シャクヤクの夢9
「フリージアの趣味であった天体観測はそのお兄さんと繋がるのかしら?」
「察しが良いな。フリージアの兄の影響で間違いない。先刻述べたように、まるで森のエルフ族のようなつつましやかな大ボケ連中だったからな。国際情勢はめまぐるしく動いていたというのに、火星探査や木星探査やハビタブルゾーンの方があの兄からすれば憧れの的だったらしい」
「あら、カモミールぐらい中性色の強いお方だったのかしら?」
「ん? まぁ良い。しかしあんな兄の方がフリージアライクというか、気質的な面で合うのだった。姉の方はどちらかというと幻想的な類よりファッションや流通に興味関心が深かったらしく、むしろ、あの姉こそ政治的手腕があったのではないかと思うが、いかんせん、あの女はフリージアに比べると今一つ華がなく、急進的な考えを容認する恐れもあり、穏健派の連中的には鼻についたらしい。さて」
「星を観ることはしばしば兄とフリージアのお二人さんによって講じられた。それはフリージアにとってとてもかけがえのない時間だった。のち、穏健派代表格としてすり減り続ける最中でも、わずかばかりの休息期間を破壊して、家へ帰ってきてはフリージアを天体観測へ連れて行ってあげた。もとよりそれが彼の唯一の心の在り処のようなものだったのだろう。王家という家族と、独立した国家の明日を勝手に背負い込んで終っていく一人の哀れな男。しかし、フリージアは大好きだったらしい。さてそんな兄はさっさと死んだ。あっさり死んだ。まだ若かったというに、業務とフリージアへのシスコンプレイに果てて、過労で倒れて死んでしまったのだ」
「殺されたの?」
「ああ。暗殺という最もイージーで取り留めもなく、つまらない結末だがそれまでだった。なにせ、穏健派のとち狂った老人層は未だ神の末裔だのなんだの吹聴していたぐらいだったからな。当然暗殺は隠蔽され表向きは脳梗塞扱いだったのだが、死というのはあっさり王家の血筋というブランドを壊した。間もなくショックの影響からか、そもそもその時は既にベッドで半寝たきりだった王も死んだ。あるいは暗殺の二番手だったかもしれんがそれは母の方か。ああ、死んだよ。加えて姉も失踪した。恐らく死んだんだろう。今なお、行方不明だが」
「終わったよ。とても呆気なく終わった。何せ、もう国の外周も内周もズブズブだったのだから。人々は貧困にあえぎ、上から順に亡命していたし、残ったノロマ達は目先の金さえ何とかなればそれで良いのだった」
「そうして国は再併合された。もとより併合という名目ではなく、合併だとか、連合だとか、手と手の取り合いだとか、同盟だとか、友愛だとか、友情だとか、」
「世界の目には好意的な解釈として写るようはかられたということね」
「さよう。で、国はあっさり終わりました。そして、穏健派の残り連中はもれなくぶっ殺され、王家関係者もぶっ殺され、私財は全て持っていかれた。私財、ああそうだな、フリージアも私財の一つだろう。売春要因として手頃だからな、おまけに顔も良ければ身体の発育も良かったのだから」
「たらい回しだよ。充分にヤリまくった後、飽きたらそいつが今度は売り手になる。闇の競売で高値で売って、高値で買った富豪やマフィアは、また飽きたら売って。死なない程度に飼育し美貌を保っておくとなおよい」
「まさに経済の潤いに他ならない。それこそ、わずかばかりだった当時の小国のブドウ産業なんかの何十倍も、フリージア一人の方がよほど稼いだかもしれん。もっとも、フリージア本人には一銭も入らないのであるが」
「……」
「いや確かにいれられるまいに」
「つまらない洒落は止しましょう」
「その頃合いぐらいになると世界的にも精神疾患が増える。まぁさすがにそれはお前も知っての通りだ。人類は病みまくっている。お先真っ暗だ。だからまぁ確かにフリージアの人生自体、最早その悲惨さというのは珍しくもないというべきか、むしろポピュラーなんだよ。ポップミュージック。これからの流行」
「……」
「……」
さも、他人事のようにグラジオラスは淡々とした口調で述べた。
ゆえに、これがあるいは字面だけであればサクラコはこのグラジオラスという男の、否、フリージアがその精神を破滅的に蒸留させ導いたもう一つの人格という存在の是非を測りかねたかもしれない。
しかしサクラコはその眼で見たのだった。
彼が血を流すかのように涙を流しながら、口をギニュグニュに歪め、わなわなと震わせて、もう何処かの誰かを徹底的にアサルトライフルで毛細血管がミクロ単位で分裂するまで撃ち続けなければ理性が保てないとばかりに、まるでそれは人のように、心ある人のように。
泣いていたのを。
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