シャクヤクの夢8

 サクラコはそこまでを聞くと、確かにおよそのことが見えてきた。

 グラジオラスがなぜか誘うように話を中断してきたため、サクラコは言った。

「なるほど。国の状態が右肩下がりになっていくということね。それでフリージアがその影響を受けるだろうことは間違いなさそう。しかし不思議な物ね。具体的なエピソードを聞かなければやっぱり私の心情はどこかぼんやりとしている。自分が情けないわ。絶対にそのお話は良い方には転がらない、最悪な顛末にしかならないとわかっていても、涙は流れないんだもの。具体的に何があったと、聞かない限り気持ちがあふれださないんだもの。グラジオラス、貴方が言いたかったのはそういうことなの?」

 彼は珍しく純朴気にこくりと頷いた。

「生物は愚か。経験を通さなければ成長しない。しかし我々の寿命の何と短いことだろう。その癖、誕生した生命はまた、一から歩き方を憶え、食を憶え、生活を憶えねばならぬ。なぁ、ならば初めから全て残せばよいではないか?」

「それはまた哲学ね。私はそれに対する答えなど持ちえない。だけれどそれが貴方の思想の一端にある主張だとして、貴方の存在意義の断片が垣間見えた気はする」

「はぁん。やはりお前は浅見から聞かされていた内容とえらく異なる点が多いな。やれ、先刻は胸のデカいノロマだと言ったことを謝ろう。胸のデカいハヤブサだったかもしれん」

「全然フォローになってないわよ……?」

「しかしそうなるとまた面倒な乖離がいくつか生じているが、どうでも良いか。一つ言ってやろう、俺は今お前とこの話談に興じながら力を蓄えている。もとい、この地面すべてに今途方もなくツタを編み込んでいるところだ。お前達全員はそれに事前に気付いていたところで攻撃が始まれば対処はできん。それでもお前は俺の話を聞くか? 自分とメンバーを窮地にさせる時間稼ぎという名の悪手を選b――」

「選ぶわね。少なくとも、真実を確認しない限り私は」

 グラジオラスはクックックッと道化師のように笑った後、続けた。

「祖国は元々とある国の一部だった。数十年前に独立したものの、経済事情は芳しくなく、独立後も尚、独立前の某国との併合論は絶えなかった。それほどに国として脆弱だった。国土は資源に恵まれず、治安も政治も稚拙。細長く続いていたフリージアを含む王家の血に一体どれだけの不純な混血があったか知れぬ。しかしながら、要するに理由付けだったんだよ。我々王家というのは。独立投票が過半数を超えたのも、王家復興、我々の国にしかない長い伝統の保護という、有触れた夢幻のような幼稚なものだった。つまりは偶像。単純に『独立』というイメージに焦がれて、ほだされてしまったのさ。国民は。我々の血は某国とは異なると。民族として固有の誇りがあると。そう、ただ人はアイデンティティーが欲しかっただけなのさ」

「そのような中でフリージアの父、今は亡き王は国の最後の王となった。一応は属国州となっていた間も、永らくその界隈では絶対的な王家の血筋として、神の末裔として信じられてはいたらしい。もっとも先刻の通り、もはや純血とはいえぬどことも知れぬ貴族のなれの果てのような酷い物ではあったがしかし、人々の希望ではあった。特に属州として日々虐げられていた民にとっては唯一の未来だった。それが故に諸々あって独立したのであるが、さてこんなところで国の話は良いか?」

「どうぞ」

「フリージアが生まれたばかりの頃はまだ独立後の熱が醒め止まない調子で、人々は目を輝かせ、国の未来に情熱を抱いていた。だからこそ、フリージアは幼少期についてはかなり裕福な生活を送ることが出来ていた。しかし次第にそれは陰っていった。売国的な政治家が次第に流入し始め、前言した再併合論もかなり根強かった。経済が回らなければ国民は次第に懐疑的になる。そこに付け込んであれやこれやと良からぬ輩や国家や法人が介入してくる。簡単に国はぐちゃぐちゃにかき回される。これというのも無能が故ではある。もとより独立時から俺が、おっと、俺のような優秀な頭脳を持つ輩が指導者として国の基盤をつくっておけばそうはならなかったのであるが、合理性を欠く絵空事のような運動がことごとく失敗したおかげで当時の独立指導者、メッセンジャーたちはことごとく死に絶え、残ったのは膿の溜まった邪念に染まったやつらだけ。そこで国民は主に二つに割れた」

「王を信じる穏健派と果ては併合論を良しとする政治家に加担する急進派」

「さよう。あくまで象徴的存在として政治的実権を持たなかったことも触れたが、当時の政治家を信じられなくなり、王による強固な政治を望む声も生まれた。同時に、さっさと内側から瓦解させて、属州に戻った方がまだ合理的だとする意見もあった。俺はどちらがどうとは思わぬ。はっきりいって馬鹿共が馬鹿をやっていただけであって、賢者ならそも歴史の一ページ目から180度異なる。であるが現実はかくあったのだ。フリージアの父は歳も歳だった。老人だった。であるからして、王家としてのご意見番というのは専らフリージアの兄だった。彼はそこそこの知才はあったが、ぶっちゃけるなら『急にやれと言われても』という感じだった。加えてこの王家、元がどうだったかは知らぬが、家族全員、内気で奥手なタイプだった。心優しいと言えば聞こえは良いが、カリスマ性とは程遠かった。和平や自然、国民をいつくしむ心には長けていたが、政治的手腕はそれとは相反するところも重要となる。結果的にフリージアの兄は、勝手な期待を一身に背負わされながら、敵は自国の急進派と隣国のあらゆる悪しき魔手という強大な物だった。彼は摩耗し、次第にやつれていった」

「続けて」

「フリージアはというと、お兄様大好きお姉さま大好きお母様お父様な、ティーンエイジとかいうクソみたいなお花畑の脳味噌だった。とはいえ、彼女にはこの俺様を生み出す只ならぬ知性が脳に隠れてはいたのだが、しかし要するに当時は鳥籠を出ない小鳥だった。その癖、姉に似ず母にも似ず、やけに美人だった。それだけでわりかし注目されてはいたが、しかしメディアに露出しようがうんともすんとも言わないし、父と母も彼女を案じて極力露出は控えさせたために彼女はまさに箱入り娘。そしてとりわけ、兄の事を愛していた」

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