シャクヤクの夢7
「要するにフリージアは多重人格障害を疾患してしまうほど精神に辛い負担を抱えた時期があったということね?」
「じゃなかったら何だというんだ? 死ぬか?」
「……いえ、ごめんなさい。恥を忍んで続きをお願いしたいわ」
「ハッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
グラジオラスは今にもプツンと堪忍袋の緒が切れかねないほど表情をグニャグニャに歪めていたが、どうにかその憤懣を押さえつけているようだった。
やがて彼はヒューヒューと危険な調子で呼吸をして暫くして安定しない口調で言った。
「簡単に……ぃぃぃぃいいいいぃ言おう。オホン。ああ、ああ、俺の顔はいわばフリージアの模造品のようなものだ。s、したがってここに美しさを見出そうとする無知蒙昧が居るとしたらそいつは今すぐに死んだ方が良いだろう。s、幸いお前は違うようだから命拾いしたな。s、死ねばよかったのにな。……。だがな、裏を返せばフリージアは本物ということだ。これが何を意味するか?」
逆だった。彼の問いかけに対して数コンマでも遅れようものならばサクラコは間違いなくこの場で少なくともグラジオラスは全身全霊の能力全てをサクラコにブチ当てて終わっていた。
「高い身分にあったということよね? 正直、それはこの話以前から薄々誰もが感じていたことではあったと思――」
「違ああああああああああああああああああう!!!!!!!!殺されたいのか殺されてえのかか!あああぁいますぐいますぐいま!!!! ぐ……」
その後彼は舌を噛んだのか言葉を詰まらせ、「ゲェホ、ェホ……」と酷く咳き込んだ。
サクラコは肩をびくつかせ全身を身震いさせた後、もう一度慎重に頭を巡らせた。
「孤独……?」
「当たり前だろう」
――……。
サクラコは彼の言葉を待った。
「身分? そんなものはゴミの物差しによって貸与されたものにすぎん。いいや、貸与どころか押し付けられたといっても過言ではないものだ。だがそうだな、そういったゴミ屑ド低能共が勝手に植え付けた風習しきたり習わしによってフリージアは確かにそのポジションに居た。ああ、そうだ。貴族だよ。否、皇族だな。まさしく貴族の頂点。いや、政治には積極に関与しないありがちな国情ではあったが、一応は国のトップと言って差し支えない身分の親の元に誕生した」
サクラコは同様に彼の言葉を待った。
とはいえ。待つだけとはいえ、聞き耳を立てるだけとはいえ、彼女に他のメンバーの様子を気にする余裕は微塵も無かった。それほどに彼女とグラジオラスはピンと張り詰めた一本の細い線、何時切れるともしれぬ脆い材質の糸を睨んでいた。
「だが、特に別に偉いということもなんともなかった。というのも、あの国は小国も小国。十年後には世界地図に記載されているかも疑わしい国だ。加えて丁度、国の政治家達が躍起になって改革を企てていた時でもあった。フリージアはそのような時勢に、王妃の第三子として生まれた。だろう。要するに、その程度であり、その程度ではあるということだ。責任を追う立場の中でも責任を負いにくい立場だったという話だ。おい、聞こえているのか? つまらぬと思って夢想でも耽るのか殺すぞ?」
「いえ。きちんと聞いています。私は必ず最後まで話を聞きます。貴方の呂律が回らなくなっても、どこか聞き取りづらい調子になっても、私は最後まで貴方の傍に居ます」
サクラコは真っ直ぐな瞳でそう言い切った。
グラジオラスはフッと、一瞬澄んだ表情で静止した。だがすぐ気を取り直してチッと舌打ちした後、続けた。
「世界に今国は200を超える程度か? もっとか? あるが、だとすれば、王を名乗らされる者もその数の過半数はいると思われる。直系だろうとなかろうと諸々含めるなら、稀有でこそあれ、その身分につく確率が天文学的ということもない。原因不明の奇病にかかるよりも十分にあり触れた話だろう。だが確かに、ある意味では好待遇恵まれた環境にあったと言っても差し支えなかろうしそれは認めざるを得なかったな。事実として、俺、いやフリージアは幼少から馬鹿みたいにお上品な礼儀作法をとかく学ばせられたし、そのおかげで確かに一般人とは違う風格が身に着いたのも事実だ。金もあった。もとい、経済的に困ることなど何一つなかった。加えて、父母にも寵愛を受けていたし、兄も姉も優しかった。家族的な不満もない。し、前言したように、国の政界は揺れ、王族など所詮国の付属品程度でしかない実情だった。ある意味でそれは致命的に権力も威厳も貧弱だったのであるが、ある意味でそれは矢面に立たされ辛い状態だったともいえる」
「しかし、それも国が平和を保てていればの話だったが」
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