シャクヤクの夢10
この場においてグラジオラスの言に耳を傾けることが出来たのは決してサクラコだけではなかったが、しかし誰一人としてサクラコとグラジオラスの問答に割って入る者はいなかった。カモミールはアズサを治療しているにしても、ガーベラとギボウシは各々サクラコが描く性格的には茶々を入れてきても良さそうなものだったが、珍しく閑古鳥が鳴いていた。
あるいは悪魔的頭脳を持つガーベラとフリージアに気のあるギボウシならサクラコよりも幾らか知っていたのかもしれない。フリージアの過去について。
そんな彼らが静寂しているのを他所に、サクラコは潜思していた。
今回の件について、どう落とし前をつけていくことが正しいのか、どう折り合いをつけていくことが正しいのか。彼の成を見据えながら。
一方グラジオラスは既に極まっていた。
もとい彼はフリージアが内包する負の感情を一身に背負った化身なのだ。
今でこそ自我を昇華させ、多重人格の片割れにしては純然たるパーソナリティを獲得してしまっていたし、はたまたどういう訳かその姿身を具現化させているが、フリージアの恩讐の総体であるには違いなかった。
「”だから”というのは愚かなのだろうな。”だから”人を憎むだとか、被害をこうむったからやり返すのだとか、そういった思想を人は愚と蔑むのだろうな。しかしな。俺は赦せないんだ。そして許さないんだ。それだけだ。なに、メリットはある。復讐とは自分自身を納得させるとても便利な道具だ。あの屑で汚れた男共を全員根絶やしにし、徹底的に殺し尽くす。そうすればなぁ、気が晴れるんだよ。そこに虚無や無念や絶望を見出し始めたとしても、既にレールから強制的につま弾きされた我々としては。何もしないよりは幾らかマシなんだよ。昨今は世界中に目が明後日の方向を向いた欠落者も多いだろう。そんな奴らにはもう立ち上がる気力も残っていない。だが俺は違う。フリージアという個を愛し、それを虐げた他を恨み、確実に一歩ずつ果てへと突き進み、逆転する。悲痛な過去を受けた”お陰で”、それが起爆剤となって」
サクラコは返事をした。
「2点あるわ。フリージアは不幸が――」
「不幸じゃねえええええ!!!!!!!!!!!!!!!! 人為的で非道な悪逆だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ッ……」
耳鳴りどころか鼓膜をゆうにぶち破りかねない凄烈な怒号。
彼は肩を激しい濁流のように上下させていた。アズサが刺した背中の刺傷からは変わらずぼたぼたと順調に体内血液が放流されている。
グラジオラスはついぞ気付かなかったが、アズサの刀は特殊だった。
彼女の刀は。彼女の刀が刺した傷は。二度と癒えることはない。
間もなく、幕引きが近づいていた。
「フリージアはその後どうやって絶望を脱し、ボタニカルに雇用されることになったのかが1。グラジオラス。貴方はアロエまたは私達をどうしたいのか、最終的にどうなりたいと考えているのかが2」
「1。俺が発現した。二重人格の片割れとして、俺はフリージアの身体で当時の飼育小屋の見張りに致命傷を与え、脱出した。その折、夢の能力を得た。殺せるだけの輩は殺した。操れるだけの輩は操った。そうすると浅見に目を付けられた。それだけだ」
「2。お前はアロエの過去を知らないのか?」
「元レーサー。レーサー時代から上背が良く筋骨隆々。不良っ気もあってか、特に若い女性に絶大な人気があったそうね。そして……」
「ああ、女をとっかえひっかえしていたという噂なんぞはどうでも良いが、あいつは高校生に酒を飲んだ勢いでレイプしたという容疑が掛かった。それがマスコミに取り沙汰され過熱膨張した際、忽然と姿を消した。逃げるように。匿われるように」
「でもあれは、様々な点から考察してみたけれど、どうにも半信半疑だわ。アベリアも冤罪を主張しているし、アロエは『知らん。興味がない。どけ』の一点張り。アロエはともかくとしてアベリアの主張は筋が通っていると思ったわ。当時ライバルだったトデスキーニ側の謀略という主張の方がまだ――」
「ククククククククククククク、グゥ、げ、ェホ……。お前は甘い! 甘すぎる。あの男は夢園師に配属されてからいつだってフリージアに情欲の眼差しを向けていたんだ!」
「嘘よそれ。貴方の瞳もそう告げているわ」
「うるせえええええええ!!!!!!!!!! グゥ、アア、アア!! ああ、なんだ……? なんで今頃になって背中が痛くなってきたんだ……? ああ、ああ、うるせえ。ゼェハァ……、とにかく、あいつは畜生なんだよ! 腐りきった夢園師メンバーの中でも第一に駆逐されるべき悪!」
「手頃な理由としてでっち上げてるだけだわそれでは。まぁ良いわアロエの件は。それは置いておくにしても、貴方はアロエだけではなく、私達の命も狙っているわね? いや正しくはチームAを瓦解させたいという思惑かしら?」
「ィィいえないなそれハ。モとよりこれかラ死ぬお前には言。う必要もないことだっっ!」
「死人に口は無い筈よ?」
「アル」
「なんでそう言い切るの? 死の淵から甦る能力でもあるというの?」
「……。さぁな。イ、いずれにせよおしゃべりごっこはここまでだ……。何か俺は一杯食わされたような咽返る嫌悪がガガガガ、……足ぁし元から湧き出てくるようなんだ……。このシャクヤク急造のドリームガーデンがいつまで持つかも、わわからん。少なくともこの空間内でお前らは殺しておかないと……」
「でもこのままだと貴方死ぬわよ?」
サクラコは続けた。
「あ、そうそう単純な所を聞き損ねていたわ。なんで貴方実体化したの?」
「知るか。もとより俺俺俺俺の姿形形形というのはフリージアが俺を生み出した時から設定されていた。……ダから、サ、ゲェオ、ぐ……。先程の雷雨で発生したわずか、ッばかりの水面に顔を反射させた際も、不思議とッ、違和感は無かった」
「つまり、貴方にとっても実体化は初めてと? それにしてはやけに落ち着いていた」
「モォ。ともと、、フ、リ、ージア、の、身体を預、かって、行動、す、る、、、こと、、、、は多々、、、あったんだから、生身の人間挙動に慣れはあ、あるにきまってる。それに俺は、これだけのブレインを持っている。想像力もタ、多分にしてある」
「そう……そう……やはり貴方の存在、貴方だけが預かり知っているとは思えない。バックに誰かいるとしか思えない。それこそ浅見」
「やヤヤヤヤヤり玉に浅見のやつを挙げればそれで解決かァアアア?」
「それもそうね……根は……いつだって深いのよね……」
グラジオラスはこれ以上話すことはないと悟った。
サクラコという個の、妙な人懐っこさというべきか、まるで血の繋がった者からの手招きのような吐息・主張は不思議な気分を彼にもたらしてはいたが、やがてその桃色の匂いはどこかへ消え去ってしまった。
グラジオラスはここら一体の地面すべてに万全を期した状態で配備した鉄よりも強固なツタの大群を思い、背筋をゾクゾクと――ン?
「そうそう、一つ、正させてもらうわね」
胸のふくらみがやけにデカく、ややもすれば傲然にも見える不遜な尻の青い女は、顔面の筋肉を使用し、桜色の上唇と下唇に空洞を開けると喉を振動させた。
「貴方、もう人の形をしていないわよ?」
……。 ――ン?
A?
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