており、思わず身が強張る。

 ソイツはスラリとした長身で、黒スーツに身を包む。

 そして自己主張の激しい悪趣味な金銀の装飾品が眩しく、絵に描いたような悪役スタイルだ。

 間違いない、コイツが魔王だ。


「魔王様の御身の前だゴブ! 頭下げろゴブ!」


「良いよ良いよ。

 床に打ち付けちゃうと傷付くし、顔も見えないからそのままにしてゴブタリオ」


 魔王と呼ばれた男は、上機嫌に立ち上がると近寄ってくる。

 俺は珠によって完璧な女子に変身している。

 なのでバレる筈が無い。

 ……しかしバレずとも、ここで魔王の目に適わなければ作戦は失敗に終わる。

 だからと言ってここで剣を抜いてしまえば、関係無い村娘たちを巻き込んでしまう。

 他の子に比べて控え目な服装で不安もあるが、太鼓判を押してくれたエリスの言葉を信じよう。

 緊張で心臓がドクドクと五月蠅い中、魔王は服を選ぶ様に目の前を通り過ぎる。

 そして一通り品定めを終えると魔王は小さく溜息を吐いた。


「はぁ。

 結構な数いるなーって期待してたら何なのこの格好はっ!?

 いくら我輩が女スキーなの知れ渡ってるからってこーんな短いスカート!

 バカじゃないの!? これじゃただの痴女でしょ!」


「きゃあっ!」

「やぁっ!?」

「いやーっ!」


「ってあなた達ったら下着までナニソレっ!?

 そう言うのはね、ギャップで見せるから映えるのであってモロじゃ意味ないのよ!

 ああもう!

 ゴブタリオ、ここからそこまでキワドイ服の子ぜーんぶ返品しちゃってっ!」


「しょ、承知しましたでゴブ!」


 魔王の返品発言にゴブリンは慌てて対処する。

 敵だと言うのに、魔王の発言が痛いほど理解出来てしまう。

 しかし下着までか……。

 スカートの中身どうなってたのだろうか?

 私、ちょっと少々とっても凄く気になります。


「こーれだからゴブリンに選別させるの嫌なんだよ。

 でも選別でまともに使えるのあいつらくらいだしなぁ」


 そんな馬鹿げた事を考えていると魔王が近付いてくる。

 ふと視線を動かせばこの場に残ったのはエリスと……俺の2人のみ。


「まぁアタリが2人居ただけ良しとしますかね。さぁ奥の部屋へ来たまえ」


 よし。

 最終関門、クリアだ。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「ほら、早くこの服に着替えるんだよ」


「こ、こんな格好……ほとんど布ないじゃんけさっきそう言うのダメとか文句言ってたろお前!」


「いやいやいやいやそれとこれとは話がべーつぅ。わかる?

 あーわかったー。

 もしイヤならぁー……我輩が直々に着替えさせてあげても!」


「わ、わかった着るよ着れば良いんだろっ!」


 魔王の寝室に連れてこられ、裸よりも恥ずかしい格好を強要される。

 お前、布面積少ない服嫌いだったんじゃないのかよ……っ!

 ただでさえ珠の力で女になってて色々恥ずいのにこんな……。

 って下から覗くなジロジロ見んなっ!


「んーいいねぇ。

 そうやって怒りと恥じらいを抱きながらも従う光景はやっぱサイコー♪

 キワドイ服はその他大勢に見られる場で着る物じゃないね!

 こうやって特定の異性の前で着飾り、見せ、内に恥じらいを抱く。

 それらが合わさる事でやっと完成するのさ! あぁステキ♪」


 持論を語りながら魔王はニヤケ面を浮かべる。

 その意見は大いに賛同出来る。

 しかしそれは俺が見る側の話であって、する場合の話じゃない。

 つーか俺は男だっつーの!

 我慢の限界だし、そろそろ良い頃合いか?

 いや、でもエリスが魔王の傍だし、様子を伺った方が―――


「ほーらほら♪

 向こうの子はちゃぁーんと着替えてるんだから着替えないとー」


「や、やめてください!」


「そうかそうか我輩に着替えさせてほしいのかぁ! 

 おお良いね良いね綺麗な太ももじゃあないか~♪」


「いやぁああっ」


 機を見計らうつもりがブチンと何かが弾ける。

 そして気が付けば変身を解き、魔王に向けて全力で剣を振った。


「ふふ、ふふふ。良いね良いね?

 女だった君をからかって楽しむのも良かったがこう言うシチュも悪くない」


 が、不意打ちにも関わらず魔王は指先一つで剣先をいなした。

 勢いを残したまま連撃を試みるが、全てひらりひらりと紙一重で躱される。

 そして目の前が白色に染まったかと思えば衝撃の後に激痛が続く。


「前菜で充ぅ分に食欲は駆り立てさせて貰った。

 さぁ久々の勇者よ。吾輩をもっともぉおおっと、楽しませてくれたまえよ?」


 魔王はエリスを抱き寄せると唇を濡らし、デザートを待ち侘びた子供の顔で笑った。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




「くっそ……」


「もう終わりかーい? まだまだイケるでしょぉー? ふふっ」


「余裕ぶっていられんのも今の内だこの野郎……!」


「そうかそうか、まぁだ元気そうで安心したよぉ」


 魔王の言葉に強がるが、剣を握る手の力は激痛で小さく震える。

 貰った装備を使い、様々な戦い方をしてみたが攻撃が一切効かなかった。

 斬撃も、スキルも全て無効化され……斬ったと思ってもその瞬間、吹き飛ばされていた。

 今までドラゴンを倒して、それなりに強くなったと思ったケド、格が違う。

 割れた壁へ身を預けながら立ち上がろうとするが……全身に力が入らねぇ。

 かなりレベリングしたと思ったんだケドな。

 これでもたんねぇのかよ?


「勇者さん! 勇者さん!

 何で、何で魔法が出ないの……!」


「これこれ、暴れたら危ないぞ? ふふっ」


「放して、放して!」


 魔王の腕の中で泣きじゃくりながらエリスが暴れている。

 すぐ近くに居るのに俺の身体は、動かない。


「しっかし久し振りの勇者がこれじゃぁねぇ。

 ドラゴンを沢山倒して、レベルを上げてればどうにかなると思ったのかねぇ?

 聖女も連れてこないで聖霊エリ無く、単身で突っ込んでくる馬鹿とかほんと数百年振りだよ。

 この世界では長年生きたモノほど、魔力の扱いに長ける。

 それはレベルを超えた力となり、扱う魔法も魔術もより強大になる。

 キミ、召喚された時にちゃんと説明されなかったのかね?」


「……うっせぇ。

 あの召喚師の説明じゃわかる訳ないだろ……肝心な事が抜けすぎなんだよ」


 舌打ちをしながら俺は立ち上がり、そう吐き捨てる。

 とは言え、話もロクに聞かず城を出た俺にも責任があるが……今はそんな事どうでも良い。


「まぁ、知ったとしてももう遅いけどねぇ?」


「うるせぇ……その子を放せ」


「おお、まだ立ち上がるの? でも放してあげないよ。

 こぉんな綺麗な足の子、ひっさびさだしぃ?」


 おいこの野郎。

 その太ももに触って良いのは俺だけなんだよ。

 エリスに触れて良いのは俺だけなんだよ。


「気安く触んじゃねぇっつってんだよクソがぁああ!

 抜剣解闢バッケンカイビャク・アマノハバキリィイイ!!」


 無い力を振り絞って剣を握り、一撃を放つと同時に剣の範囲攻撃スキルを発動する。

 アマノハバキリは光系の攻撃スキルで、敵は剣の発光に触れればダメージを負う。

 流石の魔王と言えど、斬撃と至近距離のスキルは回避出来ないハズ。

 そして切っ先が魔王の身体に食い込む刹那、魔王はニヤリと口元を歪め嗤う。


「ふふっ。だから無駄って言ってるではないか?」


 瞬間。

 一撃は泥に棒を突っ込んだみたいにズブリと飲み込まれ、発動したスキルも水のように吸い込まれる。

 気付けば俺の体は小石の如く吹き飛ばされ、床の上を転がる。


「……ざっけん、なよっ!」


 まただ。

 何かの魔法に阻まれたとは思うが、一切目に映らず何をされたかわからない。

 くそ。

 スキルも斬撃も打撃も騙し討ちも何もかも、全部通用しないって反則過ぎんだろ……。


「くくくっ……いいねぇいいねぇその必死な姿ぁ。

 では更にこう言う事したら―――キミはどうなるかなぁ~?」


 悪戯を思い付いた子供の顔で嗤うと舌を蛇の様に出し、エリスを抱き寄せる。

 そしてあらわになった白い太ももの上へ舌をゆっくりと這わせて見せる。


「てんっめ……」


「あははっ! あははは!

 こう言うのも一興で楽しいよ!

 久し振りの勇者なんだ、そう簡単に倒れないでおくれよぉ!

 それじゃあもっと楽しも―――」


 剣を握り立ち上がれば、魔王の嗤い顔が凍り付く。

 そして出していた舌をメジャーの様にスルリと巻き戻し、真顔になった。

 青白色に顔を染めた魔王は、そのままギリリとゼンマイ人形のように首を動かし、


「……えっと僭越ながらお嬢さん。

 キミのお名前をお伺いしても、よろしいかね?」


 と、エリスへ礼儀正しく名を訊ね。


「え? えっと……エリス、と申します」


「ほう。可愛い名前だねぇ。

 エリスかぁ、うんエリス、エリスエリス、エリ……

 って聖霊エリの人間じゃねぇかっ!?

 見るからにキミ、聖霊エリ無いじゃん聖女じゃないじゃんどうなって―――」


「自分の力は不完全で太ももにしか発現しなくて……」


「ふぁーっ!?」


 発狂しながらエリスを突き飛ばしたかと思えば魔王はのた打ち回る。

 どう言う事?


「い、いやだこんな形で消えるなんていやだ!

 しかもこの味、最期に舐めた太ももがよりによって……お―――」


 魔王は最期の台詞を言い終わる前に砂となって消え失せる。

 あれだけ苦戦した相手が一瞬で消え失せ、訳がわからない。


「これ、どうなってんの?」


「多分、聖霊エリの力が宿った自分の太ももを舐めちゃったので……」


 要するに自滅したんかい。

 そして俺はあまりの呆気ない終わり方に脱力する。

 ……あんだけ苦戦したの何だったんだよ、マジ。

 そんな事を思ったと同時に限界を超えた体はフラ付き、視界がぶれる。

 

 ―――と、後頭部にいつもの柔らかな物が当たり、遅れて甘い香りと青髪が鼻をくすぐった。


「ど、どうぞ」


 彼女の柔肌に触れた俺は先程の痛みが消え、目の前で恥ずかしがる顔に状況を把握する。

 ああ、膝枕か。

 そして同時にさっきの光景が脳裏を過り、俺は少し身を起こす。


「どうされました?」


「―――アイツが舐めてたから」


 そう言って俺はアイツが舐めてたとこを拭き、改めて頭を乗せる。

 あの野郎、人のエリスに手を出しやがって。

 俺でも舐めた事ないのに。

 

「大丈夫ですよ。

 自分は勇者さんの為の、あなただけのエリスですから……」


 そして拗ねた調子の俺の頭をエリスはそっと撫でては、そう宥めた。




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




 その後、無事に魔王討伐を終えた俺達は王都へ戻った。


「まさか本当に魔王を討伐するとは!

 このカーラ、驚きです!」


「開口一番がそれかよ。

 てか召喚しておいてアンタな……?」

 

「これは申し訳ありません失礼致しました。さぁさぁ勇者様、エリスこちらへ!」

 

 出迎えのおっさんの言葉に溜息を吐きながらも、俺達は魔王討伐の報告をする事に。

 

 ……しかし事実を報告しても信用して貰えんだろうなぁ。

 魔王がふともも舐めて自滅とかありえんし。

 黙っとこ。

 まぁこれくらいは良いよね。


 それから数日後、国王やらどっかの重役が揃う中、その働きが評される事になった。

 これで名実ともに勇者ですねとエリスが喜んでた。

 倒したのは俺じゃないので、どうも実感がないが。

 まぁ嬉しそうなエリスが可愛かったので良しとした。


「さて、それでは契約した通り……そなたの望みを一つ叶えよう」


 国王からそんな言葉を向けられる。

 一生困らない程の金をくれ。

 地位名誉をもっとくれ。

 まぁ普通ならこの辺がベターなんだろうが、どれもしっくりこない。


「では……お言葉に甘えてさせて頂き、1つ願いがあります」


 これで俺は魔王討伐の旅が終わる。

 そしてそれは同時に、彼女との別れにもなる訳だ。

 今の俺にとってはそっちの方が一番、辛い。


「エリスを下さい」


「良かろうエリスを……え?」


 俺は迷う事無くそう口にすれば、王様が硬直する。

 その反応にどうしたのかと思えば周りの重役達同じく、固まっている。


「……ダメなんですか?」


「あ、あの勇者さん。それは流石に……もっと良い物があると思うんです」


「エリス以上にイイモノってあんの?」


 俺の言葉に顔から火を噴いて彼女は黙った。

 恥ずかしい事を面前で言っている自覚はある。

 しかしあの村の青年に邪魔をされた以降、これと言ったタイミングが一切無かった。

 なのでここを逃したらきっとダメなのだ。

 ラストチャンスなのである。

 

 母ちゃん、親父。

 俺はこの世界で彼女と生きるわ。

 今逃すと姉ちゃんと同じ道辿りそうなので、お先にゴールイン目指して頑張るわ。

 悪いが姉ちゃん……フラれた愚痴やらは親父達にしてくれ。


「う、うむぅ……おぬし、本当にそれで良いのか?」


「はい」


 そんな無理難題言ってるかな?

 まぁ彼女の意思を尊重してないって点で考えたら、確かにマズイかもしれない。

 ケド、今の反応を見る限り嫌がってる感じじゃないし、大丈夫だよね?

 

「本当に良いのか?」


「はい、構いません」


「本当にほんとに良いのか?」


「ほんとにほんとで良いんです」


「ほんとにほんとにほんとに後悔ない?」


「ほんとにほんとにほんとに……ああもうしつけぇな!

 俺はエリスが好きなの! この子以外いらないつってんの!」


「あのね、その子……男の子じゃぞ」


「男の子だろうと関係な…………は?」


 今、何つった?

 ごめんもっかい言って。


「エリスは異世界人を用いず、聖霊エリを単身で揮える様に力を注いで失敗した人間。

 そして魔王を欺く為に幼少の頃より、女として育てられた男の子じゃ。

 説明受けなかった?」




□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




 色々と重役達を交えた会話の後、一室のベッドにて俺はただただ、放心していた。


「ご、ごめんなさい勇者さん。

 今まで黙ってて……言おうって何度かしたんです。

 でもやっぱり言えなくて……ごめんなさい」


 ベッドに横たわって呆然とする俺の横でエリスがずっと声をかけてくる。

 いや、この子は悪くない。

 先輩の弟を妹と勘違いして惚れた時と同じだ。

 俺の勝手な思い込みでこうなったんだ、うん。


 だから旅に出る時に、必死で止められた理由とか。

 だから残った聖女に、こんな可愛い子がいた理由とか。

 だからエリスは、きわどい格好を避けてた理由とか。

 だからこの子ずっと、一人称が「自分」だった理由とか。

 だから男しかわからないような、細かい事に気遣いが出来てた理由とか。

 だから魔王が、最期に取り乱した理由とか。

 

 ―――全て辻褄が合ったが、今更どうでも良いのである。


「勇者さん……ほんと、ごめんなさい」


 部屋に戻ってから、エリスはずっとこんな調子で謝り続けている。

 あーあ、泣きすぎで目の下真っ赤じゃん。

 誰だよエリスこんなに泣かしたのは。

 あれ、俺のせいなのか、うん?

 わっかんね。

 まぁいいや……。

 

「エリス、いつもの良い?」


「え、えと膝枕……ですか」


「うん」


「はい……どうぞ」

 

 戸惑いながらもエリスはいつもの様に足を肌けさせる。

 そしてふとももを軽く叩いて招いてくる。

 いつもの調子で頭を預けると柔らかな感触の後に続き、エリスの甘い香りが優しく鼻に届く。

 それは心を落ち着けるアロマの様だ。


「エリスがエリスなら、俺は別に良いよ」


 好きになったこの子のふとももは、聖霊薬エリクサーで全ての傷を治す。

 そして俺だけを癒してくれる存在。


「はい、自分はハルヒトさんの為だけの……ハルヒトさんだけのエリスです」


 だから男の子だろうと何だろうとどうでも良いのだ、うん。

 そう答えを出した俺は、エリスのふとももの上でゆっくりと傷を癒した―――。

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