星の丘3

 サクラコが歩もうとするその眼前にはガーベラが立ち塞がっていた。


 相変わらず色白で細身の不健康そうな外見。

 山での服装として明らかに似つかわしくない多少ぼろの入ったディーラー服。

 しかし彼女はそのどれにも冠たる自信を持っているといわんばかりに、発育が行き届いていない胸をむんずと張り、威風堂々仁王立ちしていた。

 いつも死にたい死にたいと戯言を述べている割には、その中身はまるで正反対なのだった。


「ふぉふぉふぉ。そこの豊乳の御仁。ここを通りたくば、まずワシを倒すことじゃな」

「どいて……」

 サクラコは冗談に付き合うつもりも余裕もなかったため、刺すような瞳でサラリと述べた。

 と同時、ガーベラに減らず口を与える間もなく瞬時に彼女の間合いへ入り込む。そして素早く腕を掴んで一投……あれ……?

 だが、サクラコがぐわんと伸ばした手は空を切った。

 勢いあまって前のめりによろけてしまう。と、その隙をついて何時の間にか背後へ回り込んでいたガーベラが尻を触って来た。

「ちょっとっ!!!!」

「ふぉふぉふぉ。若者の尻は良いのお」

 サクラコはすぐ振り返り、ムキになって今度は肩部を目掛けてしゃにむに腕を伸ばす。

 だが息つく暇も与えず伸ばしたはずのサクラコの比較的長めの腕は、またしても虚空を掴んだ。

 ガーベラはそんなサクラコの腕の間をしゅるりと潜り抜けると、腰を落とし、サクラコの懐に侵入。今度はサクラコの胸を下から押し上げる様に触った。

「くっ……」

「ほほおおお、柔らかいのぉ」

 そんな挑発的な発言を潰すかのように、サクラコは右足を蹴りあげた。

 が、それさえもまた空を切った。


 上背は明らかにサクラコの方が上。腕も足も、リーチはサクラコにあったはず。


 だが既にガーベラは、安全な位置まで下がり、サクラコから充分な距離を取っていた。

 サクラコは嘆息すると、今一度ガーベラをきつく睨んだ。

「はぁ……。本当にあなたって……ハァ」

 ガーベラは得意げに言う。

「サクラコが冷静さを欠いてるから当てられないんだよ。ほら、なんかTVのバラエティに出てくる達人かなんかが言ってるじゃん。大切なのは技術ではないのです。そう、心なのです。即ち精神統一なのです、即ち神へ正直に祈る祈願意識なのです、即ち祈ればサマージャンボはいとも簡単に当たるのです、って」

「それは一体何の達人のエピソードなのかしら……」

 いけない。また、ガーベラの雰囲気に呑まれるところだった。

 彼女と会話を交えるのは危険だ。

 サクラコは首を振り、意識を集中させる。


 ガーベラよりも自分が注視するべき相手は誰だったか。

 そう、それはあの赤髪で長身の筋肉質な男。


 アロエ。


 フリージアをあれ程までに無残な姿にした張本人。

 アイリスの件もある。

 もう情状酌量の余地は彼にはない。


 サクラコはまた沸々と怒りが湧いてきた。


 だがその刹那、なんとガーベラではなく、彼女の奥に居るアロエが、今まで一時停止していた足を動かし始めた。そのアロエの視線の先には地面に仰向けに寝るフリージアの姿があった。


 ――何!? もしかしてこれだけ大衆が見ている前で、まだ何かするつもりなの!


 サクラコは叫んだ。

「アロエっ!!」

 ガーベラもアロエの動作は予想外だったらしくサクラコと同じタイミングで声を張った。

「ちょ、よよよ、アロエ何してんの! せっかく私がサクラコにタイマンで勝つところだったのに!」


 アロエは歩行を走行に変えた。即ち、彼は走った。フリージアを目掛けて。


「くっ!」

 サクラコは唇を血が出るのもいとわないぐらい厳しく噛んだ。

 絶対にこれ以上の非道な真似は許さない!

 サクラコは彼を追いかけようとする。

 だが、なんとガーベラが足を引っ掛けてきた。

 流石にその行動は予想外で、サクラコはそのまま身体を横転させ、顔面を地面に激突させた。

「っっっっっっツっ!」

 言葉にならない激痛がこみあげてくる。

 たまらず顔を手で覆い、全身をジタバタとさせる。

 特に鼻先はもろに地面に衝突したため、骨折かと疑うほど刺すような痛みが生じている。当然のように瞳からは涙が溢れだす。


 だが、サクラコは痛みで唸っている場合ではなかった。

 懸命に痛みをこらえ、鼻を押さえながら立ち上がる。


 見やると、既にアロエはフリージアへと近づいていたが、しかしその目前には一人の小柄な男が立ち塞がっていた。

 ギボウシは容易くハスをいなし終えると、澄ました顔でアロエと相対していた。

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