アロエの選択2

「ギボウシ!」

 サクラコは駆け寄ったが間に合わない。

 アズサの時と同じ要領で、地面スレスレを虎視眈々と這っていた細いツタはギボウシの足を絡めとった。

「嫌!イ――タ。De c※? 後。これが許される――辞、自制―フ、兄」

 グラジオラスは垣間見せた冷静さが嘘のようにまた壊れていた。今度こそ、もう二度と彼自身を取り戻しそうにないくらいに。


 ツタは弾みをつけ、ギボウシの身体を中空へ放り投げた。

 そして、宙に舞うギボウシの身体を心待ちにしていたかのように、大柄なツタ達は喜び勇み足で彼の元へ駆けつける。幾十ものツタはギボウシの小柄な身体を瞬く間に覆いつくすと、そのまま彼の身体を、要するにフルーツをミキサーにかけるぐらい簡単に圧縮圧迫してすり潰し――

 だがツタらの目論みは外れた。

「頭が筋肉でできてるタイプの女と僕に同じ設問を投げつけるというのは君らしくもない」

 至極単純に。ギボウシはツタをまさしくパワーによって剥がしたのだった。

 そして彼はそのまま、クレーターと化した地面へと着地する。

「サクラコ。僕なりの推測を述べよう」

「……?」

「あれは、あの化け物はやはりフリージアなんだよ」

「……どういうこと?」

 サクラコは首を傾げながら傾聴した。

「グラジオラス。うん、オーケー。確かに彼という存在が実体化されている。夢と言えどだ。だからどうしても彼目線の言に説得性を無条件で見出してしまいがちだね。でもやっぱりさ。そんなことはありえないんだよ。たかだか二重人格の一角が固有の自我を有して、まるで自律型AIのように成長するなんてさ。虫が良すぎる話なんだ。それこそ、じゃあ、この一連の話を聞いた紙芝居の見物人たちはどう思う? 間違いなくこう言うだろう。『フリージアは悪くない。悪いのはグラジオラスだ』」

 天資英邁のサクラコは嫌な結論に早々辿り着いてしまった。

「待って、じゃあフリージアなの?」

「おっと君からその言が出るとはね」

「いえ、勿論私はグラジオラスさえ助けたいと思っていたわ。けれど……」

「オーケー。命の天秤の話はまた今度だ。まったく。どっかの脳筋のお馬鹿さんがしゃしゃり出て汚い一刀をやってくれたものだから。いや僕も止めなかったんだけど。だってまだわからないからね。死ぬのはフリージアかもしれないし、あるいはこれはシャクヤクの都合。だとすれば、死ぬのはグラジオラスっていう悪しき邪悪なフリージアの人格だけかもしれない」

「そう……上手くは纏まらないわよね?」

 ギボウシは肩をすくめる。

「纏まるなら僕もこんなことは喋らない。実際、フリージアのあのあられもない姿を見て、アロエを見て、一番プツンときてしまったのは僕と君なんだから。僕と君が一番、周りが見えていなかったと言えばそれまでなんだから」

「その。此度の事は何もかもフリージアの一人芝居なのかしら……?」

「わからない。それがわかるほど僕は有能じゃない。ガーベラとかその辺みたいに常軌を逸したオツムをしてるわけじゃないんでね」

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。

 突如響く轟音。万緑の中心にあるグラジオラスはもう虚ろだ。

 所詮はツタの集合に過ぎないというのに、その息吹も、森の叫びのようなけたたましい音も、すべからくサクラコへ投じられる。

 その様に呆気にとられるうちに、グラジオラスは前触れなく火元もなくボワッと着火した。

「うそ……」

 グラジオラスの身体を焼け焦がしながら彼を基点として火はツタを伝っていく。

 しかし全面に燃え広がる前に、ツタはある程度の場所を中心として火を取り囲むように自分らを編み込み始めた。その間、グニュヌギュ、ギュショシュと、肉を握りつぶしたような不協和音を奏でながら、ツタはその在り方を変化させていく。終いにはブヨブヨになった大柄なツタの球体が完成した。グラジオラスと火炎ともども、球体の中に隠されてしまった。

「これは……」

 サクラコが唖然としていると、ギボウシが即答した。

「つまりこれは自爆ということだろうね」

「熱を一定の空間で隔離して後、起爆するつもりなんだろう」

「は……ど、どうすれば良いの? あの球体のすぐ上の方にあるフリージアの身体だけでも」

「いや、僕らが駆け寄って刺激を起こせばあれは即座に破裂しそうな予感がする。駆け寄ったどちらかは絶命するだろう」

「でも、フリージアに接触するのも時間の問題でしょう?」

「いや……」

 サクラコがそういったのもつかの間、残った球体の周りを這うツタによってフリージアの身体は上空へと、ツタはまるで天へ梯子をかけるようにどこまでもどこまでも伸びていき、フリージアの身体を彼方へと連れていく。

「言っただろう。僕の推論が正しいなら黒幕はフリージアなんだから、自分の身ぐらい自分で守るさ」

「でもあのまま上へ伸び続けると酸素が……ってそんな初歩的な問題ではないでしょうね……」

「あるいは星にでも届きたいのかな」

 ……。

「とにかく、私達にできることって何なのかしら……」

「あの球体がどのくらい膨張し、爆発した際にどのくらいの威力を発揮するかにもよるだろうけど、少なくともあれだけ大口を叩いていたんだから僕らが逃げ切れない程度には凄いんだろうね」

 ギボウシはひとごとのように言った。

「座して死を待てと?」

「いや一応逃げるべきだよ。アベリアを任せて良いかな? ガーベラはもうにはいないだろうしね」

「任せてって……貴方はどうするの?」

「僕は球体を刺激しないよう慎重に、あの伸びているツタを登ってフリージアに接触してみるよ。悪には暴力ではなく交渉で勝つのが君の必勝法だろう?」

「そんな戦人じみた思想してないわ……。でも高いわよ? あれ」

「だけど一番安全かもしれないよ。君も高所に避難することを薦める。起爆しても上には威力が届きにくいシステムなのかもしれないし。じゃあね」

 いうが早いか、サクラコが腑に落ちていない内に彼はツタの元へと駆けて行った。どう考えても近くの球体を刺激することなど考慮していない俊敏な動きだ。

 やはり球体を刺激してしまうと破裂するなんて嘘だ。

 ギボウシは初めからフリージアと一人で話したかったのだ。

 ツタの球体は禍々しく脈打つようなドクドクブニュブニュと気味の悪い駆動をしながら次第に大きくなっている。内部から鳴るゴオオゴオオという炎の音がこちらまで響いてくる。

 いつぞやグラジオラスがアズサへ放った球体など比べ物にならない。

 はずなのに、サクラコはどういう訳か緊張身に欠けていた。

 爆発して死ぬなんて突然言われたとしたら、人というのはこんなものかもしれないと自嘲気味に思う。あるいは見知らぬ男にカッターでも突き付けられた方がよほど恐怖心を覚えるのだろう。ヒトなんて。そんなものかしら。

 サクラコはアベリアを背中に抱えながら逡巡していたが、しかし気持ちをシフトした。

 やがて思い付いたように、とある一人の男の方へ駆け寄ることにした。

 と、正にその時。

 ギシャンと、サクラコは何かを踏んだ。

 







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