アロエの選択1

 ぐにんぐにんぐにんと、奇怪で卑猥な音が、そういえば確かに上下左右から聞こえている。背中の痛みは体内神経を一つ一つ入念にブチブチ引き千切られているかのように悪化している。


 なるほど確かに人と呼ぶには目線が高すぎる。

 グラジオラスは得心がいったようだった。

 地下で大量に編み込み洗練させていたはずのツタの大群はなぜか自分自身に巻き付いていた。この上なく途方もなく雨あられ。そのうえ自分自身で制御できない。

 ツタは意味もなくブヨブヨになっているものもあれば、意味もなく鋼の元素より強固な元素を獲得していそうなものもあった。

 形状、重量、寸法。現代科学の常識範疇を嘲笑うかのように、勝手気ままに我が物顔で踊っている。

 全身をツタで覆われ、その視界は最早、山中の木々に肩を並べそうな程となったグラジオラス。ところが、耳にサクラコの声はしっかりと聞こえてくる。

「おや、察したかしら?」

「ふむ」


 グラジオラスは一考したが、一考したところで無意味であることは誰しも承知の事だった。ドリームガーデンにおいて常識など何一つない。まして、あのシャクヤクとか言う男がどんな手心を加えて、その先に何を見据えているのかがわからない以上。

 しかし自分の様相を見極めたグラジオラスは途端冷静さを取り戻した。

 相変わらず背中の神経だけが警笛を鳴らしているのが酷く気になった。

「このように自分で自分をコントロールできていないのは癪だな。これでお前達を殺せても芸術点はゼロだろうな」

「そう? そう言ってくれるなら辞めてくれても良いのよ? この熱烈な歓迎」


 ツタはまるで、巨竜がその尾を振り下ろすかのように、サクラコら目掛けてバウンスを繰り返していた。地面はいたずらに風穴を開けられ、同時に悲鳴のような破壊音を断続して奏でる。

 カモミールはアズサを背負い、遠く、さきほどグラジオラスの球体が根こそぎ地面を抉った道を辿り、山林の向こうへ駆けて行った。アズサの治療が最優先である以上退避は必策。

 残ったのはサクラコ、アベリア、ガーベラ、ギボウシ。そしてアロエ。アロエは相変わらず、ぼーっとただ突っ立っているが、なぜか無数のツタは彼を狙わない。

 サクラコは、アロエ以外では皮肉にもこの場で一番上背があったのが自分だったので気絶しているアベリアを背中に背負っていた。

「失礼な、僕だってアベリアぐらい抱えられるよ!」

「そんなこと言ってられないで――ツッ!」

 サクラコのすぐ耳元をツタが掠める。間一髪。もしアベリアを横向きに抱えていたら、彼女の首と足は持っていかれていただろう。

 ツタは無邪気な子どもがピアノの鍵盤を悪戯に叩くかのように、ざっくばらんにサクラコらを襲っていた。そしてその本数は時間を追うごとに増している。

「こんな無知極まったような馬鹿馬鹿しく幼稚な攻撃で、お前らは死ぬのか?」

「うるさいわね、じゃあ貴方もここにきて避ける訓練でもしてみる?」

 と、無駄口を叩く余力も最早ない。サクラコは囲まれていた。無秩序に動きかつ形も大きさも材質さえ支離滅裂。始めは随分ゆとりがあったものの、本数が増えてきたとあっては、いずれどこにも逃げ場がない時が訪れるのは条理。加えて、幾度も硬質タイプのツタが降って来た地面はショベルカーで抉り取ったかのように大きなクレーターが生まれており、足場と呼ぶには楽観視が過ぎる。

「よよぉ、サクラコぉ。このままだと私達ぺしゃんこになっちゃうよぉ」

 相変わらずどこまで離れていようと、各々の声はなぜだかはっきり耳に入ってくる。無論、無駄口を叩けるだけガーベラが事態を軽んじているのはいつものこと。ガーベラの道化に付き合っている場合ではなかったし、サクラコはアベリアを抱えながら、三度ツタを掻い潜り跳躍した。しかし着地したクレーターはサクラコが想定したよりも柔らかかった。ぐしゅり。と、砂浜で作った砂城を誤って踏んでしまうかの如くサクラコは足をめり込ませてしまう。――しまった。そう神経がピンと張った時には手遅れだった。巨蛇にも似た野太い深緑のツタはサクラコの頭上に数刻の猶予も与えず情け容赦なく降って来た。刹那に、サクラコは自身の頭蓋骨が叩き砕かれたような絶望的な激痛と自身の身体がクレーターの砂の渦に更に沈んでいくのを味わった。

 だが幸いにもツタの材質は驚くほど軟質なものだった。始めの衝撃こそ桁違いだったものの、実の損傷は軽微で済んだ。サクラコがモグラのように地中に幽閉されたことに満足したのか、羽毛のような軽やかさでツタは再びグラジオラスに絡みつく無限大のツタの一部へと回帰していった。

 思わず土を軽く飲んでしまったサクラコはその苦みに嘔吐感を覚えたが、背負っているアベリアを思うとそれどころではなかったため、地中で大口を開けた。

「ギボ、ぐ、ゥグ――」

 息つく間もなく土砂が口に流れ込んできた。しかし口に含んでいては次の句が継げない。サクラコは胃に怒りを買うことを承知で砂を喉へ通す。

 だがサクラコのそれは杞憂に終わり、間もなくギボウシによって身体は地中より引っ張りあげられた。

「モグラ叩き体験の感想は?」


 閑話休題。

「ゲホッ、ェ……。砂ってとてもデザートね……」

 サクラコは咳を繰り返しながら、砂が混じり濁った視界で彼がいつものように肩をすくめる様をみた。

「君にしては珍しく冷えたギャグだ。それほど君がひっ迫しているのはわかるけれど、味方の駒に僕が居ることを見くびられているのは心外だね」

「相変わらず馬鹿力よね。どうなってるの……」

「外見と内面、外面と内装に対する正しい見識力を高めることをお勧めするよ。それに僕はどこかの誰かさんと違ってパワーにはまるで興味がない。注射器という原始的な医療器具に、如何に最新の科学技術を放り込むかを考える方がロマンがあると思わないかい?」

「アズサが見てる時は当てつけみたいに注射器しか使わないものね……」

「まぁ益体もない話をするよりあの化け物について考えようか」

「そうね……」

 見上げれば途方もない。首が痛くなりそうだ。

 まるでお星さまに届きたいと願った小さな子どもが、富豪の親にせがんで作ってもらった出来合いの部品による陳腐なロボット。

 上下左右、大きさも形もカオスなその物体の構成要素であるツタらは、まるで意思を持つかのようにグネウネ、ギュネウネと時には絡み合い、時にはとぐろを巻き、夜闇のジャングルを無数の大蛇が這っているかのよう。

 その巨大な化け物の心臓部と思しき核にはグラジオラスがツタに顔以外の殆どを雁字搦めにされた状態で、こちらを眺め下ろしていた。

「展望台での御気分はいかがかな? お兄さん」

 ギボウシはまたしても挑発的な口調で言った。

 「そういう言い方はいけません」といつも注意しているのに。サクラコは嘆息した。

「ハッ。下らん。しかしこの能力の暴走は何だ。誰によるものだ。恥ずかしい。興がそがれるので何とかツタがお前らを殺すのは止めてやったが」

「さぁ。僕には答えかねるね、お兄さん」

 サクラコはアベリアをようやく付近に寝かせると、ハタと周囲を目で追った。

「またガーベラがいなくなってる……」

 まさか自分のように地面に埋まっている訳でもあるまい、いやむしろ嬉々として埋まっているのだろうか? とサクラコは気を重くする。そして次に焦点を合わせたのはアロエ。アロエは変わらず抜け殻のようだった。

 加えてサクラコはもう一人の人物に注視した。しかし見当たらない。

 アベリアに同じく昏倒してたはずのフリージアの身体がどこにもない。

 ハッとして、深緑に染まる化物を凝視すると、グラジオラスのもう少し上の方に、フリージアの身体もまた彼と同じようにフェイス以外雁字搦めに締め付けられていた。

「これだけロールプレイングゲームのボスキャラみたいな大層な様相をしているのだから、お兄さんは僕らと敵対するという認識でオーケー?」

「フゥ。痛いな……。なんだ、背中の方がずっとハゲワシに食い千切られているようだ。どの道もう能力制御が効かエエン。――、キホん的な―……―?―フリ――」

「あーダメだサクラコ。僕はフリージ――」






 

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