シャクヤクの夢4

 サクラコは逆さまに吊るされ続けているせいで、額に血液が寄り集まってむくんでいき、その周囲がブヨブヨになっていくような嫌な感触を覚えていた。

 アズサが造り上げた七つの像は、ゆらゆらと陽炎のように揺らめき、牛歩ではあるが着実に金髪の青年の元へ近づいている。

 それに対抗するかのように、金髪の青年はアズサの七体の像を目掛けツタ製の大柄な球体をこさえ、そして今それを放った。紫電一閃。凄まじいスピードで計3つの球体は飛んでいき、七体の像、それぞれをしっかりと捉えている。


 ツタの球体は中空にありながら、その疾風怒濤の勢いにより地面をえぐりつつ直進、大量の砂埃を発生させながら七つの像それぞれに接触した。否、正確には接触は叶わなかった。3つの球体は七つの像を全てすり抜けてしまった。球体はそのまま真っ直ぐ途方もなく山の向こう、木々が生い茂る場所まで飛んで行った。

 ドゴーンドゴーンドゴーンとけたたましい音が3度響いてくる。

 3つの球体が遠方でそれぞれ何らかの障壁にぶつかりやがて静止したのだろう。

 サクラコはその一部始終を見てホッと胸を撫で下ろした。


「どういうことだ!」


 金髪の青年は空振りした自己の技に激しく苛立っている様子だ。

 アズサの七つの像は変わらず、ゆっくりと、ゆっくりと、少しずつではあるが金髪の青年の元へ迫っている。


 カラン。五度、下駄の景気の良い音はサクラコの耳にも、メンバーの耳にも、そして彼の耳にもはっきりと聴こえてきた。


 何かがおかしい。

 だがそれに金髪の青年、否、グラジオラスが気付いた時には、アズサの本体は既に彼の背中側に在った。

 トスン。

 刹那。肉を抉られたにしては、乾いた単純な音がした。

 それだけその短刀は一縷の迷い無く、正確に水平に彼の背中の肉を一直線に走ったのであろう。

 アズサは青年の背中を短刀で一突きすることに成功したのだった。

――全部偽物か……。

 グラジオラスは下らないジョークに付き合わされたと興が醒めた。

 アズサ。正々堂々威風堂々虚心坦懐、自分でそのような生き方や男を好んでいると豪語する割には、なんだこのあからさまな不意打ちはと腹が立った。

 彼女は一仕事終えたとばかりに彼の背中から短刀をスルリと引き抜いた。その傷口からは赤い血が滲み、次第に衣服へ広がっていった。

 だがグラジオラスは刺し傷の痛みをまるで感じなかった。

 彼は既に狂っていた。

 いや、それともこれも夢の影響だからなのか。それは彼自身にもわからなかった。ともかく彼は痛覚というものをとうに見失っていた。

 特に気後れすることもなく、グラジオラスはニヒヒと邪悪な笑みを顔面に塗りたくった調子で、余裕綽々、アズサへと向き直る。

 致命傷を与え損ねたと悟ったアズサは眉にしわを寄せるとすぐ腕に力を込め、すかさずもう一突きを試みる。

 だが突如グラジオラスは喉に有らん限り力を込めてけたたましいボリュームの奇声を上げた。

「アアアアアァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「ッッッツ……!?」

 アズサは攻撃をやめ、短刀を持っていない手で片耳を塞ぎながら、思わず一歩後退する。

 だがその一瞬の及び腰は命取りとなった。

 グラジオラスはむしろ戦闘に対してはきわめて冷静だった。

 彼は既に地面へ多量のツタを這わせていた。奇声はそのツタの動きを悟られぬための布石だった。

 アズサは奇声によって音が掻き消されたためにツタの奇襲に気付かなかった。

 即座、アズサは両足首を這ってきたツタに異常な力で掴まれ……。

 そして彼女の足元からはグキリという嫌な音がした。

「グ、ああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 今度はアズサが絶叫した。両足首の骨をいとも簡単にへし折られたのだ。

 アズサは虚脱し握っていた短刀を地面へ落とす。

 グラジオラスのツタは足だけでは飽き足らず、行動を重ねる。

 刹那の内にツタはアズサの両腕や首元にも巻き付いてきた。

「く、く……」

 苦しい。

 そう言葉を紡ぐ事も許されないほどに、ツタは瞬く間に彼女の首元から全身を覆い尽くしていく。サクラコが縛られている比ではない。全身のあらゆる関節にみっしりと重厚に絡み付いてくる。

 腕。腕。腕。

 そして。

「っあああアアアアアアアアッ!」

 ついにグラジオラスを刺した両手首の関節部も、ミシリ、ベキョリとその骨を砕かれた。

 幸いなのかグラジオラスの遊興なのか、彼女は顔まではツタに覆われることなく済んだが、首元はきつく圧迫され、酸素を取り込むことがままならず、絶叫すればするほど呼吸が困難になっていった。

 そしてそんな彼女もまた、ツタによってその身ごと移動させられると、やがてサクラコの隣に同じように逆さ吊りにされた。

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